《6話》風は春を呼び
いたずら好きな風が
今度は二人の頬を
優しく撫でていき、
沙枝と少年は
目を醒ました。
「あら……!」
沙枝はすぐ隣に少年が
座っているのに驚いて
目をぱちくりさせる。
「ああ…驚かせて
ごめんね…。君がすごく気持ち良さそうに
眠ってたからさ。」
「い…いえ…。」
沙枝はカァッと顔に熱が上った気がして俯いた。もごもごと曖昧な
言葉しか返せない。
「僕も気持ちよかった
から寝ちゃったんだ。
今日はあったかいね…」
「もうすぐ春だ。」と笑う少年の横顔が、沙枝はまた遠く感じた。
「冬が…終わるのね…」
「悲しいの…?」
「ええ…少しだけ…。」
「私は冬が好きだから」と、沙枝は伏し目がちに、寂しげに話す。
「季節が終わることって、お別れじゃないよ?」
「え…?」
「確かに、この冬で
感じた風や目にした風景には二度と巡り会えないかもしれない。それは
すごく寂しいことだけど、冬っていう季節は
ちゃんとまた来てくれるよね?また違う景色を
持って来てくれる。」
「だから別れじゃない」少年の言葉に、彼の瞳に宿る光に、沙枝は引き
込まれていった。
「それにこの樹は季節
ごとにいろんな姿を
見せてくれるんだ。
楽しみにしててよ?
季節はあっという間
だからね。」
にっこりと無邪気に
笑う少年に
沙枝はまだ見ぬ春を
感じたような気がした。
「あなたは…
春みたいな人ね…。」
それは恐らく沙枝が直感的に発した言葉だろう。
「僕が…春…?」
「あ…っ…なんとなく
そう思っただけなの…」
慌てて俯いた沙枝、
そんな彼女の手を
少年が優しく握る。
「春は君だよ…?」
「え…っ…?」
「君はあったかくて…、すごく綺麗に見える。
だから君は春みたいだ」
沙枝はますます
混乱した。
ああ…まただ。心臓が
破裂しそうなほど痛い。
透き通るような瞳に
見つめられて
息が詰まりそう。
私の心臓の音は…彼に
聞こえてしまった
だろうか?
---続




