罪状Ⅷ 戻る日常 Usual_Self
最初の方はちょっと重めですが、後半は日常要素を
晴樹は、未だ怒りという名の己を滅ぼす負の感情に支配されていた。
その意識は、あった。
晴樹本人の意識は、彼が吠えたときからずっと存在できていた。
つまり。
彼は自らの意思を、殺意を持って、『執行人』や沖を叩きのめした。
これが揺るがない事実となる、なってしまう。
それでも、その行為さえ怒りで押し通してしまう自分がいた。
確かに、晴樹の中には悲しみという感情もある。
今現在もあるのだ。
友人を、知識を授けた者を、そんな者たちを苦しめることが晴樹にとってどれほど辛いか。
ましてや、それが自覚あっての行動というのならば、その自らへの負の感情は計り知れるものではない。
それでも。晴樹の瞳には未だ怒りが宿っている。
それを達観視する、一人の男がいた。
「みせてくれるではないか…なかなかに期待を裏切るものであった」
そんな独り言に反応する声が。
『なるほどな。貴様が言っていたこともわからんでもない』
晴樹は、絶対に執行人の手札には加わらないという事。
あれほどの力を有する者が、愚かな反逆計画を企てる者たちの配下に加わることはない。それは誰から見ても分かることである。
『しかし、なかなかに暴れまわってくれたのではないか。貴様の予想を超すようにも見えたが』
「そうだな。あの『魔術』は凄まじい物だったな」
『「魂狩の鎌」、か…』
「やはり貴様もそう思うか」
『ああ、あの少年の扱った力は月をモチーフにしていたな。ならばあれしかないだろうな』
「サリエル。4大天使に数えられる一角か」
月、死を司る天使。サリエル。
「あの全員を焼いたものは幾らか負の感情が見られたが…」
『あの『魔術』はサリエルの手に持っている鎌をモチーフにしたものだな。死者の魂を狩る、その行為自体に怒りはない。ならば』
「本来宿るはずのない感情さえあの少年は生み出すのか」
会話の内容が支離滅裂に聞えてしまう。
理解が途切れる。
それが正常であろう。二者は互いに心を読み合い、何を言わんとしているか。それを理解した上で会話を進めている。
『その後放たれたあのプレッシャーは、見事にサリエルの「邪視」を則ったものだな。あそこまで再現されているとは』
「うむ…あの攻撃手段については我々の理解さえ置いて行ってしまうものだ」
言葉ではあの少年に何か恐れを抱いているように感じさせる。
しかし、その男の表情は楽しげだった。
大天使サリエルを模倣する力。
この力が、この男の欲する物なのか。
会話の内容は暗雲に包まれたまま。
晴樹は、ただ茫然と意識をさまよわせていた。
怒りを押し付けるものが、もうない。
ただ収まることのない怒りを、ただそのまま溢れ返させているのみ。
不意に、怒りに染まった瞳をあげる晴樹。
その目に映ったのは、呻きながらも晴樹を見据える少女、アールダだった。
ただその少女は、地に伏せ血を流しながらも、何かをつかむかのように腕を上げていた。
晴樹はそれを見て。
晴樹を渦巻く悪感情が、その行為に反抗する意思というものを付与させてしまう。
スッ…と、晴樹の身が消えた。
気づけば、アールダのその近くに少年はいた。
目を開け、驚く少女。だが、声を発することはなく、ただ何かを察したかのように、それでも最後まで足掻こうとするかのように、手のひらを弱々しいながらも握りしめる。
それでも、晴樹は止められなかった。
背中から生えたる左手を掲げ、その少女へ振り下ろさんとする。
晴樹の本心は、少女の息の根を止める事なんて望んでいなかった。
ただ、全員が生きて、笑って帰ることを望んで。
それでも犠牲が出てしまった。
今も、必死に抵抗する自分はいる。
涙を流す、自分もいる。
不意に、少年は少女の顔を見た。
横目で、その少年を見る少女の顔を。
「あァ?」
その顔を見て、少年は単純に疑問を抱く。
笑っていた。
