第5話 滅亡と出陣
メル達が3人で話した2日後の王宮
国王執務室
「女王様、スタットガート宰相様がお見えです」
女王付きの侍女が返事を待って扉を開ける。
「どうした?急ぎか?」
女王エリダヌスは執務机から顔を上げ、紅茶の入ったカップに手を伸ばす。
一口飲んで口を離しスタットガートに目を向ける。
彼の様子は一目で分かる程に疲れていた。
「女王様、お気を確かに聞いて下さい。隣国、オストラバが滅亡しました」
「……………………な、に………」
「例の古代竜である【邪竜】によって滅ぼされました。報告によれば王都、王城は一瞬で陥落。生存者は皆無であろうと。そのまま進路を東に取り、近隣の町や村を滅ぼしながら進んでいるとの事。このままなら数日で我が国の国境を超えると」
「オストラバは小国とは言え軍事大国だぞ、それが一瞬だと………」
「はい。何かしらの手を打たねばなりません。各方面軍の将軍と近衛、騎士団の団長、宮廷魔術師を急いで集合を掛けました。2時間後に会議室で」
皆がパニックでした。冷静なのは宰相と宮廷魔術師筆頭だけ。
落ち着いて話が出来るまでに時間が掛かったけれど、ある程度落ち着いてからは冷静な意見が出始めて、結局の所、答えは簡単。如何にして【邪竜】を倒すか。
その隙に他国の害意に依る妨害や侵略を防ぐ。それだけ。
取り敢えず北は山脈なので東西南の内、東は国境と入国者の監視強化。
南は現状維持で何時でも動ける様に臨戦待機。
西は5,000を通常業務で残り15,000を予定戦闘域に。
中央軍も半数の20,000が西の国境戦闘域に進軍
直ぐに動ける数が半数。残りは物資共に順次。
騎士団も王都に500残して1,000が進軍。近衛は王族の守りなので半数が王宮で半数が私と共に戦場へ。宮廷魔術師も全員が出陣。
夕方、弟と母上と食事を取り、執務室で仕事をしながら、それでも不安が渦巻いていた。
古代竜の様な”自然災害”にどう立ち向かえば良いと言うの?
私は王族とは言え、只のか弱い女に過ぎないのです。私だって逃げ出したい。守って欲しい。
でも………私が国王代行で”女王”として、一応この国を背負っているのです。誰にも弱気は見せられないのです。
本当は泣き叫んで逃げ出したい。
そんな事を考えていたら、宰相が訪ねて来たの。そんな気分ではないけれど、仕方ありません。
「どうしたスタットガート。お主も忙しかろう?」
「女王様程では有りません。その、実はですね。もう一手、布陣を失念しておりました」
「うむ。申してみよ」
「はっ、冒険者が居りました。最上位の金クラスになりますと人の域を超えた”人外”の強さを持つ者も」
「確かにの。して、心当たりが居る。と言う事か?」
「はい。ここ2年近く我が国を拠点にしている【魔人】の二つ名の冒険者が、近年では大陸最強と呼ばれておりまして、その実力は他の追随が遠く及ばない程と。それから、創神教より使者が参りまして、治癒の神官と共に、創世神様から加護を頂いた【聖女】を参戦させると」
「それは良い案じゃな。して、間に合うのか?神官達の癒しは助かるが【聖女】か。どうなのだ?」
「冒険者は王都の自宅に居るらしいとの事ですから、明日自分が連れて参ります。【聖女】なのですが、創世神様が顕現されて直々に加護と助言を与えたらしく、多くの者が目にしておる様です」
「不確定要素では有るが当てには出来そうと言う事か。では会ってみるとしよう。明日頼むぞ」
----------メルの屋敷
自分の秘密を話し、2人の気持ちを確認した3日後。
ターニャを馬車で送り出した後、ソニアと2人で茶を飲みながら寛いでいたら、表が騒がしいので玄関に出てみると騎士団が数人、馬と馬車で来ていた。
「なんだ?あんたか」
「ようメル、実は緊急事態でな。女王陛下が御呼びだ。悪いが直ぐに出たい」
「そうか、仕方ない。服だけ替える」
仕方なく、屋敷に入りソニアに事情を説明しながらダークスーツに素早く着替える。
戸締りには気を付けておけ、と注意して馬車に乗り込んだ。
が、以外な人物も乗っていた。
「お、宰相殿までとは。一大事でも起きたか?」
「相変わらずだな、メルツェリン。お前を連れて行くのは”絶対”なのでな。万が一を想定しての処置だ」
「そうかい。ま、別に断る理由も無いしな。”オストラバさん”は駄目だったか?」
「まあ、そんなところだ。陛下が御呼びの理由も分かっていたのだろう?」
「正式にお呼びが有れば行ったんだがな。余程、自国の魔装兵団に自信が有ったらしい。舐め過ぎだ」
