第3話 魔人
----------アーシャと出会って、もう3年か
ストラスバルト王国 682年
王都 ストラスブルク
冒険者ギルド本部
大通りに面した大きな建物。その正面玄関の両開きの片側が開き、大きな男が1人入って来る。
身の丈190センチ程でグレーの長目の髪の毛。目から額にかけて仮面が付いており、黒の襟付きボタンシャツに革パンツ、ブーツに黒のロングコート。腰にショートソードを吊るした剣帯と背中に刀身150センチの大きな刀を背負って、首には金色のプレートが下がっている。
ホールの中は一斉に静まり返り、男が歩くゴトッゴトッとブーツの音しか響かない。
そんな中、長い受付カウンターの1つ、看板受付嬢ターニャの所へ行く。
「お帰りなさい、メル様。お疲れ様でした。」
「ああ、達成だ」
メルは確認印の押された依頼書をカウンターに出す。
「はい。確認しました」
それと。ターニャが紙切れを出してきたので読んでみると『今晩屋敷に行っても良いですか?夕食は私が作ります』と、書かれていた。
「構わん。報告書は明日提出する。報酬はその時でいい」
「分かりました。お疲れ様でした。」
労いの言葉を掛け、小さい声で『後ほど』と囁いた。
メルはそのまま扉に向かいギルドを後にした。途端に緩んだ空気になり、ギルドのホールに喧騒が戻る。
「あれが【魔人】か。初めて見たけどビビッちまったぜ」
「大陸最強。数百年出なかった白金クラス冒険者に1番近い男か」
「今回も港湾都市ゴリアテで大量に沸いたクラーケンの討伐だったらしいぜ?海でどうやって倒すんだろうな?」
「やっぱ魔法じゃね?」
「手合わせ願いたいな」
「ばっか、瞬殺だろ」
「エールでも飲もうぜ」
「ターニャちゃんカワイイなあオイ」
「俺も担当して欲しいぜ」
「俺はクリスタちゃんだな」
冒険者達が好き勝手に話をしていると受付カウンターの中でも
「ターニャ!メルさんやっぱりカッコイイよね!お近づきになりたいよねぇ」
「まあね。さ、お仕事よ」
さて、今からどうするか。ギルドから出た俺は、適当に買い物するか。ソニアにも何か買うか。
そんな事を考えながら商店街へと歩く。
活気の有る商店街を眺めながら歩く。
俺に驚いて避けたり固まったりする連中が居る。そんなに怖いのか?
右手を刀に触れて時空術に納める。仮面も同時に消える。
適当に肉や魚と野菜、ソニアにはワンピース数着とネックレスにした。
孤児院にも寄る事にして焼き菓子と果物を買っておく。
創世神を祀る創神教。その総本山がここストラスブルクに有るから拠点に選んだ理由の一つ。
その本部神殿の裏にある孤児院に顔を出した。
「メルツェリン様、ようこそ。」
神道女が迎えてくれて中に入ると、庭で遊んでいた子供達が大量に寄ってくる。
「わ!魔人のお兄ちゃんだ!」
「メル兄ちゃーん」
「あしょんで~」
子供達の無邪気な笑顔はいいものだ。
人として壊れている俺の心を癒してくれる。
神道女達も寄って来て、子供達とお待ちしてましたと言ってくれる。
購入した菓子や果物を渡して、一度に10人位を振り回しながら遊んでやる。
女の子達にはストックしていた絵本と子供服を渡す。
寄付もするので院長室に行くと先客が有った。
貴族子女が侍女と共に。大人しく優しい感じの美少女だった。
孤児院などには珍しいと思ったが、良い事ではあるので感心したが先客に失礼に当たるので、寄付金だけ渡して頭を下げさっさと退出した。
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「院長先生。先程のお方は宜しかったのでしょうか?」
「良くは有りませんが、いつもあの様な感じで子供達に差し入れと多額の寄付金を置かれて帰られるのです。非常に奇特なお方です」
「まあ。どちらの貴族の方でしょうか?裕福なお方が支援して下さってるのですね」
「はい。何でも、最強の冒険者として有名なお方らしくて、各国の王族や国が依頼される程らしいのです。お若いのにメルツェリン様は優しさと厳しさと賢さを併せ持ったお方です」
「素晴らしいお方なのですね…………」
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取り敢えずの用事も済んだし帰るかな。
この国に入って直ぐに屋敷を買った。裕福な商人の手放した物で巨大ではないが小さくも無い。
一応、普段俺が居ない時に物騒なので、門番を雇っている。
俺が居ないとソニアが1人になってしまうからだ。
彼女は訳有って引き取ったのだが、その”訳”のせいで言葉を発する事が出来無い。
屋敷の門で守衛に挨拶して中に入る。
居間に行くとソニアが驚いた顔でソファーに座っていた。
近寄って頭を撫でてやると嬉しそうに目を瞑るので、暫くそうした後にお土産を渡して一緒にお茶する。
「今日はギルドのターニャが来る。晩飯作るそうだ。俺も買ったが本人も来る時に何か買って来るだろうから特に何もしなくていいぞ」
ソニアは喋れないので紙に書いて筆談だ。
特に変わった事が無かったか、困った事は無かったか、不安だとか、等々聞いておく。
同居人でも居ればお互いに安心なのだろうがな。
とは言え、そこまで親しい人間も居ない。女性の方がソニアにも良いだろう。ターニャに聞いて…………どうだろうな。あいつは定期的に来てくれるから、ソニアとも慣れててはいるが。同じ歳だったか?
