罪状Ⅲ 知識 Knowing_Things
話し合いは短めに
「キリスト教における、7項の罪を知っているか?」
開口一つ目に発せられたのは日本人としてはなじみの薄い、宗教についてだった。
「怪しい宗教勧誘はお断りな」
「そうじゃない、我々『執行人』を語るうえで外せないことだ。7項の罪、傲慢、貪欲、邪淫、憤怒、貪食、嫉妬、そして怠惰。キリスト教修道士の生活における死へ至らしめる罪とされた物だ」
「それがどうその『執行人』とかかわるんだ?」
「断罪…とでも言おうか。ともかく、その罪を犯した者に罰を執行する者たち、それが我々『執行人』だ」
なんとも心に刺さる罪だ、と晴樹は思った。
(そんな罪を犯すダメ人間がどこにいるんだ?)
この少年、自覚なし。
「その『執行人』っつーのは、何人かいるのか?」
「ご名答、私含め8人いる」
曰く、この少女の扱う『魔術』は『意識移動』。
つまり、これ以上罪を犯さないよう、私欲をすべてどこかに移動させてしまおうという魂胆により生まれたモノ。
他に、『意識切断』、『意識捻転』、『意識防御』、『意識理解』、『意識回復』、『意識停止』、そして『統率者』。
「その『統率者』っていうのは…」
「予想はできているだろう?他7人の能力を全員分使える。しかも『魔術』の質は他と同じだ」
「チートだろそれ…」
「しょうがない、すべてやられてしまうのは困るからな」
説明を聞き、晴樹は一つ疑問が浮かぶ。
「俺の『魔術』はなんなんだ?」
バッサリ聞くな…と少女は顎に手を当て悩む仕草をする。
「結論から言うと、私でもわからんが」
「が…?」
「そんな期待の目を向けるな、あくまで予想だ」
お前は特異なんだ、と困っている少女。
「聞いたことがある、弱体化された『統率者』がいることが」
「どういうことだ…?」
「貴様はさきほどの戦いにおいて2つの『魔術』を使っていた」
曰く『意識移動』と『意識切断』。
「貴様は衝突一手目、右拳を刃物に変えていたな」
「あ、ああ…?そうなのか?」
「記憶がないか…まあいい、確かに貴様の右拳は包丁らしきものになっていた。それは『意識切断』によるものと断定していいだろう」
「そもそも『意識切断』っていうのは何だ」
「名の通り、切断するのだ。大体察しはついているだろう。私の『魔術』にも意識なんて名がついているが、精神的だけでなく、物理的にも移動させていた。それと同じだ、意識だけでなく、物体を切断するモノを自分の体を使って生成する」
およそ掌すべては刃物と化していた。
確かに科学では説明できない、どうすればこの有機物でできた体の一部を無機物に変えるというのだ。
「本家『意識切断』はそんなちんけなものに収まらないんだがな」
「というと?」
「西洋の剣をイメージできるか?両刃の」
刃渡り70センチメートル程度の、昔の騎士たちが腰に装備していた物を想像する。
「少なくともあのサイズは軽々できる」
「えぇ…」
「細かくは私も知らない、というかさっきの騒動は私とあいつの喧嘩によるものなのだが」
「くっそ迷惑!迷惑料払ってもらいますからね!」
個人同士の喧嘩に巻き込まれ、数人が死ぬ世の中。
もう末か、と晴樹は気だるげに溜息をつく。
「で、その弱体化された『統率者』が俺ってことでいいのか?」
結論を素人ながらまとめる晴樹。
自分の正体が何なのかさえ分からなければ、無駄な災厄を振りまくことになりかねない。
自分がどのような輩なのかは理解しておくべきだ、と晴樹は思う。
「まあ、そうだな。多分、それはこう呼ばれているかな。『統率者』から聞いたことがあるのだ、『第二作戦』という者がいることを」
「『第二作戦』…?」
「ああ。名前から考察すると、多分『統率者』含む8人の『執行人』に何か異常事態が起きた際の、いわゆる保険のようなものだろう」
俺保険だったのか、と困惑する晴樹。
よくわからん罪とやらを、犯した馬鹿どもを裁くために生まれた『執行人』たちから勝手に信頼され、挙句自分の住む町に災厄を振りまいていく、迷惑極まりない輩の保険になんかなっていた。
(ああ…めんどくせえ)
「根本的な質問だが、なんでお前が『意識切断』とこの街で喧嘩してたんだ?」
ああ…とちょっと口を濁す少女。
「というか、まだお前の名前さえ聞いてないんだ。自己紹介くらいしとこうぜ」
