第7話 彼女と女神と雷帝竜
あれから暫くはアーシャの様子を見ていたが、外の気配が賑やかになってきたので一度外に出てみたら結構な数の連中がクレーターに入って来て居た。
何人か近付いて来る。創神教の騎士連中か?アーシャを護衛して来た奴等か。話はしておくか。
「討伐、お見事です!創世神様に感謝を。聖女様はどうされましたか?」
「うむ、お役目ご苦労。アーシャは過剰行使に依る極度の疲労状態だ。治癒は掛けて今は落ち着いて眠っているが、暫く安静が必要だろう」
「分かりました。こちらの警護は我々が交代で受け持ちます。神官達には連絡しておきます」
「了解した。一応、女官が居れば頼む。目が覚めて介護が必要かも知れんからな」
俺はそのまま中に入り、椅子に座ってアーシャを見る。
手持ち無沙汰なので、ワインを飲みながら時空術にしまった物資のチェックを始めた。
しかし……武器と防具以外は見事にアレだ。生活援助物資が多いな。俺には基本、必要無いのだから他人の為って事になるが、俺はお人好しと言うやつか?
師匠にも女子供、弱者は守るものだと。女性は大切にしろとか言われて守って来たつもりだが、ちゃんと自分で考え決めなければ駄目だ。師匠の教えは守るが、俺もいい歳なんだ。自分の考えや行動を自分の生き方として決めて行かないとな。
ソニアやターニャの事も有るし確りしないとな。
つらつらと考え事をしていたら彼女の意識を感知した。
「大丈夫か?痛む所は無いか?」
「ぁ、ど…………」
声が掠れているし水分も必要と思い、頭を起こして果実水の入ったグラスを唇に当てゆっくり飲ませる。
こくっこくっと、喉が鳴り小さな口で頑張って飲んでいる姿は小動物みたいで微笑ましい。
目がチラチラ動いて俺を見ているが怖いのか?飲み終わったグラスを離すと
「あ、あのっ!…………か、お顔が、見たい、です」
ん?ああ。装備中だから仮面が付いたままだったか。不気味だったか?失敗だ。
右手で背中の【魂喰い】に触れて装備解除で時空術に入れる。同時に仮面も消える。
暫く見られているんだが、どうしたら良いんだ?
モジモジしているが言い難い事か?
「どうした?どこか異常が有るのか?」
「っう、あの…………その、えっと、む胸が、ちょっと…………」
ん?胸?外傷は無いしステータスでも衰弱以外に異常は無いのだが………
一応、診察と治癒を掛けた事、汚れが酷かったので洗った事を説明した。
「あ、そうなんですね。種類の違うドキドキ、いえこちらの話で………ならあんし…………え?今、調べたと…………」
「ああ。悪いとは思ったが、あのまま放置もできなかったしな。洗うついでに怪我も確認しておいた」
みるみるうちに彼女の顔が真っ赤に染まってプルプル震えている。段々と瞳に涙が溜まってきた。これは不味いヤツだ。失敗したのか?
だが、放置したまま寝かせておいても彼女自信嫌だった筈だ。と思いたい。
あの状態で気絶したままって、鬼畜の所業だろ?起きた後に絶対揉めると思ったし、兵士達が合流して彼女を見たら………な?大変だろ?
