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天罰 (1/6)

 全人類の『希望』となった俺には『何でも出来るもん』という能力が備わった、ようだ。何せ『希望』そのものなのだから。


 俺の部屋の隣のおっさん、面倒なのでおっさんにしておこう。火事で屋根が半分ないはずだが、それでも住んでいるようだ。そのおっさんの事だが細かく話す気にはなれない。何故なら『おっさん』だからだ。


 そのおっさんの部屋から夜な夜な喘ぎ声が聞こえてくる。何せ相手はおっさんだ。勘弁して欲しいものだ。だが勘違いしないで欲しい。その喘ぎ声はおっさんのものだ。オエーである。


「大家だけど、今月の家賃を払ってくおくれよ〜」


 おっさんは毎夜『うう〜』とか『ああ〜』とか気色悪い声を上げやがる。何がそんなに悲しいのか嬉しいのか、それともエロいのか俺には皆目見当が付かない。おっと、『何でも出来るもん』能力のお木陰で、どうやら隣のおっさんは『神』であることが分かった。


「ちょいとあんた、いるんだろう? 今月の家賃を払わんか!」


 何故わかるかというと、あの喘ぎ声の合間に、神に許しを乞うている声が聞こえたからだ。なに? 神に許しを乞う神がいるかってか? おいおい、神って言っても全知全能・平等じゃないぜ、格差社会の見本のようなものだ。


「出てこんかい! 私を殺す気か!」


 おっと、なんで俺が神の世界に詳しいかって? おいおい、俺だって神に祈ることぐらいするぞ。祈れば神は何でも教えてくれる。だがしかし、今回に関しては黙りをきめてやがる。だから俺は想像し創造した。神の国とは『こうだ』とね。神は創造するのが大好きだ。それにあやかって俺も同じことをしたにすぎない。


「孫娘も一緒に連れてきた。今日こそは払ってもらうよ」


 俺の脳裏にキーワードが浮かび上がった。おっさんのことを語っている場合ではない。緊急事態だ。即対応しなければ一生の不覚、後悔は先にはやってこない。

 俺は玄関まで駆け出し出迎えの準備をした。駆け出すほど部屋が広いのかって? バカを言うな、ほんの数歩だ。だが俺にとってここは宮殿。そこの豪華絢爛の廊下を走り、ついでに女を翻弄させる香りをぶち撒きながら疾走する俺だ。何故急ぐ? 何故走る? それは愚問だ。レディーを待たせる男がこの世界の何処にいるというのだ? それはお前か?


 ギギ、ギギ、ドスン、いやん。重厚なるドアを開ける儀式の、神聖なるサウンドが響き渡った。


「お待たせ、婆ちゃん。ところで、」

「ほれ、家賃を払わんか」

「ところで孫娘は?」

「ほれ、目の前にいるだろう、娘っ子が」


 脳天パンチを食らって目眩、吐き気、頭痛、嘔吐、人生の終わりを予感した。大家の婆ちゃんの言っていることが、1から100京……まで理解不能だ。だが、『何でも出来るもん』能力で深淵の淵から這い上がった俺は人生を取り戻した。


「ふん、婆ちゃん。冗談を言うには、まだ若すぎるぜ。家賃は昨日払ってあるだろう」

「年寄りを騙すつもりかい。その手には乗らんよ。さあ、払いな」

「なら聞くが、婆ちゃん、生まれて今日まで何分経った?」

「はあ? そりゃ〜いっぱいだよ」

「ほら、答えられないだろう。ちなみに俺は143分経過した。誰だって知っていることだ。それが分からないとなると……あれだよ?」

「そうなのかい?」

「そうだとも。だから昨日俺が婆ちゃんに手渡した家賃のことも忘れているんだよ。それに釣りもチップ代わりにあげただろう。それも忘れたんかい? そんな歳じゃないはずだ、まだ娘なんだろう」


 心にも無いことを言うのは嘘をつくのとは違う。これは生きるか死ぬか、そういう問題だ。


「ああ、そうだったかもね。悪いね、感違いして。また来るよ」

「思い出してくれてありがとう。孫娘にも宜しく」

「孫娘? 私にはそんなもんはいないよ」

「だって、孫娘と一緒に、」

「そういうと皆んな出て来るんだよ。特に男連中はね。おー嫌だよ」

「そうなのかい。俺はてっきりばあちゃんが娘だって、ゲホゲホ」


 いかん。これ以上は俺の体が持ちそうにないようだ。とっとと退散してもらおう。


「あんた! 大丈夫かね」

「ああ、大丈夫だよ。それより婆ちゃんも長生きしてゲホゲホ」

「それじゃあね、お大事に」


 俺は城門を固くキツく閉ざした。心も閉ざしておこう。だが鍵は壊れている。ふふ、それは何時でも受け入れる準備が出来ているってことだ。何時でもいいぜ、おいで。


 俺は這うようにしてテレビの前に辿り着いた。俺の汚れた人生を清める必要があるからだ。俺の大好きなあの娘達に俺の人生を語ろう。そして癒してもらうのだ。それをお互い様と言うのだろう? 俺の愛は無限大で無尽蔵だ。だから俺を愛せ、この野郎。


 テレビの点火スイッチをファイア。煌めく世界が俺を待っている。次に魔法の箱をオープン。俺のターンだ。漆黒の闇から一筋の光が俺に希望と勇気、そして生きる意味を授けてくれる。俺はそれをただ全身で受け止めるだけだ。ファイア。


 世界は沈黙を破らない。ファイア。神は慈悲深い。だが人間は欲深く嫉妬する。ファイア。俺のオアシスは枯れ果て底が見えてしまった。ファイア。砂漠でも雪が降ることがあるそうだ。それは100年、200年に一度と、それはまるで奇跡と言っても良い光景だろう。ファイア。だが、何も起こらない。それもそうだろう、奇跡がそうしょっちゅう起きては奇跡とは呼べん。それは日常と言った方が良さそうだ。


 俺の日常、それはここのところ文明から遠ざかっていたことだ。ファイアは鎮火し俺の唯一の希望が絶たれてしまった。電気なんかなくたって俺は負けやしない。何せ『何でも出来るもん』という能力がある。それを使ってパッケージの絵を鑑賞する。するとどうだ、美少女達が俺にすり寄ってくるではないか。その声だって耳鳴りのように聞こえてくる、気がする。俺の妄想は暴走する。ファイア。


 ◇◇

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