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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶望喰い

婚約破棄されたので闇の森に行きます。

作者: と〜や

 なんで、どうしてこうなったの。

 目の前の光景に息ができなくて、力を失った膝がカクンと落ちる。

 きらびやかなシャンデリアも着飾った貴婦人のひよっこも、視界から消え去っていく。

 今日は学院の卒業式の日で、卒業パーティーの会場で彼を待っていただけだったのに。


「そういうことだから、婚約は解消だ。もう父上にも承諾はいただいた」


 淡いプラチナプロンドを揺らしながら、目の前の人は言う。エメラルドみたいで好きだった深い色の瞳は、私を見ることなくすぐ横に立つ赤毛の女性にと注がれている。

 もちろん、私を蔑みを持って見る目ではなく、愛おしさが溢れた眼差しで。


「では、ミアとのこと、考えてくださいましたのね?」

「ああ、父上も前向きに検討すると言ってくれた」

「嬉しゅうございます」


 ミア、と赤毛の女性は名乗った。そういえばそんな名前だった、とのろのろとしか働かない頭で思い出す。

 王子として学業のかたわら忙しく公務をこなす婚約者をおろそかにしたつもりはない。城を訪問しても忙しいからと放置されることはざらだった。でもそれも立場を考えれば仕方のないことだと諦めていた。

 季節ごとのイベントなども二人で企画しては参加してきたし、仲は悪くなかったはずだ。

 このまま卒業と同時に嫁ぐのだろうと思っていた。

 ……ミアという女性が転校してくるまでは。

 私は何もしていないのに、どうして蔑まれることになったのだろう。


 へたりこんだままの私を介助してくれる人など一人もいない。

 王子から婚約破棄された女を助けてとばっちりを受けたくないのだろう。それも悲しみに拍車をかける。私のこの四年は何だったのだろう。

 いつまでもそのままうなだれていたら、焦れた王子が命じたのだろう、衛兵につまみ出された。

 パーティーがおわるまでは今季の生徒会として仕事が残っているというのに、無情にも広間の扉は閉ざされて。


 そのまま、私は寮からも放逐された。着の身着のままで、荷物を持ち出すこともできなかった。

 今日の今日で、家からの迎えはない。義兄があの場にいたはずだけれど、なんのアクションもなかった。

 私の父も知っているのかもしれない。だから義兄も動かなかったのだろう。

 なれば、私に行くところなどない。

 門の前に立ち尽くして、途方にくれる。

 なぜこうなったのだろう。ミアという女性が何かしたのだろうか。

 最近の王子はどこか私を蔑むようにみていた。その理由も分からぬまま、婚約破棄。

 人間、悲しすぎると涙も出ないのだと、初めて知った。


 どうすればいいのか分からない。

 門番に追いやられる形でとぼとぼと歩き出したものの、どっちに向かえばいいのかも分からない。

 右に行けば街に出るのは知っている。

 でも、街に行ってどうするの?

 どこにも行く場所なんてない。私の場所はもうどこにもないのだから。

 左の道は暗い闇の森につながっているという。闇の森には魔物が住んでいて、頭から食われるのだと先輩が言っていた。後輩を怖がらせるための、危険な森に行かせないための作り話だ。


「ふふ……」


 でも、もし本当なら。

 森に魔物がいるのなら。

 頭から食ってくれるのなら。

 ……誰にも必要とされない私でも、魔物の餌にはなれたのだと笑って食われましょう。


 そうして、私は闇の森へと足を踏み入れた。


 ☆


 腕の中にいるのは青白い顔の女。俺のよく知る、婚約者。

 こんな森の奥で、どうしてこんな薄着で、と思わずにはいられない。

 寒くないようにマントで包み込んで、火のそばで抱きしめる。

 今日が卒業式なのは知っていた。

 間に合うように帰ってきたはずなのに、すでに彼女はいなくて。

 門番に森へ向かったようだと聞いた時には肝が冷えた。

 闇の森には魔物がいる。そうでなくとも人を害する獣がいる。昼間ならともかく、日の落ちた後は危険しかない。

 そんなところにどうして彼女が足を踏み入れたのか。


「どうして」


 遠征に向かう間、影を護衛として置くと話した。影とはいえいざという時には彼女を守れるよう、王子としての権限を持てるようにして。

 それが仇となったのだ。ミアとかいう女に骨抜きにされそそのかされ、自分が王子になれると、本当に思ったのだろう。

 彼女はあれが影だと知っていたはずだ。

 なのに、どうしてこんな自暴自棄な行動に走ったのか。


 ……本当に影に惚れていたのか?