「で、先に確認しておくが勝算はどの位だ?」
「楽勝では無いな。ま、時間は掛かるが殺れる。此処まで”ヤツ”の霊波動が伝わってくる。体力、魔力、霊力が膨大なんでな。削るのに手間が掛かるだけだ。安心しな」
「なんと!…………ふぅ。勝てるのなら良い。援軍は?」
「いらんな。足手まといなだけだ。余計な被害は出したくないだろ?」
「ふむ。確かにそうであろうが……実はな、創神教が聖女を見出した。今回の討伐に参加するように陛下も打診をしてな」
「…………役に立つかどうか分からんが、その程度なら良しとするか」
「そうしてくれ。色々と柵も有る上に、本物の【聖女】様だ。だが、まだ若い未婚の貴族令嬢でな……彼女自信が不憫では有る」
「お優しい宰相殿の胃を守る為にも我慢するか。本物なら、ちゃんと守りながら戦う。心配無用だ」
「ああ、頼むぞ。それから…………揉め事は避けてくれ…………」
「なるべくな」
そんな会話を続けながら王宮に向かった。
まあ、好奇の目で見られはするが、すんなりと国王の執務室まで通され問題は無かった。
「女王陛下、この者が【魔人】の二つ名を持つ冒険者です」
「メルツェリン・ニルヴァーナだ。お初にお目に掛かる」
「…………女王様?」
「…………ぁ、ぅん、そ、そうか、妾が国王代行のエリダヌス・フォン・ストラスバルトだ。わざわざすまぬな。まぁ、立ち話も無い、腰を下ろしてくれ」
「では、そうさせて貰おう。筆頭殿も久しぶりだな」
「ん?イッツェハーフェン筆頭も知己であったか」
「はい。メル坊も久しいの。お主が出てくれるなら何とかなりそうじゃの」
「それ程であるか。して、実際はどうなのだ?」
私も不安で宰相に問質する。実際荒事は無縁なので”魔法と剣技”や”冒険者”とか”人外の力”と言われても分からないのです。軍事的な数字で有れば何とかなるのですが。
「はい。道中に事前確認致しましたところ、問題無く討伐可能かと」
「じゃろうてな。メル坊の剣技と”刀”は言うに及ばず、魔法はとんでもない。魔力だけでも儂の100倍以上有りそうじゃ」
「心配するな。”ヤツ”の魔力と霊力はここからでも感知出来る。ん?移動しているな。ま、どう足掻いても俺が首を落とす。足手纏いはいらん、無駄に犠牲が出るだけだし国庫も無駄金を使いたくないだろ?」
「そうは言ってもな……」
「面子も有るのだろう。最低限にしろ。で、本題だが依頼はギルドを通してくれ。でないとややこしい。白金貨1枚でも渡せば構わんだろ。俺に依頼料は無くていい。その代わり討伐した【邪竜】の素材を国で買い取ってくれ。額も額だ、数年の分割で。どうだ?」
「余程の自信が有るのだな…………宰相の意見は?」
「ん~確かに、国庫も無駄使いは出来ません故、メルの提案で擦り合わせましょう。依頼料もタダで素材を直接国が買って売却出来るなら、大いに助かります。逆に潤いますぞ」
「一応、陣地に余波で怪我人が出ても困る。魔力障壁と聖障壁を張れる連中が居たら助かるな」
その後はお互いの細かい要望と布陣や討伐後の事を話し合ってスムーズに終わった。
「では、その通りに。今晩中には俺も出る。遅けりゃ先にお祭り始めるぞ?」
「うむ。先発は昨日の内に出ているからな。丁度頃合いは良いやも知れん」
「最後に。女王様は「エリダヌス……エリダでいい」流石にそれは不味くないか?俺は構わないんだが」
「エリダって呼んで」
「じゃあ、、エリダと宰相殿は此処に居な。現地には行くな。どっしり構えてろ。必ず吉報を届けてやるから安心しろ。問題無い」
「え、でも…………」
「それが出来るなら、賛成じゃな。女王様、いやエリダお嬢が心配での。何か有れば前王陛下に顔向けが出来なんだ」
「私も出来ますれば、女王様には出陣して欲しくは有りません。宮廷魔術師総出なのです。メルの力と兵士達を信じて任せましょう」
「じゃ、俺は帰る。先導者だけ付けてくれ。トラブルは避けたい」
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メルツェリンは、メルは帰って行った。
話を聞いただけでは半信半疑だったわ。冒険者の事も良く分からないし。
でも、でも?会った瞬間に身体を何かが走ったの熱い何かが…………
その後はもう、良く分からなかったの。夢の中みたいで。
夢だったら嫌だわ!だって、エリダって……呼んでくれたもの。安心しろって。
胸とお腹が熱いの。とくん、とくん、て彼を呼んでいるみたいに。
あぁ、だめ、駄目よ!私は国王代理としてこの国の平和と秩序と利益を守る義務があるの!
