第89話.キレていい?≪灘流≫
電車に割りと長いこと乗り、目的地まで姉ちゃんとやって来た。
転移使わないのかって?──行ったことない場所には転移出来ないんだよね。
山道を、姉ちゃんを背負って歩いていく。甘えん坊な姉ちゃんが可愛い。
カプー
「ふおッ!?ちょっ、姉ちゃん!?」
急に耳噛まれたから変な声出た。
「はむはむするくらい、減るものじゃないし良いのでは。」
減るから。俺の何かが確実に減るから。
「はむはむは、くらいで済ませられる行為なのか疑問なんだけど。」
「食い千切らないから、噛んでいい?」
大分腹ペコだった模様。オヤツ持ってきてないのか尋ねたら補充し忘れたらしい。
姉ちゃんがオヤツを補充し忘れる……だ…と……?
あまりにも驚いたし心配になったから、聞いてみたけど教えてくれなかった。俺じゃまだまだ力不足と思われてるのかもしれない。──姉ちゃんが頼ってくれるような、立派な男になれるよう頑張ろう。
取り敢えず耳を食い千切られないように飴ちゃんを渡した。
「喜村さん家ってこっちでいいの?」
「え?」
「え?ーえって何?喜村さん家行くんだよね?」
「喜村家行くよもちろん。でも先に当初の目的である、めちゃうま釜飯屋に行くよ。」
「いや、当初の目的が喜村さん家じゃ。」
「釜飯のついでに喜村だよ。」
そんなこんなでやっと到着した釜飯屋は、山小屋風のお店だった。
店主オススメ釜飯は賞を取った山菜釜飯だったけど、鶏明太釜飯にした。──山菜食え?食いません。だって姉ちゃん山菜あんまり好きじゃないし、それ注文したら分けてあげられなくなる。まぁ、俺が分けてあげなくても新たに注文して鶏明太も食べるだろうけど、俺は姉ちゃんに分けたい。
分け合って食べるのって、何か仲良しアピール出来るでしょ?いや、実際めっちゃ仲良いけど。周囲の客に、めっちゃらぶらぶだと思われたい(重要)
姉ちゃんが釜飯を心行くまで堪能した後、転移で駅へ。
「雪姉!」
「…淳。」
静かな駅に急いでやって来た男と、電車待ちの女──そして始まる寸劇。
ハイハイ青春乙。良く見ると青春過ぎてるっぽいけど。
「けどさ、『いつだって雪姉の鼻毛には、宝玉が宿ってたよね。』」
電車まだかな。急行は何本か通過したけど、ここ各駅しか停まらなくて不便だ。──喜村さん家って、ここから二つ目の駅だったかな?
「嫌ってなんかない!『淳の煌めき「って、さっきから何なの!?」
何だコイツ。いきなりキレる意味が分からないんだけど。姉ちゃんの遊びを邪魔したお前に、寧ろ俺がキレたい。
「ホント何なの!?なんか喋ってるだけかと思って放っておけば、完全にこっちの会話に被せておかしなこと言ってるわよね!アンタのせいで台無しだわ!」
姉ちゃん相手に大人げない女。騒ぐのに飽きたのか、今度は訳分からんこと言いながら俺の手を勝手に握ってくる始末。
聞いてるのか聞いてないのか、手を離せって言っても離さない。
コイツから見たら、俺ってまだ子どもの部類だと思うんだけど、そんな相手の手を握って何が楽しいんだか。
まぁ、ヤバい意味で子ども好きとか世の中には居るからね。個人的にはそういう奴等は滅べばいいと思う。
「中には強引にデートを強請る子もいるんでしょうね。分不相応に。」
OK、どうやら滅びたいらしい。姉ちゃんに悪意を向ける生ゴミが。お前のご希望通り滅ぼしてあげる。
「手を離せって言ったんだけど、俺の言葉理解出来ないの?」
「え、あー」
やっと手を離した。手を離さなきゃ、俺の言葉だけ理解出来るような素敵な精神に作り替えてあげたのに。
喜村さん家は今度でいいって言うから、転移で家に帰ることにする。
姉ちゃんの手を握れば、穏やかで澄んだ瞳で俺を見つめてくる。──俺の中の負の感情が霧散した。
「じゃあね、おばさん。」
キモかったし、これくらい言うのは許されると思う。
雪姉
故郷を捨て都会に出ていくところ──という設定でヒロイン気分の人。
実際は転職で駅から二時間ほどの場所に引っ越すところ。
淳
雪姉の近所に住む高校生。
雪姉にお小遣いを貰い、駅に乗客が居た場合、思いを伝える年下男子を演じるよう頼まれていた