地震 (4/4)
「私を信じてみませんか、騙されたと思って」
これが、おっさんの街頭演説だ。出張初日くらいはヤル気はあったのだろうが、これでは早々に挫けてしまうだろうし、事実、その通りになった。こんな体たらくでは何年たっても信者の獲得は難しいだろう。では別方面での活躍はどうであろう。その日の飯にも苦労する連中相手に大盤振る舞いの施設がある。そこで恩でも売っておけば多少は引っかかってくれる者をいただろう。しかしおっさんは、その施設内でも評判がすこぶる悪い。日中の鬱憤を夜、酒を煽って誰彼構わず絡んでいたのだから無理もない。悪循環の連続、アリ地獄だ。当然、監視役である天使も呆れ果てたことだろう。しょうもないおっさんだ。
今更突然だが、何故おっさんの話ばかりで自分の武勇伝が出てこないのか。それには、こんな訳がある。膨大な情報を得た俺だ、俺だって一足飛びに自分の、あんな事やこんな事の顛末が知りたいと思っている。しかし情報は記憶になる前に、どんどん蒸発するように消えていくのだ。それを必死になっている俺がノートに書き写すには順序と純情が必要だ。そうしないと俺がいきなり活躍し、そして終わった、となる。その前後関係が消え、美味しい盛り上がりに欠けてしまうからだ。だから俺は時系列と曇りなき目を持ってノートに書き綴っている最中だ。俺の大活躍まで暫し待たれよ。
話は戻って、相変わらずおっさんのことだ。でももう飽きた。そこで例の宗教団体について調べてみよう。おっさんも所属する、あの宗教団体だ。俺も正直、いや最初から、あの宗教団体が何のかを知らない。なら知っている奴に話を聞くのが一番だ。だから君は二番だと言ったろう。
宗教団体の巣食う施設。そこの入り口に何時も立っている門番のような若者。何故か出入りする者全てに睨みを利かせている。こいつに洗いざらい歌って貰おうか。ナニ? そんな事が出来るのかって。俺には『なんでも出来るもん』の能力がある。どんな状況でも発揮できる優れものだ。それはチートじゃないのか? ああ、何とでも言ってくれて構わない。チトあの若造に聞いてくる。
おい、お前。
「誰だ! 何処にいる?」
フフ、俺はお前の心に直接噛り付いた悪魔だ、観念しろ小僧。
「俺を誰だと思ってやがる。悪魔ごとき滅してやる。悪魔払い! 清き聖者の行進!」
フフ、無駄だ。だがこんな若造が只者ではないとは意外だ。もしかしたら、あのおっさんよりも上位の者か。だが、それとて問題ではない。一発解答だ。
「(おかしい。俺の祈りに悪魔が退散しないとは。もしかしたら)」
フフ、だから言っているだろう、お前の心に噛り付いたと。リンゴでも食って出直してこい。
「(何が目的だ、この悪魔め)」
ここは何の宗教団体だ。お前の信じる神の名を言え。
「(何だ、そんなことか。神は神だ。それ以上は答えられない)」
なるほど、無理には聞かん。ならば信者を集めてどうするつもりだ。会費でも取るつもりか。
「(会費? ……それは良いアイデアだ。参考になった、この悪魔め)」
あのおっさんは役に立っているか。
「(おっさん? ああ、あの人のことか。まあ、頑張ってはいる)」
あの人? 頑張っている? どうやら勘違いしてないか?
「(おっさんと言えば一人しかいない。それも最近派遣されてきた奴のことだろう、この悪魔め)」
なぬ? ではあの人、とはどういうことだ。あれは『人』ではなく『神』であろう。
「(笑わせないでくれ。人が神などであるはずがない。この悪魔め)」
どうやら若造に聞いたのが間違いだったようだ。若造はおっさんを『人』と誤認している。神の世界にいたんだ、間違いない。この若造は真実を知る立場にないのだろう。もっと適した者に聞かねばなるまい。最初からそっちに聞いておけば良かったぞ。
ウサちゃん、チワー。
「誰ですか、私に語りかける悪魔の主は。成敗しますよ」
俺だよ、俺、俺だって、ウサちゃん。
「オレオーレですか? そんな悪魔は『メッ』しますよ」
俺だって、ウサちゃん。心の友、約束の俺だよ〜。
「やけになったオレオーレですか? 仕方ありません。心を閉ざします」
ウサちゃーん。
「……」
何てこったい。俺を悪魔呼ばわりした挙句に心を閉ざすとは。仕方あるまい。深層意識に直接語りかけるとしよう。君の名は?
「(形式番号:ABCDEFG、モデル名:天使の申し子)」
何だって? 形式番号? ならスリーサイズは?
「(ゼロ、ゼロ、ゼロ)」
堅牢なセキュリティーだ。なら身長は?
「(175.8cm)」
おお、では体重は?
「(ゼロ)」
飛べるからゼロなのか? なら核心に迫ろう、好きな奴はいるか?
「(いた)」
何? 過去形か。そいつは誰だ?
「(あなた)」
何! 今はどうなんだ?
「(フリーズしました。再起動中です、暫くお待ち下さい)」
目が覚めたか?
「(起動しました。パスワードを入力してください)」
何? ではパスワードを教えてくれ。
「(いや〜ん)」
完璧な乙女防壁だ。では質問を繰り返す、今はどうなんだ?
「(フリーズしました。再起動中です、暫くお待ち下さい)」
どうやら俺がキーになって乙女防壁が発動するようだ。これ以上ウサちゃんを弄んでは可哀想だ、また今度にしよう。
◇
さて、これでおっさんの全てを語ったことだろう。これ以上は関わる気になれん。話を戻そう。階段と共に倒れ行くおっさん、外は雷ゴロゴロ風ピューピューだ。雨はシトシト時々ゴーと降っている。倒れる階段にしがみ付くおっさんの手も、さぞかし滑ることだろう。それを辛うじて保っていられるのは錆のおかげだ。どんな物でも役に立つ時がある証であろう。だが、万物の法則、重力は待ってはくれない。こっち来〜いと誘っている。ついでに揺れる大地。階段は思惑通りアパート前の道路に倒れこんでいく。得てしてこんな時に限って車が来るものだ。このままでは道に階段ごと倒れて、後は車に轢かれペシャンコになる運命が待っているだけだ。
期待を裏切らないように車が走ってきた。それもかなり大きい。道幅一杯どころか左右を擦りながらやってくる。そんな緊迫した状況の中、残念ながらおっさんの負けん気が勝ったようだ。階段が着地する直前におっさんが階段から降り、おっさんを支点にして階段の一部だけが道路に接地しただけだ。おっさんの姿勢は重量挙げの選手よろしく階段を持ち上げている格好だ。そこで何も階段を支えている必要はないのだが、それは勢いといもの。まして片方が地面についているのだから、その重さを感じるのは時間の問題だ。
しかし揺れる大地、迫る大型車の状況は何一つ変わってはいない。まして大型車は車体の左右を擦りながら走行している。階段がお邪魔する隙もないだろう。おっさんが自分に当たらないように階段を退かそうとした時、大型車は階段を引っ掛け、階段はそのまま吹き飛ばされる。それを掴んでいたおっさん、手を離せば良いものを握りしめたまま、階段ごと吹き飛ばされていくではないか。大型車からしてみれば木の枝か何かが弾き飛んだ程度だ。多少の衝撃音も雷と雨とで掻き消させられている。傍から見れば、何故手を離さないんだと思いたくもなるが、ずっと階段を握りしめていたおっさんには酷な話だろう。
そんなわけで、何処かに飛ばれていくおっさんであった。




