XIX 最底辺②
わりと歩けるようになり、柔らかいモノなら食べられるようになった頃。
とうとう、母親が来なくなってしまった。
意識は大人でも、身体は赤子。
食料らしきモノが少し有るが、それだけ。
…この状況、不味いんじゃないか?
母親が少しずつ置いていった食料を調べる。
干し肉と、黒パン。そして水筒。
干し肉はカチカチに乾いている。もしかしたら、燻製かもしれないが、あいにくその知識は自分にはない。
黒パンは焼き固められた黒い塊だ。恐らくこれを水に溶かして、離乳食として与えられたのだろう。
最後に水筒。動物の革を加工して造られているようで、水は満杯に入っている。
…足りない。どう見繕っても、持って三週間。いや、カビが生える心配もあるか。
この世界の、国の法律なんて知らないが、流石にこんな子供では働けないだろう。
特に心配なのは水だ。蓋を開けて匂いを嗅いだが、少し変な匂いがした。
次に部屋を見渡す。
広さは三畳と少し位で、木材にも石材にも見える。この不思議な材質を触ってみたが、詳しくは分からなかった。
窓は木製で、つっかえ棒らしきモノが備え付けられている。ガラスなんてモノは無いようだ。
もしかしたらここだけで、一般的には違うのかも知れないが。
そして、部屋の隅。
黒いカビらしきモノが根を張っている。害があるのか分からないが、前世では黒カビの胞子は人体に悪影響があったが、同じモノだとしたら、掃除するかどうにかしたい。
…うすうす感じていたが、やはりボロい部屋だ。
母親が戻ってくる気配が無いのならば、自分だけで生きていかなくてはいけない。
だが、それには言語を理解する必要がある。
幸いにも母親が使っていた言葉は、教本を読んでいるときに天使が教えてくれた言語と同じ単語があった。
母親は耳が異様に尖っていたり、背が異常に低くて筋肉質ではないので、普通の人族なのだろう。
自分の頭上や耳を触っても変なモノは付いていない。確信はないが、自分も人族だ。
そんな言語だが、母親の言葉を全て理解することは出来なかった。
赤子の柔らかい脳で知識がスラスラ入って来たが、分からない単語も出てきていた。
それを教本で補いたいが、この世界では一度も教本を出したことがない。なんとなく出し方は分かるのだが、エネルギーが足りていないようで反応なしだ。
一応、毎日教本を取り出そうとして魔力らしきモノを込めている。それで合っている気はするのだが。
…と考えて今日も心臓付近にエネルギーを送って、軽い喪失感を感じていた時であった。
目の前に、一冊の本が唐突に出現した。
その一瞬だけ、体内で何かが渦巻く感覚を覚えた。この感覚は何なのだろうか、と天野は考察する。
しかし、教本が当然のように重力に引かれて落ちていくのが目に入り、考察を途中で切り上げ慌てて手を伸ばした。
丈夫な紙らしいが、出来るだけ長く使いたい。
その本は腕の中にあった。
良かった。床に落とさずに済んだ。と天野は一息付いていた。