展示番号2:「病の証」
先生、僕は本当に病気なんです。ですから、どうか──お願いです、僕をこの病院に収容れてください。
──冗談などではありません。僕は本気で言っているんです。今日こちらに伺ったのも、その為なんですから、せめてこのことを説明させてください。そうして、僕の話を最後までお聴きになれば、きっと先生も僕を入院させざるを得ない──こんな狂人を世間にのさばらせてはおけないと、ご判断なさることでしょう。
──繰り返し申しますが、僕は病気なのです。それも、産まれた時から手の施しようがないほどの、重病人だったのです。
その証拠に、僕は人の社会と言う物に全く適合できずにおります。それどころか、真っ当な人間と言う物が、怖くて怖くて堪りません。こうして先生と相対している今ですら、不安を感じずにはおられないほどでして、取りわけ他人の目──特に、その黒眼がどうしようもなく恐ろしくて……。
──もちろん、先生のような公正明大な普通人の方々に、非は一切ございません。
それもこれも、僕の病気が悪いのです。僕はどうやら人を怒らせてしまう病──人に嫌悪される症状を患っているようで、ことあるごとに他人に嫌われ、敵視されて来ました。
無論、かと申しまして、まともに生きておられる皆様方に恨むのは見当違いでございます。悪いのは、嫌われてしまう僕なのですから。
──少し話が逸れるようで恐縮なのですが、先生は、「不気味の谷現象」と言う物をご存知でしょうか? ──簡単にご説明致しますと、要はアンドロイドと言う物は、基本的には人に近付けば近付くほど、それに対する人の好感度は上がって行くらしいのです。が、しかし、これが「極めて人に違いがそれその物ではない」状態になると一転、好感度はガックリと落ち込み、むしろ強い嫌悪感を抱くのではないか、と言う予測でございまして……。
実際、そう言ったご経験は誰にでもあることでしょう。……例えば、出来のよすぎる人形と目が合った時の、ゾォッとする感覚……極めてリアルなタッチながら、どこかしら異常な絵画を観た時の、何とも言えず落ち着かない気分……そんな物が、この現象によって引き起こされているわけです。
そして、どうやら僕が世の人々に憎悪され、忌み嫌われる原因も、こうした「極めて人に近い非人間」に対する感情と同じなのではないか、と思うのです。
──そう、僕は機械と変わらないのです。
いいえ、こうして傷付き、他人に縋り付こうとしている時点で、それ以下の存在かも知れません。機械はこのような情けない泣き言など、一切口にはしないのですから。
──いずれにせよ、どうすれば、この最悪の持病は治るのか……考えに考え、悩み抜いた結果、こうして先生の元を訪ねることに決めたのです。
僕の病気は、きっと治せません。
であれば、せめてこれ以上全うに生きておられる方々のご迷惑にならずに済みますよう、こちら病棟にぶち込んでいただき、そして一生涯隔離していただきたいのです。
そこまでしなければならないほど、僕の病気と言うとは深刻な問題なのございます。
──本来であれば、世の為人の為を考え、自ら命を絶つべきなのかも知れません。いや、確実絶対的にそうなのでしょう。僕に死を選ぶ勇気さえあれば、こうして先生のお時間を取らせる必要も、なかったのですから。
しかしながら、大変情けない話ではありますが、僕は死ぬ勇気すら持ち合わせていないのです。
そうしてただ自らの境遇や生まれ付いた星の下を呪い、真っ当な普通人の皆様方を恐れ、日々血を吐く思いで過ごしているのです。
この腐りきった命を、蝕まれほとんど屍と変わらない体を、いったい僕はどうすればいいのでしょう……。
死ぬことさえできないのですから、せめて何らかの強制力によって、拘束されるべきだとは思いませんか?
──自分勝手な話だと言うことは、重々承知しております。ですが、どうしても自分自身では解決することができないのです。このような取るに足らない、虫けらと何ら変わらない価値の命であっても、僕はしがみ付いてしまうのです。
──再三申し上げますが、どうか僕を先生の病院に収容れてください。そうしてくだされば、きっと全てがうまくいくことでしょう。
誰にも──先生はもちろんのこと、他の患者様にも──ご迷惑にならぬよう、大人しく従順に過ごすことを誓います。ですからどうか、ご一考願えますよう、宜しくお願い致します。
──もしご無理なようであれば……僕に残された道はたった一つしかございません。
何らかの罪を犯し、刑に服すのです。そうすれば、それこそ世間様のご迷惑になる心配はなくなりますでしょう。
問題は、すぐに出て来られるような軽犯罪ではダメだと言うことです。永い間──願わくば一生を牢の中で過ごさねばならないほどの罪……人を殺める以外には、思い付きません。
いっそのこと、ここで先生を……。
──と言うのは、無論冗談でございます。しかし、このような物騒な考えが浮かんでしまうほど、追い詰められていると言うことだけは、どうかご理解ください。
そして、何卒ご決断を……僕を、この産まれ付いての重病人を、見捨てないでくださいませ……。
──え? それはいったい、どう言った意味でしょうか……? 僕は、すでにこの病棟に入院していると仰るのですか?
そんな、まさか……もしそうであれば、願ったり叶ったりなのですが……しかし、生憎そう言った記憶は一切ございません。また、そのようなことを忘れてしまうほど、気が触れているつもりもないのですが……。
──それこそ、病のせいで思い出せないではないか、ですか? ……確かに、そう言ったお考えも当然至極かと思います。しかしながら、幾ら記憶の襞の間にわけ入ってみましても、やはりここの患者になった覚えはございません。僕と言う重病人は、未だ天下に野放しになったままです。
──えっ、なんですって? 入院はいいから、すぐに手術に取り掛かる必要がある? それで本当に治るのでしたら、こんなに有難いことはないのですが……しかし、僕の病に効く手術など、存在するのですか?
──? 先生、その手に持っておられる金槌は……はあ、ロボトミー手術で、ございますか。……ええ、ええ、確かた聞いたことがございます。
──えっ、今ここで、ですか? ですが──い、痛い! せ、先生、やめてください! そんな、矢庭に殴らないでください! 痛っ、痛い! ──ど、どうかお願いです! せめて麻酔を──
い、痛い! ──助けて! 助けて! ぼ、僕はただ、ここに保護してもらいたいだけだったのに! ナンデ、コンナ、酷いことを……!
──ち、血が……血がァ……………………!
……?
………? ? ?
──アッ、せ、先生……どうして──白衣の下に入院着を⁉︎