その瞳からは涙さえ出ていたが。
満足気に、微笑むように。
一瞬、何かが晴樹の心を撫でた。
目の前にいるのは、自らの死を悟り、必死に屈託な笑みをつくる幼い少女がいる。
そう、感じさせた。
次の瞬間。
晴樹の中で、感情が爆ぜた。それは負の感情ではなかった。
悲しみ。
一瞬にして、怒りの感情は慈悲に包まれ、晴樹の瞳は正気を取り戻したかのように光がまた宿った。
負の感情ではないその感情は、一気に心を包み込み、様々な感情さえ生み出した。
気づけば、自分の頬に自らを撫でる水滴がつたった。
瞬く間に、その涙は滝の如く流れだし、晴樹に嗚咽を上げさせた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
吠えた。
その咆哮には慈悲が宿っていた。どこか悲しげに。
吹き飛ばされた街頭の代わりに、満月が少年を照らし出した。
膝をつき、ただ天を仰ぎながら泣く姿はどこか神々しく。
晴樹から生えた、その黄金色の右手が月と重なって。
辺りは、何もかも癒されていくようだった。
広がった金色は体中にできた傷を、痛みきった心を、残された街の傷跡さえ、全てを癒しつくし、その光は徐々に収まっていった。
そして、少年は疲れ切ったようにその場へ倒れ込んだ。
朝日が差し込む。
このコンクリートジャングルに響く小鳥のさえずりなどなく、ただバッと少年は目を覚ました。
「はっ…!?ここは俺の家?」
晴樹はベッドに寝かされている様だ。
薄手の掛布団に、やすっちいマットレス。毎日お世話になっているオフトゥン君たち。
見覚えのある天井、見覚えのある風景。
一つ一つを確かめるように見ていく。
そして、横を見た。
何か肌と肌が触れ合う感覚が先ほどとからしていたのだ。
温かい生足…
手を伸ばしてみればすべすべ、毛一本無いようだ…
むふぅっ、と幼げな女の子の声が耳に入ってくる…
晴樹を見る、少女の顔が目に入ってきて…
バヂィィイイイイイイイイン!!!!と。
満面の笑みを浮かべながら晴樹の頬を無言で引っ叩く少女の姿が…
「いってええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
「い、い、いっいきなり何するんですかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
少女の顔はいつの間にか羞恥に染まっていた。
おまけと、もう一発ビンタが晴樹を待っている始末であった…
意識が、途絶えた。
目を開けると、そこはいつもと変わらぬ風景が待っていた。
いつもの天井、いつもの風景、いつものマットレスの感覚。
いつもの生肌の感覚…
(はっ!?これがデジャヴというやつか!ここはとりあえず跳ね起きて何とか対処を…)
晴樹は必死に思考回路を回す!
あの苦痛をもう二度と味わいたくないからだ!
が、その思考を断ち切るかのように声が入り込んできた。
「おい少年、そう焦らんでもいいではないか」
そういったのは、先ほど夢(?)で出てきた少女、アールダである。
しかし、その声色はどこか大人びていて、夢(?)で聞いた声色とは少し違うようだ。
そう、『魔術』に乗っ取られた状態が今のアールダである。
だが!年頃の男の子にとって!女の子が!添い寝してくれているということは!誠にやましいことで!
朝の生理現象と相まって勘違いされぬよう、バッ!と勢いよく跳ね上がり、ベッドに腰を掛けるような姿勢をとる。
「まったく…貴様というやつは」
と、目の前の『魔術』に乗っ取られた少女は少し顔を赤らめる。
晴樹の頭に、疑問符と焦りが浮かんだ。
「私が一度『離れて』いるときに起きてしまうのだからな。どうして貴様は軽々と女の子の生足に触れることが出来るのだ」
いや、街中ビキニで闊歩してるあなたに言われたくないんですけど、と晴樹は思うが、今はそれどころではない。
えっあれ夢じゃなかったの?
