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地震 (2/4)

 上司の方はどうだろう。雷を同時に複数落とせば直ぐに方が付きそうだが、そうはしていない。その理由は二つ。一つは雷が複数同時に落ちるのは不自然であること。一応、我々の世界の理を守っているという建前。そして二つ目は、その方が面白いからだ。そう、上司はこれ幸いとおっさんを甚振(いたぶ)っている。正解は多分、後者であろう。だが、あらゆる世界の理に照らし合わせれば、この上司自ら失敗のフラグを立てていることになる。


 あらゆる世界の理では、強者は弱者に対して絶対的優位に立った時、隙を見せるものだ。直ぐにやってしまえば良いものを長々と説教したり、ワザと急所を外したりして、せっかくのチャンスを台無しにしてしまう。


 上司は雷で屋根が吹き飛び、おっさんが逃げ惑う光景を見て優越感と自己肯定、自らの行いを正当化し正義をひけらかす。その隙が小さければ未来の結果は変わらないだろう。だが、でか過ぎる隙は未来を予測不能にしてしまうものだ。そう、俺の魂が叫んでいる。調子にのるな、と。


 ドコーン、きゃあー、いや〜ん。


 逃げ場を失ったおっさんに最後の一撃が襲う。上司もおっさんも、そう思ったことだろう。ここで初めて両者の意見が一致した瞬間だ。尊い一瞬を迎えて両者とも本望であろう。だが、おっさんがチキン野郎だということを忘れてはいけない。今にもチビリそうなおっさんが壁にへばり付きジタバタした時だ。左手が玄関のドアノブに触れてしまった。今まで逃げられないという縛りがその存在を隠していたのだ。それから解放された、わけではない。無意識の生への執着と死への恐怖がそうさせたのだろう。おっさんは間一髪でドアを開け外に躍り出た。


 俺的にはおっさんに死への恐怖が在ったのどうかは分からない。そもそも神に死という概念があるのさえ疑問だ。でも消滅ぐらいはしそうだ。だからこの際、雷に打たれてどうなるのを知りたかったところだ。俺が食らったら間違いなくイチコロだが、神ならどうだろう。ちょっと焦げる程度か、別の何かに変身するか、または蒸発したかもしれない。全くもって不可解な存在だ。


 暗黙のルールを破ったおっさんは一転して逃げ切るつもりだ。遠く遠く何処までも逃げ切ってみせる、そう決心したことだろう。だが、神の目の届かない所なぞ存在するのだろうか。あっ、そこはもしかして悪魔の棲む世界か。いや既におっさんの心の中には悪魔が住み着いているはずだ。あの面構えはそうに違いない。下品な笑い方に下品な下着、全てがお下劣極まりない。俺とは真逆の存在ではないか。


 逃げると決めたからには、その行動は機敏だ。己の楔を断ち切ったおっさんは一目散に階段へと向かう。上司の追撃はない。久しぶりに訪れた静寂に心が休まる暇はないようだ。これが人であれば心臓バクバクの、足はガクガクといったところか。その体勢で一気に階段を駆け下るおっさんだ。


 それでもおっさんは慎重に階段を下る。外は大雨、階段は鉄製。すっかり錆び付いた階段は滑りやすい。小賢しいことにおっさんは足を取られることなく悠々と、確かに降りていくではないか。だがそこで上司が追撃を止めたのには訳がある。ここで攻撃の手を緩めるとは、あの上司では考えづらい。まるでその上司を知っているような言い方だが、全国共通津々浦々、上司とはそんな生き物で間違いない。上司は見ている、その隙間から、だ。


 おっさんは、足こそ滑らせなかったが、何故か途中で立ち止まった。それは、そう、地震だ。震度1でも3くらいまで増幅するこのアパートは只者ではない。人ではないが得体のしれない建造物であることには違はないだろう。大家の婆さんも漏れなく付いてくる幸せ一杯の幸福荘だ。


 上司はこの地震を予知していたのだろう。だから追撃を止め、後はおっさんの運命に委ねた、と推測しよう。揺れは左右よりも上下に、それも次第に強くなってきている。それを遠目で見れはおっさんが階段の上で踊っているようにも見える。さあ、おっさん、どうする? お前のその『負けん気』を俺にも見せてみろ。


 おっさんは堪え切れずに、とうとう階段にしがみ付いてしまった。当然だ。それで立っていられたらサーカスからスカウトが来るだろう。あくまで可能性の話だが。


 上司が覗き込んでいたのはおっさんの運命ではなかったようだ。その先はズバリ階段の運命だ。地震で激しく上下に揺れる階段に、階段にとっては余計なおっさんが一緒になってピストン運動だ。時と場所をわきまえて欲しい。


 その激しさに耐えきれなくなった階段はおっさんと共に倒れていく。まあ、そのように設計または設置されているのだから仕方がない。物には限度というものがある。その限界を突破した結果、目の前の路上めがけ……後は倒れるだけだ。


 きゃあー、いや〜ん。


 これは大家の婆さんの悲鳴である。何の加工もされずモロ出しだ、慈悲はない。階段が無くなっては集金に困る。それにしがみ付くおっさんの事なぞどうでもいい。とにかく階段だ。しかしよくもまあ、その瞬間を見ていたものだ。知らぬが仏と言うではないか。これで婆さんの寿命も少しは減ったことだろう。いや待て、そう都合よく婆さんが外を見るものだろうか。これは上司の策略に違いない。上司は爺さんに成りすまし婆さんを呼び、外を見るよに催促した。だが生憎とソリの合わない爺さんだったようだ。婆さんは爺さんを無視している。これではまずい。が、その爺さんを警戒した愛犬が吠えた。ワンコロワンワンだ。おお、どうしたんだい、と愛犬を撫でるついでに婆さんは外を見た。それで納得だ。


 階段と共に倒れ行くおっさんの目に、それは泪か、はたまた雨の雫なのか。悔しいのか疲れたのか、それとも己が運命を悟ったのか、その顔は哀れだ。俺も鬼ではない、人類の希望だ。そこで、その顔に免じてお主の半生を、いや面倒なのでここ一ヶ月の生き様を振り返ってやろう。それがせめてもの俺からの餞別だ。受け取れ。


 ウオォォォォォ。


 ◇

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