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地震 (1/4)

 知っているかい? 黒って色はさ、全ての色を混ぜわせた強欲の色だってことを。そんな色をした雲が天地を揺るがすような雷を連発し、逃げ惑う隣のおっさんを狙い撃つ。何がそんなに悔しいのか、大雨の涙を流し、次いでに風も少々添えて天誅を下す。まあ、俺にもその気持ちは分からんでもない。時間と経費をかけて送り込んだおっさんがロクに仕事もせず酒びたりの日々。おまけに店の娘に手を出したとあっては上司でなくても俺が許さねえ。よ〜く狙いを定めやがれってんだ、この野郎。


 俺に借金を押し付けたのが最後の一押しだったのだろう。俺が許しても上司は許さなかったようだ。雷は時折、悲鳴のような音を響かせ、その怒りを一向に沈める気配がない。当然だ。その身を焼き尽くすまで上司の怒りと悲しみ、苦悩は癒えることはないだろう。さあやれ、俺が許した。


 何度も言うが、おっさんの部屋の屋根は半分ない。雷で狙い撃つには好条件が揃っているわけだ。だが逆を言えばまだ半分、その身を隠す場所があるということだ。それにおっさんも命がけだ。モロに食らっては一瞬で黒焦げだろう。奇妙なダンスステップで一撃をかわし、まだ耐えている。その動き、神業なのか? 伊達に神を名乗っているわけではなさそうだ。しかしどんな世界にでも上には上がいるもの。それが上司だ。


 その上司、面倒になってきたのだろう。残った屋根の部分を攻撃し始めたようだ。大家の怒る顔が目にしみる。どうやって請求するのだろうか。そもそも立件すること自体難しそうだ。ちなみに俺はどっちの味方でもない、中立だ。


 ドコーン、きゃあー、いや〜ん。


 凄まじいイナズマが暴れている。その威力を表現したのが『ドコーン』だ。ではそれに続くのは何のか? その正体は? それを知ったらきっと、いや確実に知ったことを後悔しまくるだろう。この先、どんなパラダイスが待ち受けているかと期待しても、真実を知ってしまったら、その落胆する姿は容易に想像できてしまうのだ。そこで代替えを用意した。オルタナティブだ。それで勘弁してもらいたい。だが真実を知る俺は既に奈落の底に突き落とされている。その底で俺は泣いているのよ。だからヒントを散りばめておこう。そうすれば勘の良いものは俺と一緒に泣いてくれ。


 きゃあー、いや〜ん。それは、このアパートの1階に住む青年の声だ。彼は滅法、雷の光と音に弱い。そんな彼は金持ち連中から家賃という名目で金を集めては日々の生活を賄っている。配偶者に先立たれた婆さ……青年は金を数えることだけが唯一の楽しみとなっていたようだ。きゃあー。大家族と一匹の愛犬に囲まれ幸せな最後、いや将来をあれこれと考えていた矢先、グッジョブな好青年がふらりと現れた。青年はグッジョブな好青年が一目で気に入り惚れ込んでしまうが、まあ、その辺はよしておこう。とにかくだ、青年は恐る恐る部屋の窓から空を見上げた。そこには神の怒りを具現化したような真っ黒な雲がUFOのように浮かんでいるではないか。そして時々ピカピカドコーンだ。その光と音に驚いた青年が発するとても上品なサウンドを神の慈悲により『いや〜ん』に変換されて我々人類の耳に届いた、それが半分だけの真相だ。残りは闇に葬ってしまおう。ファイア。


 さて、いよいよクライマックスだ。屋根を構成するものは粗方吹き飛んだ。もう、おっさんの逃げる場所も無くなった頃だろう。だが、ここで疑問が生じないだろうか? それは部屋の中を逃げまどうのなら一層の事、部屋から出てしまえばいいのではないか。それに今のところ雷はおっさんの部屋にしか落ちていない。この窮地から逃げる方法はいくらでもありそうだ。それともおっさんは想像以上のアホーなのか。


 ふふ、その答えは簡単で明解だ。おっさんの心がこの部屋に縛られているからに他ならない。それ故、部屋から出られないのだ。おっさんの、直前までの経緯でそれは説明がつく。おっさんは上司の怒りを買い、天罰である雷の直撃を受けている。一度は覚悟を決めてその罰を受けるつもりだったが、臆病風に吹かれたおっさんは初弾を思わず交わしてしまった。まあそれは条件反射的に避けた、としてもいいだろう。しかし、その威力は破壊的だ。あんなの食らったら冗談じゃない。恐らくそれに近いことを考えただろう。飛んだチキン野郎だ。


 上司の怒りが冗談ではないことは分かった。普通そこまでやるか? とおっさんは上司に対して不信感を抱いたことだろう。こうなれば避け続けるしかない。だが、まだおっさんにも迷いが残っていた。それは罰を受けるか否かだ。でもその答えは既に出ている。罰を避けること=上司への反抗、業務命令服従違反だ。そうして罪を重ねながら、それでも罪の意識からは逃れられない。もしかしたら雷も大したことはないかもしれない。これがジレンマだ。どっちかに吹っ切れない限り、この状態は続くだろう。

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