罪状Ⅶ 喧嘩 Betray_Myself
気持ち短めですが、大事な回収回なのでめっちゃ気入れて頑張りました
ズバァァ!と、光が駆け抜けた。
パシィイ!と、その光を食い止めるべく、晴樹が左手を電撃の方へかざす。
二つの力が拮抗することはなく、その電撃はあっけなく明後日の方向へ飛んで行った。
続けて、晴樹は包丁と化したその右こぶしを振り下ろす。その少年の肩めがけて。
だが、ここで一つ大きな隙ができていた。
晴樹の、腹。その拳は上段にあり、体はがら空きとなっていた。
共討ち覚悟、少年は晴樹の腹へ電撃をたたき込む。
が、お見通しだった。
前向きの爆発が、晴樹の腹の真ん前で起こった。
それはあくまで、距離を取るためのもの。決して攻撃ではない。
しかし、それは危機回避となった。
続けて晴樹は自身の後方に爆発を起こす。少年へ一気に近づく。
少年はなんとか振り絞った一瞬の最大限の力でもって電撃を晴樹へくらわす。
と思ったが。
どうやらその攻撃の対象は晴樹ではないらしい。証拠にその電撃たちは晴樹の頭上すれすれを通り過ぎた。
不意に打たれた不発弾。
それに疑問を抱いた晴樹は、何か、本能的な危機を察知し上方へ逃げる。
そこへ、ビュオォオ!!と風切り音が一瞬。続けて。
ドゴォオオオオオ!!!と、静電気の少年がいる場所へ、『人影が落ちた』。
思考が一瞬止まった。
その場所には直径2、3メートルのクレーターができ、何か放射状に広がっていた。
晴樹の身は重力の鎖にとらわれ、自由落下をしていく。
そのなかで、月明かりに反射されたその放射状に広がったモノ。
赤黒く輝く、その不気味な液体は。
(血ッ!!?)
人影の地面との衝突によって広がった、コンクリートの傷。
それをなぞるように広がった、赤黒い液体、それは血。
誰の血だ?その答えは明白であった。
静電気の少年が、潰された。
晴樹の緊張のパラメータが一瞬にして上がる。
同時に、何か、黒い感情さえ湧いてきた。
それが湧いた晴樹の心にある大きな柱の核たる物ゆえだろうぁ。
人殺しはしない。
だが、晴樹は今目の前で一人の人が死ぬ光景を目の当たりにした。
その人物は、あくまで敵。自らの命さえ狙ってきた者。
しかし、晴樹にとってはどんな輩であっても、見殺しは人が犯してはいけない大罪だ、そう思っている。
それが、姿の変わり果ててしまったばけものでも。
一度命を狙った少女であっても。
人、というのは変わりない。
否、晴樹にとって人というくくりさえ小さいのかもしれない。
そんなモットーを持つ少年にとって、人の死というのは受け入れがたい。
受け入れがたさ、それは少年の中を黒い波となって渦巻いた。
その瞳に、怒りが、宿った。
その怒りは自分の不甲斐無さゆえか。
その怒りは殺した相手への憎しみゆえか。
ただひとつわかることは。
明確な戦意、殺意が晴樹から感じ取れるということ。
やっと、少年を殺したその人影が起き上がった。
晴樹は、殺意に塗れたその瞳を持って標的を捉える。
月明かりが、その人影の顔を照らす。
晴樹は、その顔を見て。
眉が、不快にまがった。
その瞳の怒りが一段と上がった。
そう、その顔には嫌程見覚えがあって…
「沖ぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
晴樹の感情のパラメータが吹っ切れた。
その感情はいったいなんだろうか。
「いつまで俺を苦しめるつもりだあぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」
その声には、怒りが含まれていた。殺意さえ。
気づけば、晴樹の後方から発せられていた熱波がもう感じられない。
つまり、この少年は沖のドッペルゲンガ―などではない。
どんな原理で人間の姿に戻ったのかは分からないが、目の前には怒り狂う親友の姿を見て薄く微笑む、イカれた少年がいた。
