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天罰 (2/6)

 暫く経って俺は、ある使命を思い出した。彼女達との別れは辛いものがあったが、何時でも何処でも会うことができる。瞼を閉じさえすれは直ぐにその世界が俺を待ち受けているのだから。それが俺が会得した能力だ。


 で、思い出した事といえば、隣のおっさんの事だった。あまり気が進まないが、進めないと俺の物語まで行き着けなくなるので仕方あるまい。俺が活躍するのはまだずっと先の話だ。それまで、神らしいおっさんの話をしよう。


 神らしいおっさんが神である、という説明の途中だったと思う。隣のおっさんの声はでかい。部屋の壁が薄いとも言えるが、おっさんの戯れなぞ俺が本気を出さなくても雑作もなく聞くことができる。前置きはこれくらいにしておこう。


 そのおっさんが上司である神に詫びを入れているとこを聞いたことがある。何やら地上に派遣されたおっさんは本社、この場合は神界というべきか、そこからの指令で日夜暗躍していたらしい。だが、隣に住むくらいだ。その稼ぎに見合った働きしか出来なかったようだ。当然、成績の悪いおっさんは上司の神にこき下ろされる。


 ぐ〜。


 そんな成績不振では自腹を切ってもらうぞ、という上司の脅しで、おっさんは単身赴任か独身だということが推測される。自腹を切ることなど鬼嫁がいたら許されるものではない、はず。人が良いのかロクデナシなのか、とにかくその場はハゲた頭を下げてやり過ごす、それがおっさんの常套手段、または馬鹿の一つ覚えだ。


 ぐ〜。


 おっさんのストレスは日々蓄積されていく。そんな繊細には見えないが、どこもかしこも図太くはないのは確かだろう。俺と玄関先で目が合った時には挙動不審で逮捕しそうになったくらいなものだ。


 ぐ〜。


 先程から腹が苦情を言っている。これは早めに沈静化しないと暴徒と化すから対処の必要がある。なんだかんだで夕食の時間になったようだ。おっさんを語っている場合ではないと腹が怒っている。これは神からの啓示なのか。まあいい、それには従っておこう。それに食事の約束もあることだし。


 部屋を出る時は癖で玄関の鍵を閉めてしまう。スッカスカの鍵穴に鍵をクルッと回して戸締りをしたつもりだ。念のため俺の心の扉にも鍵をかけておこう。どんな泥棒が来ようが俺の心の扉を開けることは出来なだろう。それほど強硬で頑丈だ。


 俺の部屋は2階の202号室。おっさんの神と呼ばれる者は201号室だ。俺の部屋が角ではないことは残念だったが、俺が此処に世話になる前から隣はおっさんだ。要は俺の先輩にあたるわけでもある。


 その201号室の前を通り……せっかくだから確認しておこう。こっそりと中を覗き込むがおっさんの気配は感じられない。そもそも日中にいたことはない。いればその気配と音で分かる便利なアパートだ。


 せっかくだから、このアパートのことも紹介しておこう。全部屋10室のモダンで粋な作りの佇まい、とは程遠い歴史遺産に登録しても良いぐらいの、建っていること自体が奇跡だ。なら俺はその奇跡を毎日のように体験していることになる。奇跡とは日常の、ほんのささやかな場所に転がっているものである。


 このアパートの魅力は何といっても駅から10分という距離だろう。それで人気もガタ落ちだ。この10分というのは超高速タクシーで10分ということだ。そんなタクシー、奇跡でも起こらない限り乗ることは不可能だろう。普通のタクシーで50分、バスなら2時間だ。バスがちょっと時間がかかっているが、それは乗り継ぎも含めて、ということだ。


 さて、アパートの目の前は道路だ。普通車がやっと、という感じだが実際は大型トラックの抜け道で有名だ。当然、あっちこっちにぶつかるが、そんな細かいことを気にしたら抜け道が廃れてしまう。有名税というやつだろう。


 だが、もっと厄介な問題がある。目の前は道路だが、アパートの裏は川になっている。それも時々氾濫する猛者だ。川の神の怒りにでも触れたら、こんなアポートなぞあっという間に押し流されるだろう。それでなくても1階の住民が何人も波にさらわれている。特に雨が降った時は用心だ。2階に住む俺でさえ安全とはいえない。そんな冒険心をくすぐる所だ。川の神には近寄らない、それがここで生き延びるための掟だ。


 腹も減ったことだ、先を急ごう、約束もあるし。おっさんの部屋を通り過ぎると、直ぐに赤錆びた階段がある。当然これを降りるわけだが、これがかなりデンジャーだ。心してかからないと一発で命を持って行かれる。よくこんなんで大家の婆さんが登ってくるものだ。命知らずとはこの事か。


 さて、階段だか降りる前に気を静めなければならない。隙を見透かされたら終わりだ。ついでに深呼吸して息を全部吐いておく方がいいだろう。少しでも体が軽い方が有利になる。そこで一気に降りようなどと考えてはいけない。一歩また一歩と足裏の神経を総動員して挑む必要がある。階段の底が抜けるのならまだいい方だ。階段ごと倒れたら、そのまま道路の方に倒れる仕組みになっている。当然、手摺などという豪華なものはついてはいない。落ちるなら勝手にどうぞだ。そんなに住民を追い出したいのなら家賃なんか取るんじゃない、とここで怒っても仕方がない。それは運命だ。運命には逆らえない。


 板が宙に浮いているような階段を無事降りきった、と言いたいところだがトラップに引っかかり一段踏み外した。最後の一段だけ、やけに滑りやすくなっていたようだ。それも仕掛けてからそんなに時間は経っていないはず、と俺の魂が囁く。だが俺の負けん気で着地に成功。罠を仕掛けた奴の悔しがる顔が目に浮かぶ。


 ◇

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