序章にして最終章 (1/2)
ほんとかよ! な、オンボロ The アパートの2階の一室で、
俺はパンドラの箱を開けた。
噂通り、あらゆる災いが出てきやがった。
でも俺の目的はそんなことじゃない。
箱の底に眠る希望。これさえ残れば問題ない。
しかし箱の底には何も無かった。
ああ、希望まで出て行きやがったようだ。話が違う。
俺のところに、あらゆる災いがお出ましになった。
会社はクビになり、銀行口座は空になった。
おまけに、俺の住んでいるアパートで火事だ。
だが、俺の負けん気で、俺の部屋だけは免れた。
トントン、ドスン。
誰かが玄関のドアをノックしやがる。
もしかしたら希望が帰って来てくれたのかもしれない。
『おりゃー、金払えやー』
どうやら借金取りのようだ。
必殺、居留守の術。
息を止め、意識も止める。俺はここに、いない。
『私よ〜、ここを開けて〜」
彼女の声だ。だがどこか、おっさん臭い。
俺は術を解き、城門を開ける。
『いるじゃねーかー、この野郎。さっさと払いやがれ』
借金取りの見事な技に騙されたようだ。
しかし、熱い交渉の末、明日まで引き延ばすことに成功した。
壊れかけた玄関のドアを直す。
外側には、激励の言葉を綴った紙が貼られている。
嘘つき、恥知らず、人殺し。
どれもが俺の胸を突く。
だが、まだ人は殺してはいない。これは何かの間違いだ。
誤認も甚だしい。それは、まだだ。
◇
俺は旅に出た。
決して借金取りから逃げたわけじゃない。気分転換だ。
『みさき』という名の岬にたどり着いた。
俺の魂が、そこへ行けと囁いたからだ。
そこに、一人の少女がいた。
黒い髪を海風になびかせ、俺を誘っている。
「こんな所にいたのか。さあ、俺と帰ろう」
その少女は振り向き、俺を睨みつける。
少女の着ているTシャツにでっかく『希望』と書いてある。間違いない。
「やだもん」
いい返事が返ってきた。
「どうしてもか?」
「やだもん」
同じ返事が返ってきた。壊れたか?
俺は考えた。
ここで、こいつを突き飛ばして保険金でも戴くか。
ダメだ。今思い付いたから、保険を掛けていない。
俺はズボンのポケットに手を突っ込み、悩み、少女の事を考えた。
「I Have a Dream!」
俺は、渾身の思いを少女にぶつけた。
だが、反応が無い。聞こえなかったのか?
俺は、ありったけの声で叫ぶ。
「I Have a Dream!」
二人の間に、時が止まったかのような静寂が訪れた。
「おじさん、なに言ってるの?」
静寂が訪れたのだ。はっきりと俺の声は、言葉は伝わっているはずだ。
しかしだ。この素っ頓狂な言い草はなんだ。
ああ、そうか。
恥ずかしくて素直になれないんだな。
すまん。分かってやれなくて。俺も素直になれなかったようだ。
俺は少女に背を向け、別れの言葉を贈る。
「何時でも好きな時に戻って来い。俺の部屋の鍵は壊れている」
そう言い残して俺は、岬を後にした。
◇
近くの宿に泊まる。
ここから、あの岬が良く見える。
仲居さんが挨拶に来たようだ。
「いらっしゃいませ」
「また、お前か」
『希望』が仲居のアルバイトをしていた。
ムッとした顔で俺を睨む。
俺は客だ。それなにり持て成して貰おうか。
豪華な料理が運ばれてくる。ここは一泊数万円もする高級旅館だ。
だが今の俺には、そんなことは問題では無い。
私情を挟むことなく『希望』はテキパキと仕事をこなしている。
そんな『希望』に俺は尋ねた。
「お前は、希望はあるのか」
『希望』は胸に手を当て、ここにあると言った。
いろんな意味で小さい。
「俺にも、希望はあるのか」
「無い」
即答だった。