なら結局、放置出来ないだろが。女性の騎士か随行女官がホイホイ居る訳も無いし、居ても直ぐこの場に来る訳も無いのだから、結局俺が処置するしか選択肢は無かった筈だ。
ま、まあ、そんな言い訳をつらつらと並べてみたりしたんだが、アーシャの抗議の視線は止む事無く。
ついうっかり謝罪と責任の言葉を出してしまったら。
「ㇹんとう、ですかぁ?」
「ま、まあ、未婚の貴族女性の肌を見たん」じ―――――
「えっと…………」じ―――――
「…………」じ―――――
「婚約してお」はい!此方こそ不束者では有りますが、末永く宜しくお願い致します。旦那様!!」
婚約だけでもしておくか?と、誠意は見せつつ有耶無耶にしようと思ったが、速攻で被せて来て、お願いしますと言われた。しかも旦那様って。
「ぉぃゃ、ですか?」
そんな泣きそうな顔で言わないでくれよ。
いや、嫌とかでは無いんだ。実際、彼女は美しいし胸も大きくスタイルも良い。
肌の滑らかさも見事で、声も可愛らしい。で、精神力も凄い。
孤児院で見掛けた女性だよな?心根も優しいのだろう。ハッキリ言って”高嶺の花”と言われる部類の女性だろうから、嫌な訳は無い。無いのだが………
今は取り敢えず状況確認をして貰って、創神教ともどうするか聞いておきたかった。
向こうに引き渡した方が良いのか、俺が保護した方が良いのか、又は第三者なのか。
一応、俺が保護する事にして、後は成り行きでいいだろう。
少し空腹らしいので、食事の用意と設備の説明をして厨房に入った。
何か適当に軽めの食事にしようか。ん?ベッドから起き上がり、うまく歩けない様だな。今後は補助しなければな。
蛋白源は必要だと思い肉を、口が小さいし食べやすい様に小さく切るか。
サラダも食べやすくカットして、スープはコンソメだな。
料理を出して、少し驚いた様子だったが、ここは戦地なんでな。我慢してくれ。
すると、意外にまともな食事で驚いたらしい。もっと酷いのかと。
食事を進めて向かいに座り、食べる邪魔にならない程度に話掛けた。
まあ、普通は酷いよ。干し肉、堅パン、ワインだな。冒険者や軍だと荷物は極力少なくが基本だから、どうしてもマトモな食事は難しいんだよ。
野営で獲物の肉等が有れば豪華な方じゃないかな。
俺が料理出来るのも食材が有ったのも驚いたみたいだ。
椅子から立ち上がる時によろめいて倒れそうになったので、抱き上げてベッドに運び毛布を掛けた。
すると静かに震え始めた。仕方無いだろう。普通の反応だよ。
泣きながら震えるアーシャを眠るまで抱き締めていた。
完全に熟睡したのを確認してから解放し、時空術から羽毛の掛け布団を出してそっと掛ける。
パーテーションを取り出して寝室、居間、と言った感じに仕切り、ソファーとローテーブルも出しておく。
うーん。婚約って……本気か?確かに見はした。あ、触れてもいるか。
だが、治療行為なら当たり前だが、、当てはまらない。か?ソニアとターニャの事も有るのになんだかなぁ………本人の気持ちがどうなのかを聞くしかないよな。
それは置いて、外に出るか。状況も変化してるだろうし。
外に出ると、邪竜の周りに建築物資が運び込まれている最中で、隣接に現場指揮所と離れた位置に現場本陣。軍やギルド関連の施設の準備が進んでいた。
将軍や筆頭の爺さん達の”お偉いさん”はまだの様で中隊長クラス?が、各隊を指揮して作業を行っていて、特に混乱はなさそうだ。
チラホラと邪竜の死体を口を開けて見上げているが、まあ驚くよな。
しかし、夜だってのに良く働くな。突貫作業なんだろうな。
当たり前か。偉いさんは責任と重圧、じゃあ兵やギルドは?利益になるのだから寝ずでも仕事をするのは当たり前だ。デメリットなんて全く無いのだからな。
アーシャは自分の意志に関らず、命を懸け、期待と重圧に耐えて戦ったのだ。見習えよ。
俺は………勝てるのは確定事項だったからな。手間が掛かるだけで。
テントに戻ろうか、そう思った瞬間だった。
目の前に巨大な竜が居た
邪竜よりも大きく強力なのは間違いない。
黒と青を基本色に赤と金の線が所々に流れている。
違和感。なんだ?世界が氷ついた様な、なんだ?