えじゃあ…
「すまんな、ちょっと『執行人』同士の会合に行っていただけなんだが。貴様が起きるのを少々遅らせてしまったらしい」
あれ現実だったの、と晴樹は遠い目で告げられた現実を見ていた。
とりあえず、告げられたことから目を背けるが如く話題を切り替える。
「というか、今何時だ?」
「ん?今は11時だが」
「は?11時?夜中の?」
「いや?午前だが?日が出ているのが分からないか?」
そういって少女は窓の外を指す。
そんなことは分かっている。晴樹の今の質問は現実逃避をするためのものだったが。
見事にマジレスされ、晴樹は冷や汗を一つ流した。
(今日って…木曜日だよな!?まずい!学校休むのはマジでまずい!)
学校で教えてもらわないと新しいことは何一つ学ばない馬鹿にとって、一日たりとも学校を休むというのはとってもまずい事なのだ。
予習?なにそれ美味しいの?とでも言いそうな少年。
そこにアールダが声をかける。
「なあに、どうせ貴様は学校のことについて杞憂しているのだろう?」
見事に心を見透かされた晴樹はしぶしぶ頷いた。
それに対して、少女は晴樹の予想を数百メートル超す発言を口にした。
「心配するな、今日は土曜日だ」
「は?」
目の前の少女は何を言っている?
いやいや、昨日は水曜日だっただろう。
俺が街中で暴れまわったのは水曜日のことだっただろう!?
そう晴樹は思っている。
が、それでも晴樹とてそこまで察しの悪い少年ではない。
自らの身はどこか気だるげであるし、動くことも多少無理をしなければままならない。そんな状態であることを自覚していた。
それゆえに。
「おいおい…まさか俺は三日間ずっと寝ていた。そういうことになるのか?」
「よく分かったじゃないか」
ああ、と晴樹は答えが分かってすっきりした表情を一瞬。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!まずいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
自分は致命的なミスを犯していたらしい。
二日間、学校へ行かないという事。それは予習というワードが頭の辞書に入っていない晴樹にとって、テストにおける死を意味する!!
二日間のアドバンテージ、それはかなり大きなもの!!
容認しがたいものである。
(ちくせう…俺が街で暴れさえしなければ…)
いや心配するとこ違う。
ともかく、あれほどの力を出した代償というものは大きいようだ。
晴樹は頭をボリボリと掻きながら、一度状況を整理する。
そして、順々に出てきた疑問を簡潔に述べていく。
「そういやあ、なんでお前そんなぴんぴんしてるんだ?」
「お?自覚がないのか?」
ん?自覚?と小首をかしげる晴樹。
何かを察した少女は、面倒くさそうに息を吐き説明に入った。
「そうだな…あの夜、お前が我々『執行人』と貴様の友人らしき人物を叩きのめしたことは記憶にあるか?」
開口一つ目に発せられたのは、思い出したくもない忌々しいことについてだった。
「…ああ。いやという程な」
晴樹のその発言を聞いて、アールダは少々驚いた様子を見せた。
「そうか…覚えていたのか。なら話は早いのだがな」
少女は一つ息を吐く。
「あの戦い…というかあれは一方的な暴力と呼んだ方が良いな。正確に言えば暴力でもないがな」
そこらへんはどうでもよいのだ、と少女。
確かに、晴樹が直接的な暴力を振るったわけではない。
謎の光線と、謎のプレッシャー、謎の攻撃手段でもって、一瞬で蹴散らした。
本当に謎だらけだな、と晴樹は思う。
「貴様の背中から生えたあの両手。あれも『魔術』によるものだな」
言わずとも分かるだろうが、あんな現象は非科学的である。
『魔術』によってつくられた、そう考察してほぼ間違いはないだろう。
しかし。
それが分かったうえでの疑問。
「えっでも、あんな『魔術』を操れる『執行人』なんているのか?」
背中からあんなでっかい手が生え、街の一角すら焼き殺してしまう攻撃手段を備えている『執行人』がいるのか。
そんな者がいたら、『執行人』という枠組みすら壊してしまうのではないか。
そう晴樹は思った。
それに対して、ああそうか、と少女は言う。
「『魔術』を操れる者は我々『執行人』のみではないぞ?いい例が居たではないか」
と、少女は簡潔に述べた。
「貴様の友人がその典型的な奴だよ」