屋敷の中も掃除等はやってくれているし、花も飾ったり家事はこなしているが……メイドを雇った方が良いのか?住み込みなら1人って訳でもなくなるしな。
そんな事を考えながら筆談を続けているとターニャが屋敷に来た。
「こんばんは、メル様とソニアさん」
「ああ。仕事、ご苦労さん。いいのか?お前だって疲れているだろう?」
「はい!メル様の為なら。ソニアさんにも会いたかったので」
「済まない。ソニアの件は助かる。留守中も来てくれてるしな。同居でもしてくれたら助かるんだがな。メイドを雇おうかとも考えているんだが」
ターニャはソファーに座り自分で茶を注ぐ
「あ、その、私で、良ければ、同居…………うれし。あ、あ、や、屋敷の為にも、メイドさんは居た方が良いのかも知れませんね!」
「そうか。ではそうするか。明日、組合でメイドと料理人を頼むとしよう」
「はい。では私、準備しますね」
そう言って彼女は居間を出て行き、ソニアも出て行った。手伝うのだろう。
俺は書斎に行き報告書を書き始める。
目的地までの旅程ルート、町での情報源、内容、決行日、戦闘方法、等々を時系列に詳細を記入する。
冒険者は読み書きが必須だ。特にパーティーを組まない単独は。報酬や討伐数の為に算術も覚える必要がある。
俺は師匠に様々な事を教えられた。読書や研究、思考実験での知識の集積。知識が無いと騙され、損をし、失敗し、死ぬ。
本に書かれて無い事や熟練者も知らない事は自分で試す。植物や鉱石の特性、魔物の生態、素材としての活用法なども生存率も上がり、得もする。
無心で書いていたらノック音が聞こえてターニャが入って来た。
「あ、あの、お食事の用意、出来ました」
「分かった。行こう」
食堂で3人で食べる。中々手が込んでいると思うのだが負担を……いや、本人が望んだのだ。礼が良いか。
「うん。美味いな、手も掛かっているし大変だったろう。すまないな2人共」
「あ、いえ、その、大丈夫です!」
「………」コクン
美味しく晩飯を食べた後は居間でお茶を飲みながら歓談し2人には先に風呂に入らせる。どうやらターニャは泊まった事も有る様子で手馴れている。ま、いいか。
俺も風呂で汗を流し寝室のソファーでまったりしていた。
実は毒物耐性の有る俺に酒は効かない。水替わりだ。睡眠も必要が無い。睡眠耐性が有るからだ。だが眠れない訳でも無い。
部屋の明かりを消して、中に差し込む月あかりの中、ワインを飲んでいたら、音もなくドアが少し開いた。ターニャかソニアだろう。
俺の生体感知は常時発動だが、害意が感知出来なければ余り気にはしていない。生体パターンからターニャだな。
顔を覗かせて俺に気付き「ぅひ」とか聞こえたが……
「どうした?未婚の女性が夜更けにそんな恰好ではしたないぞ?」
丈の短いフリルの付いたワンピースタイプの薄い寝間着1枚だけだ。下着は身に着けてはいない。
黙ったまま俺の横に腰を下ろして、身を寄せて来る。
仕方なく、時空術から上着を取り出し肩に掛けてやる。
「眠れんのか?お前も飲むか?」
「…………は、い…………」
グラスを取り出し注いでやると、チビチビ飲み始めた。
暫くの間2人で飲んでいたが、ターニャが「ふぅ」っと息を吐いた。
おい、落ち着け。心拍も血圧も体温も高いぞ?緊張と興奮状態だ。深呼吸しろ。
「女がここまでしているのです。恥を搔かせないで下さい」
そんな事を言いながら飛び込んで来た。困った娘だ。
実際には、ソニアとは身体の関係が有る。これはお互いに恋愛感情的な物が有るからでは無い。
