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17 『ミモザちゃんに私愛されてるわ』事件

「……ッ!! な、なんで……、なんで貴女ばっかりそんなにいい風になるのよお……!!」


 ロートン令嬢は私の一喝に怯み、俯き、最後には泣き出してしまった。


 火傷しないようにすぐにテーブルクロスを拭きに来ていた侍女たちも、仕事を終えて困ったように離れていく。


「わた、私はアレックス・シェリルのファンよ?! 発売日には絶対買って読んでいるし、それはそれなの! パーシヴァル様に惚れたのはその後!! その前からこのお茶会には参加していたんだもの!! なのに、なんで私じゃなくて、あんたなんかがアレックス先生の娘でパーシヴァル様のお嫁さんになるのよお……!」


 気持ちは分からないでもない。そういう物語もある。私が先に好きだったのに、と終わる悲恋の物語も読んできた。


 しかし、ファンならファンとして、やっていい事と悪い事がある。私が刺繍したものだからいいけれど、これは、アレックス・シェリルの公認のテーブルクロスなのだ。いわば作品のイメージの塊、と作者が認めてくれたもの!


 それを、そんな感情で汚す事で憂さ晴らしをしようなどと言うのは、許しがたい所業だ。


 他の参加者の皆さんもシーンと静まり返ってしまっている。若い参加者が2人、大きな声で口論を始めたのだ。呆れているのかもしれないが、ここはちゃんと言わなければいけない。


「いいですか、ロートン令嬢。私は、パーシヴァル様と結婚することも、アレックス・シェリルの娘になることも、あなたに謝りませんし、譲ろうなどという気もございません。私だけが決めることではありませんし、正直に言えば、こんな素晴らしいお茶会が今まで開かれていたことも知らなかった程社交は苦手ですし、趣味は読書と刺繍で、オシャレにしてくださったのも夫人です。それから、アレックス・シェリルの娘、と言いましたが、正確にはアレクサンドラ・シャルティ伯爵夫人の娘になるのです。アレックス・シェリルは永遠に憧れる作家です。私の宝物です。戸籍上でどうであろうと、私はずっとアレックス・シェリルのファンですし、今後も変わりません。あなた、もう本を読まないおつもり?」


「……そんなわけないじゃない。私はアレックス・シェリルのファンよ、本を読んでいる間、私は本の中に入ってそれを楽しむの。それを辞めるわけないじゃない」


「でしたら! 二度とこのような真似はおやめくださいませ! 次からは私に紅茶をかけてください!」


「…………は?」


「聞こえませんでしたか? 次からは、アレックス・シェリル関連のものではなく、私が気に入らないなら私に紅茶をかけてくださいと言っているのです」


「ミモザちゃん、落ち着いて」


 私の言っている事が理解できない顔でロートン令嬢は私を見ているが、私はいたって真剣だ。夫人にも声をかけられたが、首を横に振る。私は落ち着いているし、怒ってもいる。


「物に当たるのはおやめくださいと言っているのです。好きな物ならば、尚更。それは、後々あなたを傷つけます。あなたが今汚したテーブルクロスは『白薔薇の庭で』をモチーフにしたものです。その作中でも言われているでしょう? 『白薔薇が美しいからとむしり取れば、その棘があなたの指を傷つける。物言わぬ花ですら傷つけられればあなたを傷つけ返す。ならば、人には優しくした方がいい。もちろん、物を言えない、咲き誇る事しかできない薔薇にも』と。そして『咲き誇るしかできない薔薇は、その美しさで私たちの心を癒してくれる。傷つけることはない、癒されればいいだけなのです』とも。ですから、私は物が言える人間なので、物に当たるのではなく私に言ってください。そして、物に当たるくらいなら、私に当たってください。もちろん、あなたも傷つきますよ? 当たり前ですけれど。私だって、傷つくので」


 作中の文を一字一句間違えずに引用した私に、周囲からは拍手が飛んできた。はっと、やっとそこで淑女らしくない真似をしたとすごすごと席に座り、小さくなる。


 なぜか隣の夫人が「ミモザちゃん……!」と言って半泣きになっているが、ロートン令嬢は涙をこぼしながら俯いていた。そこに、先程までの攻撃性はない。


「……台無しにしてしまってごめんなさい。ミモザ様、そして、アレックス先生。私が、先生の本が大好きなのは本当です……これからも、大好きでいても、いいですか……?」


 私はもう言いたい事を言ったので、夫人に目をやる。


 優しくたおやかに笑った夫人は、もちろんよ、と言って付け加えた。


「でもね、本当にミモザちゃんに紅茶をかけるような真似をしたら、その時は私、筆を折るわね」


 とんでもない大爆弾を落とされて、その場の全員が青くなった。


 そして、アレックス・シェリルに愛されたミモザ嬢を傷つけてはならない、というのは、あっという間に社交界の女性たちの間に広まった。


 読書は淑女のたしなみである。アレックス・シェリルは比較的新しい作家だが、お茶会に招かれなくともファンは大勢いる。


 この大爆弾が、私の事をこの先も守ってくれることとなった。

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