III ウラ①
こっちが主人公です。
海沿いの道路、堤防の横を走る一台のトラックがあった。
積み荷は新鮮な魚介類で、魚市場から仕入れて来て輸送している途中である。内陸部に輸送して、直接飲食店へと卸すのだ。
「海は♪ふふん~♪」
このトラックを運転しているのはシワがついたシャツの男。
無精髭が生えており、髪にも若干寝癖がついた顔は、お世辞にも世間体が良いとは言えないだろう。
この男の名前は『天野真凰』、年は27歳。可愛らしい名前だが、可愛かったのは幼少期のみだ。高校卒業時に定職に就かず、紆余曲折して今の仕事に就いている。ようやく生活に余裕が出来て、親に仕送りが出来るほどだ。
今回の仕事を終えたら実家に戻るのも良いかもしれない。男はそう考えていた。仕送りが出来て自分に自信が出来たのかもしれない。
男は片手で缶コーヒーを口に運び、口内で苦味と僅かな甘味を味わった。
「世界の♪ふん…んあ?」
男が進路を確認した時であった。何も無かった空間に、突如として赤い服を着た女児が現れたのだ。
その時に、景色そのものが歪んでから出現したように見える。
見間違いだろうか。瞼をしぱたかせるが、ソレは変わらずそこに在る。
「…なんだ?気味悪ぃな」
取り敢えずこのままだと女児を轢いてしまう。男はブレーキを踏もうと左足を踏み込もうとした。
しかし、身体が思う様に動かない。
「が、ぐ、なんでだよっ…!」
痺れたような感覚で、筋肉が硬直してしまっている。何が原因かは分からないが、今すぐ速度を殺さなければならない。
左足を伸ばすのと並列して、サイドブレーキにも手を伸ばす。
腕の方なら少しずつ動く、かもしれない。
アクセルから右足をなんとか降ろし、ハンドルを別方向へと切ろうと試みる。だが、手が痺れて握れない。心臓や肺自体も痺れてきた。
持病など無かったのだが、と酸素すら脳に行かなくなり、今必要のない考えばかり浮かんでくる。
「ぐ、そ、がぁ…!」
それでも速度が落ちていかない。もう急ブレーキを踏んでも間に合わない距離だと悟った瞬間、女児の姿が男の視界から消えた。
何とか避けてくれたか、と安心したのも束の間。学ランを着た青年が視界に現れた。
ブレーキを僅かに踏むことが出来たが、それだけで速度は変わらない。
男が運転するトラックは、そのままの速度を保ったまま青年へと吸い込まれていった。
「ぐぅ、痛てぇ…」
男が顔を上げると、エアバックの白と、ひび割れたフロントガラスを通して海と堤防が見えた。
未だ痺れの残る身体を動かして外に出る。さっきの青年の安否を確認する為に、後ろを向いた。
青年は、青年だったモノは、四肢がもげていたり有り得ない方向を向いた状態で、車道に叩き付けられていた。頭も抉れて、顔は引き摺られたのか真っ赤であった。
「あ、ああ。き、救急車!救急車を呼ばないと!」
ハンドルを切ることが出来たのは、青年を既に轢いてからであった。
この男の人生は、その日から、真っ逆さまに堕ちていく。