彼女の村は生存者が居ない。只1人の生き残りで親族も居ない。天涯孤独な訳だ。俺と同じだな。しかも村が焼かれ、次々と村人が、家族が殺されるのを見ていた。
若い娘はソニアだけで、生かされている目的も分かっていただろう。俺が発見した時は裸だった。
助けたは良いが言葉は話せなくなっているし、俺から離れようともしない。困り果てて一応引き取ったは良いが、宿暮らしも何だし拠点を作ろうとも考えていたので屋敷を買った。
今度は、只で保護されている、何も役に立たない自分に悩み始めていた。
村の村長の孫娘だ。畑仕事や家事ならできるが、王都の屋敷に居ても出来る事が少ない。
悩んだ末だろう。自分から俺のベッドに入って来た。翌朝、理由を聞いたらそう言う事だった。
それ以来、定期的に敢えて俺の方から求める事にした。随分経つがそれからは安定している。折角助かったのだ。穏やかに暮らして欲しい。
いや、現実逃避したが今は目の前のターニャだ。困ったぞ?
確かに拒めば年頃の女として恥を搔かせる。2人共17歳だったか?貴族なら結婚適齢期でもある。成人は女子で14歳、男子で15歳だから早い者は既に婚約や結婚をしている。平民は貴族程裕福では無いからもう少し先だが。
拒む程に嫌いでは無い。良い娘だと思うし見目も美しい。ギルドでも看板受付嬢で人気も有る。この町で最初に話したのも、打ち解けたのもターニャだ。気を許しているのも有る……有るが、俺は恋愛感情が薄い。精神耐性のせいだ。
だが、いや。この場でターニャ相手に拒むのは無理だな。柵が1つ増えそうだ。
涙の浮かんだ彼女を抱いて静かにベッドに寝かせて上から被さり、優しく口付けを交わす。長い夜になりそうだ…………
睡眠耐性が有るから眠る必要は無い。
ターニャは横で良く眠っている。初めては辛いのだろうと思い、行為の最中彼女の下腹部に【治癒】を掛けておいた。少し負担は軽いだろう。
朝6時前。彼女が朝一番のシフトで出勤する事は無いからもう少し寝かせてあげるか。
そっとベッドを抜け出して風呂で流す。ターニャも入るだろうから浴槽を湯で満たしておく。
この屋敷は明りも厨房も風呂も魔道具で火を管理させているから手間が掛からない。
着替えて厨房へ行き、朝食の準備をしておく。
寝室に戻るとターニャがベッドの上で身体を起こして赤い顔をしている所だった。
「身体は大丈夫か?」
「へ、は、はい…………ぉはよう、ございますぅ」
「一応、【治癒】を掛けておく。今日もギルドの仕事だろう?だが、無理はするな」
「あ、あ、有難うごじゃいます………かんじゃった」
何だか恥ずかしそうにしていたが、お腹に手を当てて【治癒】しておいた。
その時にも恥ずかしそうにしていたが、既に身体の関係なのだがな。
大丈夫そうだったので、ガウンを着せて浴場に抱いて連れて行った。まあ、こうなっては出来る範囲で守ってやらねば仕方あるまい。彼女の不幸を望んでいる訳ではないしな。
その後、3人で穏やかに朝食を取りゆったりとお茶の時間を過ごした。
ソニアも喜んでおり、ターニャは今日からこの屋敷に帰ってくる事になったようだ。
時間になったのでターニャを馬車に乗せて送り出す。俺は報告書の続きを仕上げてから出る事にする。
昼前にはギルドに着いてカウンターに行くと、奥からターニャが真っ赤な顔で出て来た。
俺は報告書を渡して報酬を受け取ると、ギルマスが話が有るらしいというので、ターニャと2階のギルドマスターの部屋に向かう。
ターニャがノックして室内に入ると、ダンカンが書類の山からひょっこり顔を出した。
明日も投稿予定しております。