天罰 (3/6)
道無き道を歩く、というわけではないが終わりの見えない道であることは確かだ。街灯どころか現世を歩いている気がしない。真っ直ぐと伸びる、周りには何があるのか見えない道。本当なら長閑に風景を楽しみながら鼻歌でも披露するところだが、俺が生きて此処を歩いている、という実感に乏しい。ただ暗闇の中、彷徨っているという表現が似合うだろう。誰もいない、車も虫もいない、無い無い尽くしの道だ。俺の心も空になっていく。ゾンビにでもなった気分だ。
もう4、5時間は歩いただろうか。前方右側に明かりが見えてきた。そこは、ある宗教団体が無料で飯を提供してくれる場所だ。夜遅い時間帯だというのにそこだけ別世界のように人が並んでいる。どいつもこいつもただ飯を狙っている、仕方のない連中で溢れているようだ。勿論、俺はそんな連中とは一味も二味も違う。腹が減ったら何時でも来いと、中の人と約束してあるからだ。約束は大事だ。そんなものさえ持ちわせていない愚かな連中と一緒にしないでくれ。
ご立派な施設の中に入ると、どこから湧いてきたのか小汚い連中で一杯だ。まるで光に引き寄せられる虫のように、食物の並んだテーブルに張り付いる。仕方のない連中だ。俺も匂いにつられて並ぶことにした。
手順は簡単だ。まず自分のトレイを持ってテーブルの上にある大皿から一品だけ取っていくだけだ。所々の大皿の向こう側にエプロン姿の人が立っている。おそらく不正防止のためだろう。目を離したら一気に持って行くバカタレがいるからだ。
俺が食物をタッパーで自分のトレイに移している隙に、俺の後ろから手掴みで獲物を取ろうとするバカタレがいた。おい、それは俺の獲物だぞ、このジジイ! 早速、監視員から警告を受けている。
「ダメですよ、手で取っちゃあ」
「最後の一個だからよ、それ、俺の好物だから」
お前の好物なぞ知らん。それは俺に権利があるんだぞ。そんな俺の殺気に怖じ気付いたのかジジイはさっと逃げて行きやがった。まあ、いいだろう。お前が掴んだものなぞ、返して欲しくはない。とっととそれを食って喉に詰まらせるがいい。
「無くなっちゃったね」
このエロそうな声の、エプロン姿の監視員が俺が約束を交わした相手だ。こうして約束を果たすために遥々と来たわけだ。約束は守る、それが俺の主義主張だ。
「俺もパイは好きだったんだが」
「あれが最後の一個なのよ、ごめんね〜」
「いや、まだあるじゃないか」
「ええ?」
俺はそっと手を伸ばした。俺の獲物はまだ残っている。それも二つも。だが、その手を監視員が持つタッパーで弾かれ、それ以上伸ばすことが出来なくなった、ようだ。
「これは食べるものではありません!」
監視員が少し怒ったように俺に檄を飛ばしてきた。では一体、何だというんだ。あれではないのか? まあいいだろう。今日のところは意見の合意をみなかったということだな。良くあることだ。俺も大人の対応をしよう。
せっかくの監視員との会話を邪魔するかのように食堂の奥の方が騒がしい。此処がどんな場所なのかをわきまえない愚か者が、何処にでもいて俺は困っている。
「奥の方が騒がしいようだけどで、何かあったのかい? ウサちゃん」
「そうね〜、あの人お酒が入ると何時もあーなのよ」
「あの人とは、あの人のことかい」
「そう、もう嫌になるわよね。普段は良い人なんだけど、お酒がね〜」
ウサちゃんとは監視員のことだ。名前からしてどんな格好をしているか想像している頃だろうが、残念ながらシスターの服を着ている。決してエプロンをしたバニーガールなどではない。場所が場所だけに、それに相応しい身だしなみだ。
あの人とは、そう、例のおっさんのことだ。宗教団体の職員を装った神、といったところか。それが夜な夜な職場である神聖な場所で、酔って暴れているなど笑止千万。上司でなくても小言の一つや百は言ってやりたい所業だ。
ところで先程からキーワードとして宗教団体やシスターが出てくるが、例の超有名な宗教とは全く関係がない。だが関係ないからこそ便乗しているともいえる。一体どんな神を崇拝しているのか拝み倒してみたいものだ。
◇◇