25 まさかの味方
あらすじにもありますが、この作品のミモザはオジギソウの方です。
「行こう、ミモザ」
「はい」
私はパーシヴァル様に連れられて王城の階段を登った。この先の広間で、華やかな夜会が行われている。
最初は緊張したのだけれど、朝から忙しなく磨かれ、身支度され、作りこまれた私を見てパーシヴァル様が脳停止したのを見て、なんだか緊張が解けてしまった。
淡いライラックの、ミモザの花と同じ色のドレスはふんわりと大きくスカートが広がり、装飾は派手では無いが綺麗な刺繍がスカートの裾から上に向って入っていた。姿勢が良くなったからだろうか、こういった華やかなドレスを着るのを少しだけ楽しみにしている自分もいる。
装飾品もピンクサファイアでドレスの色に合わせて、ミルクティの髪は後ろに流してある。髪飾りもピンクサファイアだから、私は名前を体現するような可憐な姿に仕上げられた、……ようだ。可憐、というには私は道端の花な気もするが、確かに道端に咲いているミモザも可憐といえば可憐だな、と思って受け止めておく。
何より、パーシヴァル様が少し落ち着かなさそうにしつつも、ちゃんとエスコートしてくれているから、私は夜会のドアを潜るのにそこまで緊張せずに済んでいる。
昨夜の文はそっとドレスの隙間に入れてきた。お守りだ。パーシヴァル様は、私を守ってくれる。
カサブランカの顔がちらつく。ドアの前に立ちながら、私は改めて背筋を伸ばして開いたドアの中に入った。
会場までの階段を降りると、お父様とお母様、そしてカサブランカが最初に私たちを見つけた。驚愕を顔に張り付けたカサブランカとお母様、お父様は知っているので平然としたものだ。
お母様がお父様に目でどういう事、と聞いても、お父様は知らぬ存ぜぬである。我が父は、私が思っていたより、ずっと強い人だ。
カサブランカが手紙を出した人達だろうか。クスクスとそこかしこで笑っている声がする。この空気は好きじゃないが、病弱なはずのカサブランカの形相はとてもそうは見えない。もう少し、演技をした方がいいんじゃないだろうか。仮にも自分を指名した(それが仕組まれた事であっても)結婚相手を断ったのだから。
こうしてみると、カサブランカは社交が得意だったわけじゃない、と分かる。彼女は社交が好きだったのだ、自分を認めてくれる場、華やかな場として。
「お久しぶりです、お父様、お母様、お姉様」
「ミモザにはいつもお世話になっています。こうして顔を合わせるのは初めてですね、ノートン子爵、子爵夫人、そして、カサブランカ嬢。お体の調子はもう大分良さそうで、安心しました」
私は固くなってしまったが、パーシヴァル様は流れるように微笑みながら私の家族に挨拶をした。悔しそうにしながらもなんとか笑顔を貼り付けているお母様とカサブランカは、辛うじて「えぇ」と答えて、お父様とパーシヴァル様が歓談しはじめる。
私は横にいたが、それをカサブランカが腕を引く。
「ちょっと、姉妹で話したい事がございますの」
「すみません、パーシヴァル様。すぐ戻ります」
これだけ人目がある場所で家のような無体は働けないだろう、という気持ちと、私もそれなりに自信が……ついた、と思うので、私はパーシヴァル様に断って大人しくついていった。
会場の隅、真ん中はダンスフロアで、料理と飲み物が並んでいる壁際で、カサブランカは私の腕を解いた。痕が残る程強く腕を引かれたが、そうは見えないように平然とした顔をしていたのが、余計カサブランカの気に障ったのだろう。
「どういう事よ?!」
「どういう事も、何も、お姉様が私にと勧めて嘘まで吐いた縁談です。もうどうにもなりませんよ、私を責めるのもお門違いです」
「なっ……?! あなた、いつからそんな生意気な口……!」
「事実を申し上げただけです。……お姉様、ここは耳目があります、もう少し表情も声も抑えてください」
今日は隣国の大使の歓迎会だ。こんな大きな声で騒ぎ立てるものではない。とはいえ、そんな夜会でパーシヴァル様を紹介する羽目になったのは、カサブランカの勘違いのせいなのだけれど。
私に指摘されたのがよほど気に入らなかったのだろう。口でも言い負かせない。しばらく自分の好きな社交もできなかった。
カサブランカの中で何かが爆発したのだろう、と、スローモーションのように見える視界で捉えた。
彼女の手にシャンパンの入ったグラスが握られて、それを思い切りこちらに向かって掛けようとしてくる。それがスローモーションで見えるなんて変な感じだ、と思った。
しかし、私はシャンパンを被る事は無かった。私を押しのけるようにして代わりにそれを被った女性がいたからだ。
「ロートン伯爵令嬢!」
私は驚いて、その方の名前を呼ぶしかできなかった。




