《4話》そして木が樹となるとき
その日は空気が
澄み渡る、月も星もいちばん綺麗な夜であった。
沙枝は窓の外、
遥か彼方に浮かぶ月を
床の中からぼんやりと
見上げている。
「綺麗だね…。」
時を同じくして、
丘の上では少年も夜空を見上げながら樹に
話しかけていた。
彼の美しい雪色の髪は、
銀の月明かりを透かして夜によく映えている。
「あの日、君を裂いた
光は…かみなり…
っていうの…?
はじめて知ったよ。」
ひっそりと佇む樹は
何も言わない。
しかしそれは、じっくりと少年の話を聞いているようであった。
「痛かった……?」少年の声のひとつひとつが、夜の空気に溶けていく。
「僕は痛くなかった。
…だけど君が弱っていくのを感じるのが
すごく苦しくて…
悲しかったよ…。」
そんな時に、丘の上で
あの子が泣いていたんだと、少年は沙枝の姿を
思い出す。
「その頃からかな?
君に新しい芽が
出始めたのは…。」
樹の根元、まだ細く
小さいが次の若芽が
芽吹き始めていて、
それはこの樹が
生きようとしている
ことのあらわれだった。
「わかってる、君は
死んでなんかいないって。どれだけ弱々しくても生きようとしてる…。」
「だからもう一度」と、
少年は幹にそっと触れた。
「もう一度、僕は僕を
君にあげるから…
荘厳で美しい姿をあの子に見せてあげよう?」
桜のことを沙枝に語って聞かせたときの彼女の
瞳の輝きを、少年は
思い出す。
すごく綺麗な
輝きだったと…。
「どうしてもあの子に
見てほしい…。そしたら僕らも還ろう?一緒に
春に還るんだ。」
僕もいつか、君を支える
芽になって生きるよ。
少年は樹に語りかけ
ながら幹を撫でる。
ゆっくりと、しっかりと、生命の鼓動が伝わって来るような気がした。
「君は嬉しい…?
僕はあの子に逢えて
嬉しいよ。あの日から
ずっと待ってたんだ。」
沙枝の姿を目にした時の
歓喜を、少年は忘れる
ことがなかった。
いろんな表情を
見せてくれる沙枝を
少年は美しいと思う。
「君の本当の姿を見たらあの子はどんな
顔をするかな…?」
「楽しみだね。」と
笑いながら、
少年はいつまでも樹に
寄り添っているのだった。
---続