第58話.初めての・・・≪古里羅≫【1】
はぁ…気まずい。一緒に帰ってはいるけど、ただただ沈黙。いつもなら楽しくお喋りしながら彼のマンションまで行くのに。ーーまぁ、大体喋ってるのは私で、彼は聞き役だったりするんだけど。
多分昼休みのことで不機嫌にさせてしまったんだと思う。でも、私は悪くないと思うの!そりゃあちょっと大きい声で責める感じになっちゃった部分はいけなかったと思うよ?ーーけど、元はと言えば彼が私にヤキモチ焼かせようと他の女子を誘い続けたのが悪い!
絶対謝ってなんてやらない!ーーと思ってたのに、マンションが近付くにつれ決意も萎んでいく。だって今日は特別な日にする気だったから。
名前に似合わずヘタレな彼は、ちっとも部屋に誘ってくれなくて、これはもう私から言ってあげないとダメなことに気が付いた。ーーだから、だからね、今日私は部屋に行きたいって言って、彼の部屋に初めて入る記念日にしようって考えてた。
このまま意地の張り合いなんかしてる場合じゃないよね!気持ちに区切りをつけるように、ママの部屋から内緒で持ってきた香水をソッとつければ、年相応の私から大人の女性に早変りした気がする。ーー私は大人。だから先に折れてあげるわ!感謝しなさい!
「ねぇ。」
「…」
「ねぇってば!」
「…」
もう!いつまで不機嫌でいるのよ!子どもみたいにしてないで、さっさと機嫌直しなさいよ!
頑なに返事をしない彼に焦れ腕を掴んだら、乱暴に振りほどき私を見たーー瞬間、彼の動きが止まった。
「…あ、ごめん。」
「ううん、こっちこそ急に掴んだりしてごめんね。」
「居たの気づかなかった。」
なぁ~んだ、怒ってたわけじゃなかった。私の思い過ごしだったのね。良かった!単に考え事でもして上の空だったようだ。
「美味しい焼き菓子あるんだけど、食べるよね。」
「うん!」
焼き菓子が部屋に誘う口実って知ってるけど、気付かない振りしてあげるわ!