{魔人よ、心配するな。創世神様が”時”を凍らせた。我とお主しか認識出来る者は存在せん。
お主と話たくてな、創世神様に場を作って貰った}
「そうか、あの女神さんがね。で、話とは?と言うか俺が”魔人”だと知っているんだな」
{如何にも。遥かなる昔、我は”魔人”の盟友であり僕でもあった。
そこの『Злой дракон』は異界より現れし邪神の生み出したモノ。我とは少し相性が悪い故に助かったぞ。礼を言う。
こ奴等の行動原理は知らぬ。だが、”世界を壊す”のは間違いないのでな。排除の必要は有ったのだ。
お主はまだ”魔人”としては未熟だ。それで手助けになればと思ってな、こうして参った訳よ}
「ふむ。あんたの様な存在が居てくれるなら、俺も心強いし嬉しいとこだ。是非、俺からもお願いしたい。ところで、あの邪竜や”邪神”?色々と知ってそうだが、教えて貰いたい事が沢山有る」
{うむ。問題無い事なら話して構わぬ。こうしてまた”魔人”と共に歩めるのは喜びだ。手を出してくれ}
「ん、こうか?」
巨大竜は自分の爪の先を触れさせた。すると何かが頭に届いた。
{これで我とお主にパスが繋がった。いつでもお互いに呼び合う事が出来る。我は【雷帝竜】宜しく頼むぞ”魔人”殿}
「ああ。此方こそだ、宜しくバハムート。俺はメルツェリン、メルと呼んでくれ」
{頭で?って、こうか?}
{そうだメル。今は飛び立つとしよう。創世神様に手を煩わせておるでな}
{分かったバハムート。近い内に直接会って色々話たい。宜しく頼む}
すぅっと、違和感が消えて世界が元に戻った。
暫く上を見ていたが、テントの方に向かって歩く。頼もしい味方が出来た。嬉しい誤算だな。
あの女神もトンデモない事をやってくれたが助けにはなったな。アーシャの件は微妙だが。
大体、本人が可愛そうだろうが!まったく。いつも肝心な事ははぐらかしやがって。何が”お母さん”だ!
{あら?メルちゃん?お母さんの事きらいなの?悲しいわぁ。およよ}
「は?いきなり話掛けずに出て来いっての。何を企んでんだか」
場所がテントの中のテーブルセットに移動していた。で、目の前に創世神が座っていた…………
「もう、何て言っていいか分からんな。何の用事だ?」
「もう!連れないわねぇ。お母さん、メルちゃんに会いたかっただけよぉ」
「そうかい、会えて良かったな。バハムートの件は素直に感謝しておくよ。だが、だ。アーシャは何だ?彼女を振り回して。悲惨だぞ?しかも俺とって、何の意味だ?あ、ワインでいいか?」
「ええ、ありがとうねメルちゃん。バハムートは、まあ昔の事を考えればメルちゃんとも会わせておくのは普通だしね?で?アーシャちゃん、嫌いなの?可愛い娘じゃない。真面目で素直で芯も強くて、おっぱいも大きいわよぉ?お母さんとしては文句有りませぇん。彼女はその気みたいよぉ?是非、ウチの嫁にぃ!?ぅフフ」
「いや、良い娘過ぎて不憫だろ!しかもイキナリとか。理由、有るんだろ?」
「そりゃあ有りますよぉ、勿論。でも今は秘密。ただぁ……彼女でないとならない理由が有るの。あらぁ、このワイン美味しいわね?」
「だろ?安物は飲まない。じゃなくて、まあ、理由、いつか分かるんだな?別にアーシャの事は勿体ない程だとは思う。会ったばかりだが、それ位は分かるよ。ん?ソニアとターニャも何か有るのか?」
「うーん、ん、無いわよ?偶然。メルちゃんの行動の結果だからぁ必然と言えば必然ね」
「何か誤魔化されている感じがしないでもないが、それよりだ。その”お母さん”と”メルちゃん”てのは一体何だ?」
「…………それはね……いつか知る事ですからねぇ。私がメルのお母さんなのは本当です。私が産んだのよぉ。お父さんとの愛の結晶です。それは信じて頂戴」
