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ワンダー・ドリーム ~虹の鍵~  作者: 夜駒 柊
一、異世界【ワンダー・ドリーム】
6/6

余興と警告

 タツは殺人鬼を凝視していた。


「タツ君?」


 アリスが声を掛けると同時に、タツが走り出した。


「おい! 何を――」


 リュウが思わず声を上げる。

 タツはセイと殺人鬼がいる方向へ一気に走って行った。

 殺人鬼が気付いて斧を持ち上げた時には、タツは二人の元へ辿り着いていた。

 攻撃されるよりも速く、タツが殺人鬼へと飛びかかる。

 同時に、解放されたセイがアリスたちの方へと駆け寄ってきた。


「大丈夫?」


 ユリが声を掛けると、セイは頷いた。大丈夫らしい。


「あいつ……」


 いつの間にか戻ってきたテツの声に、その場にいた全員がハッとして振り向くと、タツは殺人鬼の上に馬乗りになっていた。


「大丈夫か!?」


 リュウが声を掛けながら近付く。

 タツはそれには答えず、


「やっぱり……」


 と呟くと、いきなり殺人鬼の被っている牛の頭に手を掛けた。


「え、ちょっと」


 そんなことしていいの?

 とアリスが言おうとしたが、その前にタツが被り物を取ってしまった。

 中から現れたその顔は――。


「あ」

「え?」

「は?」

「嘘だろ……」

「てめぇ――」


 呆気に取られた五人が口々に言い、最後に代表するようにテツが叫んだ。


「一体なんの真似だ!!」

「特に意味はないんだけどね」


 ()はそう言うと、何を考えているのかわからない例の笑みを浮かべた。


「ところでさ、重いから早くどいてくれる?」

「あ、ごめん」


 言われてタツは素直に体を移動させた。


「こいつなんかに謝る必要ないだろ」


 テツはタツに向かって言った。


「悪いのはこいつなんだからな」

「こいつこいつって言わないでよ」

「てめぇは『こいつ』で十分だ」

「……それで?」


 二人の言い合いをユリが止めた。

 冷静な彼女もさすがに頭にきたらしい。

 奇妙な威圧感に、全員動けなくなった。


「理由を、説明してくれるかしら? ()()

「理由も特にないよ」


 彼――タクは持っていた斧を支えに立ち上がった。


「強いて言えば余興みたいなものかな」

「余興だぁ?」

「そう」

「何だそれ」

「うーん」


 タクは少し考え込んだ。


「むりやり言い換えるとすれば、君たちを試したってことになるかな」

「試した……って」

「僕の言葉を信じたかどうかってことだね」

「……」


 全員が何とも言えない顔をした。


「でもこれでみんな信じたよね?」

「自作自演してまで信じさせてどうする」

「必要だからさ」

「どんな必要があったんだ」

「『あった』んじゃない、これから『ある』んだ」


 不意に、タクは真剣な顔付きになった。


「『殺人鬼』が出るのは本当だよ。ただ、他の部分は少し違う」


 地面に落ちていた牛の被り物を拾い上げて、タクは全員に示した。


「一つ目は牛の頭じゃなく、猫の頭だってこと。二つ目は、夜中に襲われるんじゃなくて明け方、日が昇る直前に襲われること。三つ目は、凶器が斧じゃないってこと」

「斧じゃないなら何だ?」

「わからない」

「……わからない?」


 ユリが眉をひそめる。


「今までの被害者は、誰一人として傷がなかった」

「だったら襲われたなんてこともわからないじゃない」

「目撃者がいるんだよ。猫の被り物をした人物が被害者に襲いかかるところをね。……でも」

「でも?」

「目撃者は全員その数日後に襲われている。助かった人数はゼロ」

「……」


 誰かが息を呑む音が聞こえた。


「どこから現れるかわからない、誰を襲うかわからない。そして凶器も不明。連続して人を襲うかと思えば数日の間を空けることもある。……僕たちはその『殺人鬼』を別の名前で呼んでるんだ」


 タクは言った。


「『チェシャ猫』ってね。神出鬼没な辺りがピッタリだと思わない?」

「何でそんなに気楽そうに言うんですか」


『殺人鬼』に襲われたセイが、変なものを見るような目つきでタクに向かって言った。


「もしかしたら、あなただって襲われるかもしれないんですよね?」

「そのときはそのときさ。人間、いつかは死ぬんだから」


『――いつかは、誰だって死ぬんだよ』


「あるのは早いか遅いかって違いだけだよ」


 アリスの耳に、タクと誰かのセリフが重なって聞こえた。


「まあ、この世界の人間は消えるだけで本体である現実の肉体には影響がないんだけどね」

「……もしも、ここで僕たちが死んだらどうなるの?」


 タツがポツリと言った。


「どうだろうね。君たちの場合だったら、一生本体が植物状態とかかもね」


 タクは何でもないことのようにさらりと告げた。


「タクの場合は?」

「僕? どうだろうね。似たようなものじゃない?」


 自分のことであっても、タクはあまり関心がないらしい。


「さ、話はここまで。今度こそ眠らないと、朝に清々しく目覚められないよ?」

「誰が人の眠りを妨げたと思ってんだ」

「え、寝てたの? 思ったより神経太いんだねえ」

「やかましい」


 テツはタクに殴りかかったが、あっさりとかわされ、不服そうにそのまま背を向けて家へ歩いて行ってしまった。


「……なんか、一気に疲れが出てきた気がするわ……」


 ため息とともに呟くと、、ユリも家へ向かった。


「……僕も、帰ります」

「じゃあ僕も」

「俺も」


 セイ、タツ、リュウの三人も帰って行ったが、アリスはその場に残っていた。


「アリスちゃんは行かないの?」

「行きますよ。でも、一つあなたに質問がありまして」

「なんだい?」

「ユリさんが、あなたは私たちのことを知っている、みたいなことを言ってましたよね」

「え? ……あぁ、そういえばそんなこと言ってたっけ」


 何か別の質問が来ることを考えていたのか、少し驚いたような顔をしてタクは頷いた。


「だから、その時言ったでしょ? 記憶を取り戻せばわかる、って」

「と言うことは、私たちがあなたのことを知っている、ということにもなるんですね?」

「……かも、しれないね」


 タクはアリスの質問に、薄く笑みを浮かべて言った。


「ただの通りすがりの人間だったかも知れないよ? ……でも、何で急にそんなことを聞いたんだい?」

「確かめたかっただけですよ。じゃあ、おやすみなさい」


 そう言って背を向けたアリスをタクはそのまま見送った。


「……確かめたかった、ねぇ。一体何を確かめたかったんだか」


 アリスの姿が見えなくなった後、そう呟いてタクは歩き出した。


 ――第一日目は、こうして終わった。

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