 もしそうだとしても、その願いだけは聞けない。

 強く抱きしめながら、目覚めない彼女にそっとキスをした。


 ◇◇◇◇


 目を開けると、白いカーテンが見えた。見覚えのない天井。

 体を起こせば、すぐそばに淡いプラチナブロンドと美しいエメラルドの瞳。

 もう二度と見ることはないと思っていたのに。


「殿下……」

「よかった……」


 眼差しが柔らかく緩んだかと思うと、抱きしめられた。

 どういうことなの?


「あの、これは」

「森の奥で倒れている君を見つけた時は、心臓が止まるかと思った。……お願いだ、もう二度とあんな真似、しないで」

「……ここは」

「俺の部屋。……影とあの女は捕らえたよ」

「か、げ」


 ふわりと記憶が蘇ってくる。

 そうだった。魔物が出たから討伐に行くと話してくれた。私を一人にするつもりはないからと、殿下そっくりの影武者を護衛としておいていくって。


 ……そうよ、あれは殿下じゃない。知っていたはずなのに、いつのまに殿下ご本人だと思い込んでいたのだろう。


「影はあの女に誑かされていたんだ。……そのせいで君には辛い思いをさせた。すまない」

「いいえっ、私の方こそ……ご迷惑をおかけしました」

「それは、闇の森に入ったことか?」


 心なしか殿下の声が硬い。私は身を縮めながら小さくうなずいた。


「どうして闇の森に……そんなにあいつが好きだったのか?」


 あいつ、とは誰のことでしょう。身を離して首をかしげると、殿下はますます不機嫌そうに眉根を寄せる。


「影の方が好きだったのか。だとしてももう手遅れだ」


 再びぎゅうと抱きしめられる。

 影だなんて思ってもいなかった。本当に殿下に捨てられたのだと思ったからこそ、全てに絶望したのだもの。

 どうして影を殿下と思い込んだのかはわからないけど。


「お前を離すつもりはない」

「でも、婚約は破棄されたと……陛下も同意なさったと伺いました」

「父上は同意したふりをしていたのだ。……俺との結婚が嫌なのか」


 殿下の硬い声に必死で首を振る。それだけは誤解されたくない。


「なればこのまま、婚儀を上げてしまおう。もともと卒業したら輿入れの予定だったのだ。少し早まっても変わるまい」

「え……」

「義父上には快諾いただいた。……いいね?」


 頬に柔らかくキスを落とされる。顔を上げれば見たことのない甘やかな笑みを浮かべていた。

 胸が痛くなる。

 これは夢?

 夢に違いないわ。

 私たちは政略結婚で、恋ではなかったはずだもの。

 でも、ああ。

 夢なら夢でいい。

 ふわふわした感覚のままうなずくと、やはり殿下は甘く微笑む。


「愛しているよ」

「……私も」


 これは夢。

 醒めない夢を私は見続ける。


 ◇◇◇◇


「あーあ、食べ損ねちゃった」


 去っていく馬車を見送る影が残念そうにつぶやく。


「せっかく丸ごと食べてってきてくれたのに、なにあの王子。魅了はかからないわ幻影も役に立たないわ、どんだけ神に愛されてんの。

 ……ま、あの子の絶望は実に美味だったから、勘弁しとくか」


 にやりと笑うのは淡いブロンドにエメラルドの瞳。

 先ほどまで婚約者を抱きしめていたのと同じ顔かたちをしたソレは、木の上から身軽に飛び降りた。


「それにしても、影だっけ。あんまり美味しくならなかったなあ。せっかく心の闇をつついてあげたってのに。あの子ぐらい美味しくなると思ったんだけどなあ」


 王子に瓜二つの影。

 同じ顔貌なのに境遇の違いを見せつけられて、王子の影にあるまじく王子を憎んでいた。

 その耳に、本当は王のご落胤だと囁くだけでよかった。

 真実を知る者はいない。それらしい証拠の品をあつらえてやれば面白いように転がっていった。

 王子の遠征に合わせて女をあてがうと、どっぷりとはまっていった。

 本物が帰ってくればあっさりと瓦解する砂上の城こそを本物と思い込みたかったのだろう。


「仕方がないからぺろりと食べちゃったけど、あの子の絶望にはかなわなかったなあ。つまらない。あーあ、誰か遊びに来てくれないかなあ」


 そしたら天国に登る幸福と地獄に落ちる絶望を味あわせてあげるのに。


 そう言って、闇の森の主はニシシと笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 闇の森の主についての所感 不死の人「いいソウル武器の材料になりそう」 探究者「薪としてくべたらいい燃料になりそう」 灰の人「とりあえずコレクションしとこう」 狩人様「薄汚いナメクジは消毒だ」…
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