「そうだな。私はアールダ・ソッチという者だ。父も母もイタリア人で、日本育ちだ」
「俺は西晴樹。で、本題に戻ろう」
短めの自己紹介を済まし、『魔術』の説明を待つ晴樹。
「そう焦ることもないのだがな」
「いや、焦る。俺は時間に追われてるんだ」
「そうか。まぁ、長くなることは逃れられないぞ」
まず一つ目の話題、喧嘩について。
赤色に染まり始めた空と、誰もいない店内が緊張した空間を醸し出している。
「私と『意識切断』との喧嘩についてか…結論から言うとあいつの裏切りだな」
「裏切り…?」
「我々『執行人』の力は唯一神から与えられたもの。すなわち神の命令は絶対」
「察するにその命令に背いたと」
「いや、少し違うな。まあ、キリスト信者として当たり前のことだろうが。そもそも、神からの命令を貴様は理解できないと思うぞ」
そもそも神というものを信じられない。
誰が神で、どうやって『執行人』たちに命令を下すのか。
「理屈は私にも理解しがたいが、『統率者』が神からの命を与るようでな」
「今回命じられたその命令っつーのは何だ、結論を述べてくれ」
「人類を滅ぼせ、これが命令だ」
思考に、空白が生まれた。
晴樹の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
つまり、この70億人を超える人類を神は好かなかった?
一人残さずこの世界から排除するよう神から命じられた?
は?
明確な混沌が生まれる。
それは思考を遮り、結論を出すことを阻む。
「それを命じられて…お前らは実行したのか?」
「いっただろう、『意識切断』は命令に背いていない」
晴樹は気付く。その言葉の意味を。
「ハッ!お前ら…」
「つまり命令に背いているのは私たち、『執行人』の大多数だ」
力を授けてくださった、母と変わりないその神に対する反逆。
「私たちは『大罪』を犯している」
覚悟はもうすでにできている様子だ。
あくまで人間、神直結の少ない人類とはいえ、当たり前の道徳はまだ残っている。
「神は我々人類を大事な生命の泉である、この地球の不要物質と判断したらしい」
「思い当たる節はいくつもあるな」
「だが、この惑星だって所詮使い捨てだ。それほど重視するつもりもないらしいけどな」
この反逆計画がばれていない時点で重視していないことは明確。
「で、この計画の最終目標は何だ」
「神を殺す」
「なにを馬鹿な」
「鼻で笑ってもらって構わない。そもそも現段階でもその目標は100%達成できないことは十分承知している」
ない物を掴もうとしても、それは当てもなく宇宙の果てまで行ってみろ、と言われているのと同じ、実現は不可能。
だがその話、現段階では実現不可能というだけ。
宇宙へ行くことは、大昔の人々にとって夢物語であったのと一緒。
「どれだけかかろうとも、我々が死のうとも、その意思を引き継ぐものを作るだけだ」
「お前ら…というか正確には俺も入るのか?まあ、その『執行人』が人類処刑をしなければ、いずれ神はこの計画に気付き、この惑星ごと滅ぼしてしまう危険もあると」
「あながち間違ってはいないな。神とは何かさえ分かっていないこの状況で私が偉そうに語れることではないが」
立っているステージが違う、逆転不可能な周回遅れ。
今はそういう絶望的な立ち位置かもしれない。
だが、いずれ尻尾は掴む。可能不可能ではない、意地でも掴む。
「考察すると、『執行人』はその神への反逆を企てていたが、一人それに賛成しない奴が出てきた…そういう認識でいいな」
「間違ってはいないな。あの媒体は熱心なキリスト信者でな」
晴樹は今のアールダの発言に引っかかる言葉があった。
媒体。
「おい、その媒体ってのはなんだ?」
「そうか、これもわからないか。簡潔に言うならば。我々『執行人』が使う『魔術』というのはそのものに意識がある」
「もうちょっと分かり易く」
「はー…例えば私で言うならば、『意識移動』という『魔術的意識』が、私という体を乗っ取り操作している、と言ったところではないか?」
つまり『魔術』が体の舵取りをしている。
それならばさっきの戦いにほぼ無意識のうちに進んだもの説明がつく。
だが、
「確かに、俺の場合はそれで説明がつくかもしれない。でも、お前の場合はどうなんだ?思いっきり自分の意志で『魔術』を使ってただろ」