「いいね、晴樹。もっと怒れよ、その身を滅ぼすほどの怒りを生み出せよ」
明かな挑発。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
しかし、今の晴樹には止める者がいない。もう感情は溢れ出すだけ。
「どうせ俺も滅びるんだ。どうせなら一緒に滅びないか?使い捨てなんだよ。折角与えられた親友との最期の時間なんだ。とことん思い出作ろうぜ」
沖の表情が、歪む。
自らの言葉をかみしめるように。
沖の身に何が起こったか。確かに晴樹は興味があるが、もう晴樹の手札には殺人以外残っていない。
「悔しいよな。こんな街の一つの歯車なんて。あいつも所詮そうなんだよ、俺はあいつを最初から殺すつもりだった。それは多分あいつもそうだよ」
沖の言う『あいつ』とは静電気の少年だろうか。
ただ、晴樹と沖の、二人の空間に沖の独り言がBGMのように流れていく。
「だからさ」
そう沖は一拍置いて。
獰猛にその白い歯を見せて。
その眼には恐れさえ宿して。
「殺し合おうぜ」
晴樹は聞いていた。沖の言ったこと全てを。
それを呑みこんで。呑みこんで。
感情は場を支配した。その瞳からは涙がでていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
吠えた。
それと同時に、晴樹の身に異変が起きる。
その異変は、晴樹の背中に。
盛り上がって、今にもはち切れんばかりに。
一瞬。
グシャァァアア!と、生々しい音が大きく響いた。
晴樹は苦痛を顔に浮かべるでもなく、まだ怒りという感情に支配されている。
見れば、晴樹の背中が文字通り割れていた。
その割れ目からは手のひらが見えていた。
ジュボォ!と、続けて生々しい音が聞こえてくる。
腕が、できた。まるで、その手が這い上がってくるかのように。
長さはおよそ3メートル。手のひらだけで横幅が1メートル以上ある。
晴樹の両肩の肩甲骨のあたりから、二本。
ご丁寧に右手左手そろって生えてきた。
色は右手が、金色。左手が、黒茶色。
その光景を見て、沖は息を呑んだ。
「すげーよ。すっげーよ晴樹!これならお前はこの街で生きていける!」
その声色は楽しげだった。
しかし、その表情は決して優れてはいない。歪んでいる。
畏怖か、嫉妬か。
「これで、場は整ったな」
そう沖が言った。
その言葉が合図となる。
カチカチカチカチカチ、といつの間にか握られていたライターの引き金が引かれる。
5つ。その炎ができた。
沖は、顔をゆがめて、火の玉を飛ばす。
ビュオォ!!と、風切り音が聞こえる。
が、その炎が着弾して爆発する音は聞こえなかった。
代わりに。
ドガァァァァァ…と、地を呻らせる轟音が鳴った。
振り下ろされたるは、晴樹の背中から生えた右腕。
いつの間にか5つの火の玉は消されていた。
驚いた様子の沖だが、どこか楽しげな様子もある。
続けて、カチカチカチ、と三つ。
しかし、今度は俺の番だ、といわんばかりに晴樹がつっこんできた。
上等だ、と沖は心の中で叫ぶ。
正面、右、そして左と、それぞれから炎を飛ばす。
そのまま突っ込んで来れば、全ての炎球が晴樹へあたる。
はずだった。
晴樹の体が、空中を華麗に舞った。
ただそれだけ。
3方向から来た炎球は、背中から生える右腕に当たると、爆発も起こさず散った。
すたっ、と。そんな音すら立てる華麗な着地に続けて。
バゴォォオオオオオオン!!!と、轟音が街を揺らした。
見れば、背中から生えている左腕が振るわれていた。
沖は、間一髪で後方へ転がり、一命を取り留めていた。
しかし、攻撃の波はまだ押し寄せる。
間髪入れず、地面に突き刺さった左腕が抜かれ、今度は手のひらを開き、沖の方向へと向けた。
「ッッッ!!!?」
本能的に危機を察知した沖は、這いつくばりながらも、必死に体を横へ転がす。
その危機は、一瞬で訪れた。
