XV ウラ⑬
「はぁ。もう、よろしいですか?」
目の前の天使が怠そうな雰囲気を纏い始める。
他に無いだろうか、と思ったが、最初よりは色々引き出すことが出来た。
正直不安しか無いが、決めたのだ。腹をくくり、天使の問い掛けに頷いた。
「え?はい!それでは転生させますね!」
「あ、ちょっと待て」
「…今度はなんですか?」
「本を収納出来るんだったら、ナイフとか拳銃とかいけるんじゃないかなーって思ってな」
「…この術式では、これだけで容量がもう一杯なんです!私の力を少し削って魂領を拡張しているんですよ?これ以上は、無理です!」
天使は明らかにイラついている。
そんな天使の姿に天野は恐縮してしまい、口をつぐんだ。
「…もうよろしいですか?」
「……はい。あ、そういえば、ここって時間流れているんですか?」
「…時間ですか?止まってますよ。ここはそういう空間です」
「それなら、この本を読んでも良いか?」
天野が両手に抱えた教本を前に突き出した。
その言葉に天使は言葉を無くし、頭を抱えて唸りだした。
「時間は止まってますが、駄目です」
「向こうの言葉を覚えるだけだからな、良いじゃないか」
「…はー、それだけです。全て理解するまでは待てないですよ?」
天野は許可を貰い、床に腰を降ろした。
薄い本を床に広げて、早速内容を確認し出した。
それを、天使が冷めた目で見つめる。
「…あ。言っときますけど、教本は順番に見て下さい。その本の全てを理解したら、次の段階へ進んで下さいね?」
「それは何でなんだ?」
「初級はそんなことは無いですが、難易度が上がっていくにつれて制御が難しくなります。限界を超えて魔力を絞り出すと死んでしまいますので」
「え、死ぬのか?魔力容量が拡張されるとかじゃなくてか?」
「限界までは良いんですよ。超えてはいけないだけです。初級に乗ってる魔法でも、死ねますからね」
「…そうなのか」
「各段階の教本に魔法に関する理論も載っているので、活用してください。計算が出来るなら、大体理解出来ると思います」
危なかった。限界を超えたトレーニングで魔力が増えたりするものだと思っていた。
転生して直ぐに死ぬなんて、洒落にならない。
飛ばして読まないようにしよう、と天野は心に誓った。
それとは別に、翻訳の教科書を読みながら天使に質問をする。
「なあ、この本紙じゃないよな。書かれている文字もインクっぽく無いし」
「ちょっと強いだけの紙ですよ。インクもちょっと落ちにくいだけです」
「ヴ、『ヴルカンの炎』か。これは基本四種?の魔法なんだよな。随分な中二ネーミングだな。誰が付けたんだ?」
「それは全ての基本となる炎魔法です。名前は創造神様が名付けましたが…何か?」
「…いや、何でもない」
「…この文字はミカエルを奉る『唯一神教』を表しています。注意してください」
「あ、そうなのか。ちっとも覚えられなくてな」
「…真凰さん…」
いよいよ天使の顔が怒りを通り越して、悲壮に暮れ始めた。
天野は流石にもう良いと判断して、送って貰うことに決めた。
「はあ、やっとですか。…【天野真凰、貴方をエトルワールへ転生させます。どうか、幸運に恵まれますよう】」
天使の声が途中から異質なモノに変化する。
その祝言が終わった瞬間、天野の身体が空間に溶けていった。それを見ている天野は期待と興奮と不安に包まれながら、やがて消えていった。
天野が消えたその空間で、残された天使が独り言を漏らしていた。
「…生きやすい世界ではありませんが。どうか、どうか前より、まともな人生を歩んでください」
主人公は、かなり図々しい描写になってしまいました。
表現というのは難しいですね。