第44話.知らない天井だ
どうやらお姉さんは人形を使ったようだね。
それは別にいい。お姉さんのピンチとか、面白エピソードの予感…、違った、メロンパンのお礼だった、お礼。
「翔たぁん、コイツ死んだんじゃない?すっごい勢いで倒れたし。」
足をガシガシ蹴られた。
「ああ?大丈夫だろ。クッソ頑丈そうだし。」
横っ腹に衝撃。
「それは言えてる~!あっ、目開いてる。」
「ほらな、死んでねぇだろ。」
なんで天井見てるのかと思ったら、ぶっ倒れたせいだった。ん?ぶっ倒れた?なんでだろう。アレ使うと意識飛ぶなんて危険なことにはならないはずなんだが。
掲げて台詞言うと人形の頭が四つに割れ、クリオネの捕食時のごとく六本の触手が、使用者の精神を引きずり込むという、サービス幻影仕様で対象者の精神と入れ替えるだけだし。
完成したと思ったが、使うと意識を失うような危ない欠陥品だったようだ。後で何が駄目だったか検証しよう。
因みに台詞はその場の気分なので、決め台詞がある訳ではない。
「ちょっと、ちゃんとこっち見なよ。見て、現実を思い知らなきゃ駄目だよぉ。」
喋りながらまた蹴ってきた。蹴りながらじゃないと喋れない病気か。
「愛たんが話してんだからコッチ見ろや、立夏。」
顔を踏まれたせいで、鼻血が出た模様。口の中に血の味がする。
目だけでグルリと見回せば、独り暮らしのアパートの一室ぽい。
「好きな男の部屋に来れて嬉しい?ね、ね、嬉しい?でも残念。もう二度と来ることないけどね!」
「あんま人ん家ジロジロ見ないでくれますか~。網膜に焼き付けてそうですげぇキメェ~。」
今度はお腹を踏まれ、圧迫される。
「翔たん。」
「なに?愛たん。」
「愛たんね、すっごく寂しかったんだぞ。」
「…愛たん、ごめんね。俺がゲームで勝ちさえすれば良かったのに、負けちゃってマジごめん。」
「翔たん。翔たんはもう、愛たんだけの翔たんに戻れるんだよね?」
「そうだよ、愛たん。今日で終わりだよ!…すげぇ長かったし辛かった!こんなのを好きな振りとか死にたくなったぜ!」
「翔たん死んじゃダメーッ」
「愛たんを置いて死なないから!」
お姉さんがやっちゃ駄目なタイミングで人形使うから、夕飯食べ損なったし何か食べたい。
お腹に乗った足を掴んで引いたら、私に覆い被さりそうな態勢に。
初対面なのにいきなり乙女に覆い被さろうとするとは、さては痴漢ですね。
「げっ」
乙女の柔肌に断りもなく触ろうとする不届きものの身体を、やんわり蹴り上げた。
痴漢にすら気配りして、怪我などしないよう、やんわり蹴り上げるに留めるとか、私優し過ぎる。
「おごぶっ」
軽く天井に当たり、ベシャっとーーいや、フワッと床に着地で強打、違った、軽く身体を打ち付けた模様。
やんわり蹴っただけなのに、何という大袈裟なリアクション。あれかな、態々当たりに来て痛くもないのに金銭要求するあれかな。
優しさを見せたらそこに付け入ってくるパターンですね分かります。優しい人が悲しい思いをする嫌な世の中です。
「≠×÷£!!」
「翔たーん!?」
何語か解らないことを言いつつ、ゴロゴロしてる物体を放置し冷蔵庫を漁る。
何かあるかな。
期待したのに冷蔵庫の中には飲み物と魚肉ソーセージしかなかった。こんな充実感のカケラもない冷蔵庫で、不意のお客様にどう対応する気なのか問い詰めたいところだ。
近くにコンビニあるかな?なかったらどうやって食料調達しよう?
魚肉ソーセージを食べながら、ヤる時くらいしか役立たない大人の玩具の髪を掴み、引きずって移動。
「ちょっ、やめっい゛だい゛い゛だい゛い゛いーっ」
「てめぇっ、愛たんを離せっ」
ゴミを捨ててあげようとしたら、理不尽な暴力に晒されそうになったので、壁ドンではなく腹ドン(別名腹パンチ)
「ぐふおっ」
ぐふおさん、呼ばれてますよ。
ドア開けて、使い古しの玩具を外に捨てて鍵をかけた。