ズバアァァアアアアアアアア!!!!と、視界を埋め尽くすほどの黒き波が、光線の如く地面をえぐり空間を焼いた。
その波は、『執行人』同士の喧嘩に割り込みを入れる。
攻撃力は絶大だった。
沖は完璧に回避しきれず、その右腕が肩からすべてなくなっていた。
波は、『執行人』たちにも効果を与えた。
『意識移動』は自らの身を移動させ難を逃れていたが、『意識切断』はどうやら間に合わなかったらしい。
左足の膝から下あたりが消失していた。
『意識防御』ですら目に見えて被害を受けている。
どっしりと構え、体全面を覆うように銀の肌を展開したが、どうやらその防御は少ししか持ちこたえなかったらしい。
人間味を取り戻していた両腕は、皮膚が焼き爛れ、その攻撃の絶大さを語っていた。
『意識防御』が恐怖の目を晴樹に向ける。
それだけではなかった。その場にいた全員が、全員の有様を見て、晴樹へ恐怖と怒りの目を向けた。
1vs4の、第三者から見れば圧倒的な不利的状況。
しかし、場にいる彼らからすれば、晴樹側が圧倒的有利な状況。
一瞬にして、彼は全てを滅ぼす攻撃手段を生み出せる。
その時、『意識移動』は晴樹と対峙していた。
否、正確には戦っていた。物理的にではない、精神的に、だ。
(少年の…少年の怒りの念さえ取り除いてしまえば、後はこちらのものだ)
そう、彼女の『魔術』の専門は精神的な部分にある。
彼女は、確かな手ごたえは掴んでいた。
怒りは、確かに消えてきているはずだ。
だが。
その怒りはあまりにも大きすぎた。増大しすぎたのだ。
少女は自分の非力さに、心の中で打ちひしがれてしまう。
(くそっ。正直この街の住民はどうでも良いのだが、少年を止めなければ面倒事に発展しかねない…どうする!?)
自問自答を繰り返してしまう。
思考がループに入ってしまった、つまり行き詰まり。
解決の糸口は見つからない。
しかし、状況はまだめまぐるしく変化していった。
ただ、晴樹は動かなかった。それなのに。
場が凍った。
誰もが息を呑んだ。
緊張か、恐怖か、背筋を凍らせるような感情が場を支配した。
身が、動かない。まるで金縛り。
まるで、蛇に睨まれた兎の如く。呼吸さえ苦しくなってしまう。
その中で、必死に頭を回すアールダ。
(これは…あの少年からのプレッシャーからか。それもどうやら怒りが原因のようだ)
時機に、第二の攻撃が彼らを襲う。
沖は、自らの右足の異変に気付いた。何とか眼球だけ動かして見てみれば、そのズボンが赤黒く染まっていた。
「ぁッ!?」
驚きのあまり、声がつまり喉が干上がってしまう。
しかし、異変は右足にとどまっていなかった。
腹部も、赤黒く。その両腕にはまるで刃物で切り付けられたかのような、そんな切り傷が無数。数本どころの話ではない、十数本はゆうに超す。
その異変は、沖の身でなく『執行人』の体さえ害していた。
『意識切断』は残った右足から、致死量に近い出血をしているようだ。その右足はすでに血の海へ浸かっている。
既に立つ気力は失われ、その体は完全に死体のようになっていた。
最大級の防御力を誇る『意識防御』でさえその体は害されていた。
過度のプレッシャーゆえか、防御のための銀色の肌は展開されず、ただ空間を支配する緊張や恐怖などの感情に呑みこまれ、体に傷を刻まれる。
その表情は歪んでいた。
しかし、それは体に刻まれた傷ゆえではなさそうである。
対峙しているのは、空間を支配する負の感情の群れ。
『意識防御』という名に刻まれている通り、彼はこの感情に呑みこまれないよう、必死に気を張っているようだ。
いつしか、その瞳からは戦意が失われていた。
『意識移動』はかろうじて立てているようだ。傷も、彼らの中で一番刻まれていないだろう。
しかし、確かにその瞳には戦意が宿っておらず、ただ晴樹という畏怖の存在を眺める事しかできていない。
決着が、ついた。
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