「そうか。なら、母さんに聞きたい」
「どうぞぉ?」
「孤児院の皆も居た。師匠にも感謝してる。だが、寂しくなかったとは言えない、と思う。何故、俺を手放したんだ?」
瞬間、母さんは俺の膝の上で抱き着いていた。
「ごめんなさいねメルちゃん………寂しい想いをさせてしまって。でもね?愛しているのは本当よ?何とか、1歳迄は私のおっぱいで育てたし、あの孤児院に預けてからも、いつも見ていたわよ?」
俺も母さんを抱き締めた。これが母親か。これが温もりなのか。無くした感情も蘇ってきそうだな。
母さんは俺に抱き着いたまま。顔を見上げて来た。流れた涙を掬ってあげた。
「母さん、理由が有るなら仕方ない。今はこうして会えるしな。父さんは何処に?誰なんだ?」
「メルちゃんは本当にお父さんに似て、男前ねぇ。お父さんは眠っているの。永い眠り。でも、決まっているの。親子3人でちゃんと会えるの。だから待っててね」
「俺は、まあ待てばいい。母さんは寂しくないのか?」
「お母さんにはメルちゃんが居るもの、大丈夫よぉ?それにね、誰かにとっては56億7千万年だけど、お母さんには、お茶の時と変わらない結果なの」
母さん。もっと抱き締めていいか?いいわよぉ?産んでくれてありがとう。
メルちゃん、産まれてくれてありがとう。
なんだか、2人の精神が溶け合った様な、重ね併せた様な、そんな時間だった。
「そう言えば、アーシャやターニャ、ソニアにも秘密にした方が良いのか?」
「別にお嫁さん達なら大丈夫よぉ?むしろ挨拶しておかなきゃね?他の人も大丈夫だけど、ほら、お母さんって、この世界では神様でしょ?だから、ね?面倒でしょ?メルちゃんが会わせたい人ならいいんじゃないかな?だってお母さん!ママ友とか公園デビューとか夢だったのにぃ、叶わなかったからぁ」
「…………分かった。いや、良く分からんが。なあ、母さん。このまま。その、一緒には居られないのか?」
「ごめんねメルちゃん。まだなのよ。いずれは大丈夫だから。今日は甘えん坊のメルちゃんと居てあげるわね?あ、膝枕してあげる!はい、こっちこっち」
もう一つのベッドに座って、膝をぽんぽんしている。満面の笑みで。仕方なく頭を乗せて横になる。
ん?不思議な感じだ。安心する?なんだろうな。髪の毛を撫でてくれる。悪くない………19なんだがな。
「よかったあ。メルちゃんとこうするの、夢だったのよぉ。今は大丈夫よぉ?何も起きないし、誰も来ないし、アーシャちゃんも朝までぐっすりだから」
「決まってるのか?今日、このタイミングは?俺は何をすればいいんだ?」
「今日、ここで話すのはお母さんが決めたの。でね、メルちゃんは自分から何かをしなくてもいいの。決まった時間に導かれるから頑張って進むのよ?そしてね?いつか、この世界と私達の真実に辿り着きます。だから言わないんじゃなくて言えないの」
「じゃ、その時を待ちますかね。父さんはどんな人?」
「あ、添い寝しよ!添い寝!よいしょっとぉ。そそ、お母さんのおっぱいにうずめてぇ。そうねぇ、あの人は穏やかで優しい人。でも私やメルちゃんにそうなだけで、この世界の命有るモノにとっては残酷な、それこそ、物語に出て来る魔王の様に見えるかもねぇ。あ、お母さんの名前はシリアって言うのよ?お父さんはゼロって言うの」
「母さんはシリア。父さんはゼロ?変わった名だな?覚えておく」
朝まで色んな話を母さんとした。本当に見ていたみたいで子供の頃の事を覚えていた。
正直、嬉しかった。と思う。俺にも母親が居て、ちゃんと見ていてくれてたという事が。
これから少しづつ時間を増やせればいいな。なんて事を思ったりもした。
可能な時は屋敷で一緒にのんびりとしたい。
暑くなって来ましたね?水分補給をお忘れなく。