そうアールダは、先程の戦いの記憶が残っていた。
それでは『魔術』の一人歩きができていないことになる。
自分で考察しても答えが出ない。
しかし、その答えはあまりにも冷酷だった。
「なにを言っている。今お前と喋っているアールダ・ソッチは『意識移動』という名の『魔術』に乗っ取られた少女だぞ?」
一瞬の思考の後。
息をのんだ。
驚きが隠せない。
「信じられないか?まあ、仕方ないか」
「すまない、乗っ取っている証拠を出してくれ」
そう晴樹が言うと、急にアールダの体が弓なりに痙攣した。
次の瞬間、あたりをきょろきょろ見渡すアールダが。
「あの、アールダ…さん?」
「え、あ、はい?え?ここはどこですか?」
流暢な日本語で話す少女がそこにはいた。
「あなた、『執行人』という言葉に聞き覚えは?」
「え?あ、あ、ないです…?」
はあ…と溜息一つ。
「あなたは…?」
「あー…俺は西晴樹っていう高校生だ。ここは海淵市」
その海淵市というワードを聞いて、少女はビクリと2ミリ跳ねた。
「あ、あの夢にまでみた海淵市!?謎と伝説でできたコンクリートジャングル!!?」
「あ、ああ…そうだが」
話によればどうやらこの少女、海淵市に行きたがっていたらしい。
晴樹は今の発言から少し考察する。
(まだ乗っ取られる前の記憶はある…そして乗っ取られたのはまだ海淵市入りする前)
と、ここで少女は自分の体に違和感を抱いた。
ん?と自分のおなかを触ってみるとやわらかい肌の感触があった。
足を見てみれば太ももの付け根までガッツリ見えている。
瞬く間に少女の顔が赤色に染まり…
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
「ですよねええええええええええええええ!!」
見ないで、と言わんばかりにすさまじい勢いの平手打ちが晴樹を襲う。
時は進み、街並みが街灯で照らされ始めるころ。
晴樹とアールダは晴樹の家へ向かっていた。
とりあえず、制服の上を着せてやり、何とか上は隠せた。
だが、下は隠せておらず、こんな格好で電車に乗るのも嫌なので、およそ3キロある家までの道のりを歩いて帰ることにした。
(早く『意識移動』戻ってこねえかな…)
「あ、あの。西さん…?」
「ん?なんだ?」
不意に少女から声がかけられる。
「西さんは、この街に住んで何年経つのですか?」
「生まれた時からかな。この街ができてから5年くらいの結構な古参だぞ」
いいですねー、と羨ましそうに言う少女。
何が楽しくてこんなコンクリートジャングルに訪れてみたいと思ったのか。
この少女は今何歳なのか。
晴樹はいくつか疑問を抱いた。
「君は今何歳なの?」
えーっと、とアールダが指折りで数を数え、ちょうど12回目にその手を止めた。
「13歳ですね」
「あっそう」
それならこの体系も納得がいく。(特に胸部)
そっけないような返事をしているが、これも重要な情報である。
(乗っ取られたのはつい最近…と考えていいだろう)
今少女が言った年齢は、おそらく乗っ取られる前のアールダの年齢であろう。
(そこまで時間が経ってないのに、計画を8人で…ちょっとうまくいきすぎているようにも感じるが)
と、街灯に照らされながら歩いている二人組に、一つの影が近づいてくる。
カツン、と。
その足音は静寂を作り、緊張に場を支配させた。
なんというか、こういうシチュエーションに限り、面倒くさい敵が現れるような、そんなフラグは立っていたが、こうも的中してしまう。
晴樹は何かを察したかのように、少女を自分の背中に隠す。
「…」
晴樹は黙って少女の口に自分の手をやる。
黙っていろ、のサイン。
「やあ」
唐突に。向こう側から声がかけられる。
街灯に照らされた顔には見覚えがあった。
「チッ…てめぇ」
「そんなかっかすんなって」
晴樹は威嚇するように舌打ちをするが、その『見覚えのある顔』は気軽くあしらった。
その手には街頭を微かに反射する、ライターが。
その顔には晴樹を軽蔑するかのような、浮かび。
誰か。
そんなもの、毎日見ているから分かるに決まっているだろう。
相手がそんな目で見てくる。
「沖ッ!!てめぇ何しに来た!!」
親友同士が、ここでかちあった。