V ウラ③
「本当に、申し訳ありませんでした!」
天野と上司の姿は、とある一軒家の外に在った。
どういう訳か事故の事実がねじ曲がっているが、轢いてしまった事実は天野の記憶にきちんと存在している。だから被害者である青年の家族に会社として謝りに来たのだが、玄関ごしでしか会話されなかった。これが3度目だが、インターホンを押して何を言っても「もう来ないで下さい」としか言われない。
「天野、後日にしよう」
「…はい」
「しかし、ねぇ。お前の話は信じてぇが、だったらシャバに居ねぇだろうがよ」
青年の家族は悲痛に暮れていた。自分達の愛する息子が物言わぬ死体となって帰って来たのだ。
原因はひき逃げ。犯人はまだ捕まっていない。
青年の家族は、遺体を見て誰だか分からなかった。それほどまでに青年は、酷い怪我を負っていた。
事故の日も、何も変わった様子が無かったのに。
愛する息子を無くしたショックから、家族は青年の死を受け入れられなかった。
事故と無関係にも関わらず、謝りに来る気味の悪い連中にも辟易していた。
息子はトラックに轢かれていない。軽自動車だ。目撃者も居るし、防犯カメラにも映っている。
私たち家族を放っておいて欲しい。あの連中が仮に犯人だとしても、息子は帰って来ないのだから。
天野と上司は、駅から近いカフェに居た。
今回の事故でトラックは廃車になっていた。そして会社も、このような事故を起こした人物に運転などさせられないと考えている。
要するに、天野は運転の仕事が出来なくなった。
「上に掛け合ったんだが。…すまん」
「いえ、先輩が謝らないで下さい。俺がもう少し気を付けておけば…」
「もっとイイ保険に入っとけって話なんだよ、お前が泣き寝入りする必要はねえ」
天野は気を付けておけば、と言ったが、気を付けていたら事故を避けられたかどうかは疑問だ。
あの時、確かに異常が起きていた。あの時の女児は、人間であったのか。幽霊や宇宙人といった、人間の理解を超えた枠組みなのでは無いか、そう天野は考えている。
そんな持論を人に話せば、頭がおかしいと思われて距離を取られるか、精神科医を勧められて終わりだろう。
だから、青年のことを上司には話したが、こっちの不気味な話は墓場まで持っていく所存だ。
「じゃあ、気を付けて帰れよ。切符買えるか?」
「買えますよ。そこまで無知じゃないですし」
「そうか。…自暴自棄になるなよ。まだ若いんだからな」
「…はい!有り難う御座います!」
天野と上司が別れ、天野は駅へと歩いて行った。
車には乗りたくない。そこで電車だ。乗り継いで自宅まで戻るつもりである。
上司が送ると言ってくれたが、上司の自宅とは別の方向なので断った。
携帯で電車のダイヤを調べながら駅へ歩いていると、クレープの店が目に入った。
この数日間で、色々あったことで疲れている。そこで甘味が欲しくなってもおかしくない。天野はそう考えて列に並ぼうと進路を変えた。
「…やっと、見付けた」
天野の目の前に、女が立っていた。何処かの学校の制服を着ており、高校生であることが伺える。
その手には、紙切れと、包丁が握られていた。
スマホって便利ですね。