【3】
手入れの行き届いた芝が広がる庭の、カーブを描くように敷かれた石畳を行けば、先客がいた。
月を眺めていた人影は、俺より7~8くらい下の、黒髪の少女だ。ーー照らす月光がそう見せるのか、佇む姿はどこか神々しさを感じさせる。
何に思いを馳せているのか伺い知ることは出来ないが、月を眺める少女から何故か目が離せずにいた。ーーあれ、これヤバくね?じっと黙って眺めてるとか、やってることロリコン野郎じゃね俺!?ーー違う俺は断じてロリコンじゃねぇ。
不意に少女がこっち見てドキッとした。ーー金と銀の神秘的な瞳に吸い寄せられるかのように、俺は歩き出していた。
「…」
何かーー何かを言わなければと気ばかり焦る。
「……お前「「「波多野くーん」」」
タイミングの悪いことに婚約者候補達が現れやがった。ーーチッ
「ここに居たのね」
「も~、探したんだかね!」
「結花理、波多野君が居なくてすっごく寂しかったぁ」
「こんなとこで何してたの?」
「ねぇ、早く中に戻ろ。」
「結花理、波多野君とお散歩したぁい。二人で。」
「ちょっと、何どさくさ紛れに誘ってんのよ。波多野君、私、波多野君に相談したいことがあるの。」
「相談とか良く言うわ。単なる口実なのはバレバレよ。」
3人の言い合いが始まり、少女が立ち去ろうとする。
「おい、待てっ」
慌てた俺が声をかけたことにより、3人の関心が少女に移り、排除対象と認識されてしまった。
「誰、この人。」
「まさか、こんな人と会うために出て来たとか言わないよね。」
そして少女を蔑みだす3人。
「見たことないんだけど、どこの家の人かしら。まぁ、名乗られても、聞いたことない家の可能性が大きそうだけど。」
「橋本物産辺りの関係者じゃない?あそこ、最近業績が伸びてパーティーにも呼ばれだしてるし。」
「あ~、だから見たことないのね。…ねぇ貴女、ちょっと身の程弁えた方良くない?波多野君は、貴女レベルが親しくして良い人じゃないの。」
「二人共、ひどぉい。あの人の親は、汗水たらして必死にここまで上り詰めたんだよ。死にもの狂いで頑張って、やっとこのレベルのパーティーに呼んで貰えて、夢見心地なんだから、水を差すようなこと言ったら可哀想。だから結花理はぁ、この名も知らぬ庶民にちょっと毛が生えた程度のお家の人が、身の程知らずに波多野君と過ごした時間を、許してあげようと思いまぁす。」
最初に感じた神々しさも今は無く、そこに居るのはただの庶民にしか見えない少女。ーー聞いてるうちに何だか3人から見た印象が正しい気がしてきた。
満月こぇえな、おい。月は人の心を惑わすって迷信じゃないのかよ。すっかり惑わされてんじゃねぇか俺。ーーそう結論付けた俺は、少女に興味を持ったことを恥じ、否定するセリフを吐いた瞬間ーー眼前に靴底が見えた。
190近くある俺の眼前にチビッ子の靴底が迫るーー何を言ってんのって思うかもしれないが、俺だって何言ってんのって自分で思う。
何だあの跳躍力ーーつい手が出るなら分かるが、女子なのについ足が出るってどんな野蛮人だよ!?つか、何の迷いもなく顔面狙ってくるってどーよ!?
女子から振るわれた初めての暴力に戦慄しながら、俺は意識を手放した。
後日、野蛮人とまた顔を合わせることになるなど、この時の俺は知るよしもなかった。