別に
神は言った。
『それ、いるの?』
「別に」
別にあるけれど、欲しいかというと”別に”と言う。
便利、面白、そんなとこである。
しかし、神であるあんたにもあるんだろう。
人に授けるのだから。
「俺、変な力を手に入れた」
神と契約し、得た能力。”着替”。
特別に凄いわけではないのだが、社会的に便利だし、面白いから神に望んでみた事で得られた。
”着替”
右手は対象者に触れるか、対象者の写真を持つ事が必要である。
左手は着替えたい衣類に触れるか、衣類の写真を持つ事が必要である。
能力を発動させると、対象者は左手の衣類の情報に沿って、一瞬で着替えてしまうのである。
男性の自宅にはクローゼットはなく、代わりにアルバムがいくつもある。朝起きたら、面倒な着替えや悩む服選びもこの能力でパパッと着替える。
パンツも、シャツも、スーツも、ネクタイも、靴だって、自由自在に着替えられる。
「今日はこれか」
社会的に見れば、万引きなんだろうが。服の写真を撮るだけで、様々な衣類を身に付けられるのだ。まったく怪しまれる事もなく、苦もなく、様々な衣類の情報は手に入る。情報だけが必要であり、整理はとても簡単かつコンパクト。
洗濯やクリーニングだって
「!もうこの服汚れてきたか。別の服にするか」
継続して同じく服を選ぶと、服に付着している情報まで継続されてしまう。
これは服のストックを増やす事で洗濯をする必要性を消した。
また、この能力で着ている服は、脱いでしまうと消えてしまうので、どっちにしろ服のストックは増やしていかないとマズイのだ。
洗濯代と手間隙が、新着探しと写真撮影に変わった。こっちの方が安いし、楽しいものだ。
自分が生活する上で便利な力は良い。
◇ ◇
ガタゴトガタゴト
『次は○×駅。○×駅ー』
「………………」
この能力。
自分にしか使った事がない。神が言うには、他人に対しても有効であるが。正直、興味はない。
便利な物は共有するべきという意見もあるが、こいつは社会のルールを変えている能力だ。初めてユニクロで使った時は罪悪感も出た。世界にバレたら、俺は人を着替えさせるという仕事でもやらされるのだろうか?
俺は普通のサラリーマンで良い。その生活が少し楽で、穏やかに暮らす事で良い。
そもそもこの能力。能力というには恥ずかしいものだ。
自分としては、面倒を取っ払ったくらいのこと。
「そこどけよ、おっさん」
「……ああ、すまない」
ふとした事。
関わりたくない。
明らかに変な奴がいる。
何を考えているのか、そこらへんの誰かを落としたい気持ちからか。
しかし、言い合うことや怒るとは恥ずかしい事だ。
口論は苦手だし、俺は穏やかで静かにいたい。
通り過ぎてすぐのこと。穏やかを乱す、関わりたくない悲鳴が上がり始める。
「ちょっとあなた、どうして裸なんですか!?」
「なんだこの変態!?」
「はああぁぁっ!?なんじゃこりゃーーー!?」
「警察呼ぶわ!!」
「こっち来るな!近寄るな!」
”着替”で関わりたくない奴を着替えさせる。
もう二度と関わりたくないし、そいつとは関わりたくないと伝える格好に相応しいだろう。
能力はやっぱり、扱い方が大事なんだろうな。
天下をとろうとするわけじゃなく、穏やかかつ便利に過ごすには本当に些細な事で十分である。
バチすら当たらない。
「お、ヨーグルトのセールがあるのか」
ただ邪念が時折、出てくる。
この能力で、衣類に関しては完全な万引きが可能としている。どんなに高価であろうと、どんなに貴重であろうとだ。写真やネットの情報からでも着替える事ができる。
だが、食べ物や用具などにはできない。
「…………ふっ」
他とは違う。
それは自分が掲げる穏やかな生活に反した事だ。それになんの意味がある?
美味いから一日中ビールを飲み続けるのと同じことが、意味を持つだろうか?激しい運動後の、スポーツ飲料が、体に染み渡る快感が楽しみであるように。
幸福と穏やかは、ほんの一時にあればいい。逆も同じだ。
お金は浮いているのだ。
美味いビールを盗めて何になるという?
そんな刺激は必要ない。もっとも、タダが魅力なのは肯定できる。その上で約束事。
「ビールは一日、1本までだ」
生活に変なことは要らない。
野球中継を観ながら夕飯と行こう。