《7話》冬は少女に別れを告げる
ゆっくりと、
ゆっくりと春が
近づいてきた。
「あ…」
「たんぽぽだね。」
この日、沙枝と少年は
丘の上で蕾をつけた
たんぽぽを見つけた。
二輪寄り添って、
あたたかい風に
揺れている。
「咲くのかしら…?」
「うん。
きっともうすぐだ。」
少年は指先で愛おしそうに蕾に触れた。
「君はなんの
お花が好き?」
「私…?」
沙枝は困ってしまった。
花なんて今までじっくりと見たことがない。
しかし、きらきらと輝く少年の瞳を見て、
沙枝は思いつくままに
答える。
「桜……」
自分でもなぜそう答えたかはわからないが、
このとき沙枝は母の言葉を思い出していた。
桜の木の下には
死者が埋まっている。
死者が埋まっているから、そこに桜が生える。
死者の清い魂が桜に
命を与え、綺麗に
色づかせるの。
だから、お母さんが
死んだら私を土に還してちょうだいね?
そしたらその上に綺麗な桜が咲くからね。
沙枝を喜ばせて
あげるよ。
「君のお母さんはすごく素敵なお話を
知っているんだね。」
「ええ。今だから私も
そう思える…。」
沙枝は桜の樹に
触れながら言った。
なぜだろうか?
日を追うにつれ、樹が
あたたかくなっている
ような気がする。
「あったかい…。」
「桜も春が来るのが
嬉しいんだよ。」
「僕は桜に
色をあげるんだ。」と、
少年は不思議なことを
言った。
「君が冬とお別れするのが寂しくないように、
君にも春の色を
あげるよ。」
「私に……?」
少年がいたずらっぽく
笑ったとき、静かな
春風が沙枝を
撫でていった。
少年の雪の色の髪が揺れて綺麗だなと
考えた時には、
「………!!」
少年の唇が沙枝のそれに重なっていた。
再び少年の髪が揺れて、
あらためて沙枝と少年が見つめ合った時、
「ほら、すごく綺麗だ」
沙枝の頬はみるみる
桜色に染まっていった。
---続