エリダヌス!頑張るのよ!恋は私に無用な物。幾つだと思ってるの?
先ずは、討伐の出陣よ?国内に触れを出して無用な騒ぎを消さないと。
民が安心して暮らせる様に。
討伐はメルが必ず果たしてくれる。無事に帰って来て………
「女王様、女王様?…………駄目だこりゃ」
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すんなりと王宮を出て、ノンビリと徒歩で帰る事にした。
色々と物資を買っておきたいし、ソニアとターニャに何かプレゼントも贈った方が良いのだろう。
ギルドにも寄って、ダンカンに説明もしないとな。
先ずは商店街だな
肉、魚、野菜、果物、ブレッドを樽買いして調味料も手に入る物は買っておいた。
洋菓子店に行き焼き菓子とケーキを買って果実水も手に入れた。
2人には装飾品を数点づつ。
冒険者ギルドに入ってターニャを探す。と、丁度奥から出て来て目が合ったターニャが赤い顔でカウンターにやってくる。
「えっと、メル様は、あの、どうしたんですか?」
「ダンカンに話が有ってな」
「…………”あの”件ですよね…………少し待ってて下さい」
漸くギルドや冒険者連中も慣れたのか、俺が居ても普段通りにやり取りをしている。まあ、チラホラこちらを見ている奴等は居るには居るが。
中をこうやって見渡す。活気も有るし楽しそうに笑顔の奴も多い。受付嬢を口説いたり、奥に見える酒場からも賑わっている喧騒が聞こえる。
俺は浮いた存在なのだろう。分かってはいるがどうしたら良いかも分からん。必要も感じん。それがまた良くは無いのだろうな。
「あ、メル様。ギルマスは大丈夫みたいなので2階に行きましょう」
言いながらターニャは歩き出す。進みながら『時間が合えば一緒に帰りたいです。帰宅デートです』とか
言ってきたので了承した。ターニャを待ってても良いしな。
ダンカンが待つギルマスの部屋にノックをして入り、ターニャはお茶を入れてから出て行く。
「おう、どした?遂に来たか?」
「ああ。今、王宮からの帰りだ。ギルドには話を入れとかないとな」
「律儀な奴だよ。で、どうなった?」
取り敢えず、先程の話を纏めて説明した。討伐後の事も含めてだ
依頼から売却と凱旋予定の日程を。
「ウチは助かるな。何もしなくても白金貨だ。ターニャの書類作成代だけだから色付けてやるか。だが素材が勿体ねぇな。仕方無いがよ」
「止むをえんだろ。国も少なくない出費を補填させて面子も持たせてやらないと五月蠅い奴等が騒ぎだすし、税で苦しむのは結局国民だ。それから、俺も自分用に持ち帰るから、アンタに少し回すよ」
「お、助かるぜ!ギルドも裕福って訳じゃ無いからよ。んじゃ、下に降りて連中にも声掛けるか!」
俺とダンカンは下に降りてカウンターの前に立つ。
皆が何事かと徐々に静かになっていった。
「おう!おめぇら、話が有る!ウチの職員共も出て来い!酒場の連中!こっち来い!」
何だ何だと、ジョッキ片手の者、ペンや紙を持ってる者と様々だ。大方が集まったとこでダンカンが始めた。
