展示番号1:「お前」
いいかい、お前の醜さってのは、何も見てくれだけの問題じゃない。まあ、確かに男前とはほど遠いがね。お前の場合はそんなことよりも、精神的な面をドウニカすべきなのだよ。
陳腐な言い方をしてしまえば──「心の問題」って奴さ。心の醜さが消しても消えない体臭みたいに滲み出してるせいで、誰からも嫌悪されちまうってわけだ。
例えば、その目。ドブ川の淀みみたいに膜の張った、その黒眼。どれだけお前がお愛想を浮かべようとしても、そいつがあるだけで台無しになる。「死んだ魚のような」とか「笑っていない」とか、よく言うが、お前のはまさしくそれだな。
そしてそのせいで、お前は笑顔にまで、内面の醜悪さが現れちまってるんだ。目尻に皺を刻んで歯茎を剥き出しにした、あの薄気味の悪い形相……それでいて今言ったドブ川の黒眼……お前の顔を見て、誰もが眉をひそめる理由がわかるだろう?
なのにお前は、未だに自分の見てくれを気にしているらしい。それどころか、一丁前に立派な姿見なんかを部屋に飾って、毎日出かける前に髪型やらシャツの襟なんかを整えてやがる。鼻毛が出てないかしらと念入りに確かめる。そうしているうちに、「こうして見てみると、俺もなかなかどうして、捨てたモンじゃないな」と一人で喜んだり、あるいは、思春期を抜け出しきれてないような無様なニキビ面に落ち込んでみたりする。──そんなことで一喜一憂している暇があったら、少しは精神性ってのを改善できるよう努力すべきだと思うがね。
繰り返しになるが、お前が真に気にしなくちゃならないのは、やっぱり内面的な問題なのさ。
しかも、その「内なる醜さ」ってのは、お前の場合、見てくれだけでなしに、ちょっとした言動にまでイチイチ表れてるんだぜ?
まず、お前は人と満足に会話ができないだろう? 相手の話をキチンと聴いていないのか、それとも頭が悪いせいで理解できないのか知らないが、的外れな返事ばかりしやがる。挙句には、軽度の失語症に陥って、ただひたすらお追従笑いを浮かべてやり過ごそうとする。お前は子供でもできるような、最も単純なコミュニケーションですらままならない、人間の欠陥品なのさ。
──そう、言ってしまえば、お前に欠けているのは「人間らしさ」なんだ。人として当然のことを、お前は何一つとして持ち合わせていない。これじゃあ、ほとんど獣と変わらないよ。
今だってそうだ。俺にこれだけこき下ろされてるってのに、例の曖昧な笑顔を浮かべたまま、黙ってやがる。チョットは何か言い返してみたらどうだ? 少なくとも、普通一般の人間ならそうするはずだぜ?
──つまるところ、お前は自分自身で物を考えると言うことが苦手なわけだ。だから、どんなことでも人に言われて初めて気付く。誰かの指示がないと、まともに働くこともできない。まるで命令通りにしか動かない機械だだな。それも、デキの悪い不良品か……。
──ところで、少しだけ脇道に逸れるが、お前は「不気味の谷現象」って言う言葉を知っているかい? ──あ、いや、訊くまでもなかったな。すまんすまん。
「不気味の谷現象」ってのは、非人間に対する人間の感情に関する現象さ。例えば、人間に似せて作られたロボットがいるとしよう。で、それが人間に近付けば近付くほど、比例して、そのロボットに対する人の好感度も上がって行くんだそうだ。自分たちに近ければ近いほど、人間はその事物に好感を抱くわけだな。──が、しかし、それがある段階まで来た時、好感度は急降下するのではないか、と言う考え方があるんだ。つまり、「極めて人間に近いが、人間ではない」と言う状態の物を、人は最も嫌悪するわけだな。あくまでも予測の一つらしいんだが、実際にそう言った体験をしたことはあるだろう? 例えば、出来のよすぎる人形と目が合った時の、ゾォッとする感覚……極めてリアルなタッチながら、どこかしら異常な絵画を観た時の、何とも言えず落ち着かない気分……そんな物が、この現象によって引き起こされているわけだ。
──何? それはわかったが、何故急にそんな話をしたのかって? おおっ、よくぞ訊いてくれた。
要するに、俺はこう考えたわけだ。──お前が人に嫌われているのは、この「不気味の谷現象」が起こっているからなんじゃないか、とね。
つまり、お前は「極めて人に近い非人間」のようだから、接した相手から不快感を抱かれると言うわけだ。どうだい、重大発見だろ?
……オヤオヤ、なんだいその表情は。これだけ言われたら、さしものお前も馬鹿にされていることが理解できたみたいだな。いやはや、酷い形相だ。顔を赤黒くさせて、目を血走らせ、乱杭歯を剥き出しにして──まるでエテ公じゃないか。
──まあ、少し落ち着きたまえ。俺も少々言い過ぎたことは認めるから。なあ、そういきり立つことはないだろう?
──あ、コラ! 何しやがる、危ねぇな!
まったく、お前は意外と凶暴な奴だから手に負えねえ。口でどうにもならないから暴力で解決しようだなんて、それこそ獣のやることだぜ?
ほら、見ろよこれ。お前がぶん殴ったせいで──姿見が割れちまったじゃねえか。