VII ウラ⑤
「初めまして。私は『ガブリエル』と申します」
「…え、あっ、はい。初めまして。天野真凰です」
天野が女の手を掴み、立ち上がった。その後、何故か互いに自己紹介を済ませる。
しかし、ガブリエルとは。神話かよ。と天野は思ったが、口にはしない。
「…私の名前の方が後ですよ」
「あっ、そうなんですか。…いや、なんで」
「今はこの姿ですが、天使なんですよ。人の考えていることは、大体分かります」
天使。考えたことが分かるというのは、本当にそういった存在なのだろう。これで壮大なドッキリの線も消えたな、と天野は要らない考えを浮かべる。
それよりも、天使が来たということは、そういうことなのだろう。
「お迎え、ですか」
「…本来であれば、そうですが」
「本来?」
まるで、これが例外の様な言い回しだ。続きを促す為に、天野が疑問を投げ掛けようとしたが、その言葉は出なかった。
目の前の天使が、頭を深く下げていたのだ。
「何を」
「真凰さんの死には、私の同僚が深く関わっています。本当に申し訳ありませんでした」
「…は?」
俺の死に、関わっている、同僚。同僚ということは、目の前の女と同じ天使なのだろう。
天使が関わる。というか、現実の世界にも天使が居たのか。
「詳しくお話しします。どうか、聞いて下さりませんか?」
「…はい」
「有り難うございます。…真凰さんの運転していたトラックの前に現れたのが、私の同僚『ミカエル』です」
「あの女か」
「…やはり、覚えているのですか。そうです、全ては彼女の転移によって引き起こされたことなのです」
「転移、ねぇ。天使ってのは凄いな」
「それは…後でお話しします。転移というのは危険な行為ではありますが、それだけなら問題ありませんでした。しかし、人間は天使の姿を視認するのを許されていません。転移するのならば、慎重に行う必要があるのです。しかし、彼女はそれを怠りました」
ここまで来れば後は分かる。あの女の転移とやらは、俺に痺れを与えたのだろう。そのせいでブレーキを掛けられなかった、と。
正直怒りしか沸いてこない。だが、天使という文字通り超常の存在に責任を取らせることなど出来ない。それくらい、少し考えただけで分かる。
「…その怒りは、ごもっともです。ですが、今は抑えて下さい」
「…分かった」
「有り難うございます。…今回の強引な転移によって引きおこされた結果は、真凰さんの身体の自由を奪い、そして青年の命を奪ったのです」
「待て。今回は、だと?」
「…そうです。今回が初めてでは、ありません」
今回が初めてではないのか。ということは、俺以外にも巻き込まれた人間が居ると見ていいな。
…ああ、クソが。
天野の目を、天使がじっと見つめる。その瞳には、一切の曇りなどなく、天野の苦しそうな顔が反射していた。