「皆!最新の情報だが、昨日オストラバ王国が滅亡判定された。原因は【邪竜】よ呼ばれている巨大な古代竜だ。こいつは今、オストラバ内の町を滅ぼしながら東に向かっている。そう!この国に向かっているんだ!!当然、国も動いた。昨日の内に先発の西方軍と中央軍が出陣し順次増員と騎士団、宮廷魔術師が出た。でだ。討伐の本命としてこの、【魔人】のメルが指名された!そして創神教からは本物の【聖女】様がメルの補佐に付く。2人が本命で後は予備と討伐後の処理隊や陣地構築等の工兵がおもな仕事だ。んで俺達、冒険者ギルド、魔術師ギルド、商人ギルドが主体で素材の切り取りや研究を行う。かなりの人数と期間が必要になるからそっちでお前らには出張って欲しい!後よ、見学したい奴は死んでも知らねぇから自己責任で行けよ!!以上だ!確り稼げよ!」
その後からカウンターに殺到した連中のお陰で受付業務が忙しくなり、更に活気付いていて、ターニャも俺の討伐依頼の書類作成を始めたが、それが終われば帰るそうなので待つ事にした。
ターニャの仕事が終わり、2人並んで歩く。
左側を歩く彼女が俺の手をそおっと、控えめに握ってきた。
ターニャを見る。顔を赤くして俯き加減に恥ずかしそうにしているが、口元は笑っている。
改めて彼女を見る。背は160センチ程度の痩せ型。栗色の長い髪の毛に小さい顔で大きな青い瞳。ギルドの制服に小さな鞄を左腕に掛けている。
仕事の時はテキパキと熟し受け答えも確りしているが俺と2人だと無口で恥ずかしそうにしている。
見た目は分かる。スタイルの良い可愛らしい受付嬢。中身は?俺は今まで彼女の何を見ていたのだろう?ソニアにしても同じだ。何一つ彼女達を見て、見えて。いや、見なかったんだ。俺が。
師匠以外の人をまともに見ても居なかったのだ。動く何か程度にしか。
感情が薄い?魔人?目的?言い訳だ。この世界には言葉も心も通わせる相手が沢山居たのに、俺が勝手に放棄していただけだ。
ちゃんと彼女達と向き合わなければな。
左手に有るターニャの右手をぎゅっと握り、笑顔を向けてみた。一瞬ビクっとして驚いた顔を向けたが、ニッコリと笑顔になった。真っ赤だったが。
そうだ、同じ生きているなら笑顔がいい。笑顔を見たい。1人より2人、3人と多い方がいい。
まだ夕方には早い時間を、2人でゆっくり歩いた。
屋敷に着いて門番に労いの声を掛ける。
中に入ると玄関ホールにソニアも出て来たので2人を抱き締めた。
俺にしては珍しい行為なので驚いたようだが、嬉しそうなので間違ってはないようだ。
身体の安全は勿論だが、この笑顔を守らなくてはいけないのだな。
先ずは居間でお茶を飲みながら雑談をした。プレゼントの装飾品も渡して喜んで貰えたし良かった。
邪竜討伐の話もして、今晩出る事を伝えた。まあ、1週間も有れば戻って来れるだろう。
ソニアが夕飯を作り、3人で食事をする。普通の時間が大切なのだ。
食後は寛いで留守中の安全対策や、俺が戻ったらメイドを雇う事。戻ったら3人で何処か出掛けよう、等を話した。王都の散策を何日か掛けても良いし、ターニャの実家や旅行でも良い。
予定時刻になったので玄関に向かう。2人も見送りで来た。
2人其々に口付けをして軽く抱き締める。
「そう、心配するな。何て事はない。じゃあ行って来る」
2人にそう告げて屋敷を後にする。
王都を出る迄は普通に歩く。西門で事情を話し門の外へ出て、暫く歩いた所で長さ1メートル程の鉄の棒を取り出して中間を持って頭上に上げる
「ルーダ!」
何処からともなく空から大きな儂が飛んで来て、棒を掴み空に舞い上がる。
普段ルーダは王都の外か屋敷の庭の木で寝ているが常に俺の動きをトレースしている相棒だ。
ぐんぐんと高度を上げて風に乗り地上とは比べものにならない速度で飛んで行く。
「ルーダ。西に向かって一直線だ、頼むぞ。待ってろよ【邪竜】」