名前と料理
色白美人は『ユリ』。
短髪青年は『テツ』。
眼鏡少年は『セイ』。
茶髪少年は『リュウ』。
黒シャツの少年は『タツ』。
そして最後にアリスの名前をタクは告げた。
「暫定的な渾名みたいなものだけどね。とりあえず、記憶が戻るまではその名前で我慢してね」
ということだったが。
「……もしかして、私たち全員の本名を知っているの?」
そう、ユリが呟いた。
「あなたと私たちに何らかの関係があって、それが原因でこの世界に来ることになった、とか」
「当たらずとも遠からず、かな。ちゃんと知りたかったら記憶を取り戻すことだね」
はぐらかすようにタクは言った。
「でも、まずは自分の置かれている状況を把握することが先決だと思わない?」
「状況を把握、だぁ?」
テツがタクを睨みつけたが、タクは動ずることなく頷いた。
「そう。ここ『ワンダー・ドリーム』はどんな世界なのか、そしてどんな人がいるのか、君たちはこれから何をしなければいけないのか。この三つが今僕が説明できることかな」
「三番目はともかく、残りの二つは聞いても意味がないと思うんですが」
そう言うセイをタクは見据え、
「意味はあるよ」
と、今までとは打って変わった真剣な表情で言った。
「まあ、料理でも食べながら聞いてよ」
タクは元の調子に戻ると箸を手に取り、空いていた皿に料理を盛っていったが、他は誰も手をつけようとしない。
「あのさあ、別に毒とか入ってないよ? 味も普通だし。それにお腹空いたままにしてるから思考が鈍ったりイライラしたりするんだよ?」
「いやイライラの原因はお前だよ」
リュウが思わず突っ込んだ横で、タクの説明に動かされたのかタツがフォークを握り、ぎこちない仕草で料理を口にした。
………………。
「おいしい」
固唾を飲んで見守る中、タツが目を丸くした。
それを見て、他の面々も箸を手に取る。
「……毒味?」
ボソリとセイが呟いたが無視された。
全員が食べ始めてから少しして、
「タツ君は美味しいと言ったけれど、みんなはこの料理、どう思う?」
「? いや、普通に美味いけど」
意味が分からずもリュウは答える。
「じゃあ、君たちはこの料理がちゃんと実在していると感じているわけだ」
「……?」
全員が理解出来ずにタクを見た。
「たとえこれが夢だったとしても、君たちが目覚めるまでは現実であり続ける。君たちが、というより君たちの中にある『感覚』が、この世界を現実として認識しているから」
タツを除き全員の箸の動きが止まる。
「目の前にあるものは触れるし、この料理も味わえる。殴られたりすれば痛みを感じるし、最悪、死ぬことだってあり得ない訳じゃない」
アリスは、大蛇に襲われたことを思い出した。
あの場所でタクに助けられなければ、現実でも死んでいたということだろうか。
「まあ、創作の世界ではよくある設定だけどね」
と、タクはどうと言うこともないように告げるが。
「この世界は夢と現実の狭間にある。無意識にでも夢だと認識しているのなら、死んだとしても現実でちゃんと目が覚める。目が覚めたらそこで夢は終わる」
夢だと認識しているのなら。
ならば、今の自分たちのこの状況は。
「この世界が夢だと認識している人は、みんなキィちゃんのように動物の被り物をしているんだ」
「じゃあ、お前が被り物をしてないのはこちら側の人間だからだとでも言うつもりか」
テツが胡散臭げに言うが。
「半分当たりで半分外れ、ってとこかな? 君たち同様この状態でこの世界にいるのは確かに巻き込まれたからだけど、僕自身の記憶はあるし、どうして巻き込まれたのかもなんとなく分かってる」
「じゃああなたが巻き込まれた原因と、僕たちの巻き込まれた原因は違うということですか?」
「うーん……少なくとも呼ばれた理由は違うだろうね」
セイの疑問に、タクは全員の顔を見回して答えた。
「……結局お前も何も分かってねえじゃん」
リュウが呟く。
「失礼な。理由が分からないのと原因が分からないのとは全然違うよ」
拗ねたようにタクは口を尖らせた。
「せっかくこれからこの世界から出る方法を教えてあげようとしたのに……。そんなに僕の話を疑うなら信じなくてもいいけどさ、ちゃんと聞いてくれないと君たちは記憶を取り戻すことも、現実の世界に戻ることもできないよ」
「つか戻る方法を知ってる時点で怪しいんだけど」
忠告にもめげずにリュウは言う。
「そもそも何でそんなことを俺たちに説明するんだ?」
「? 何で、って?」
「いくら俺たちが記憶を失っているからっつっても、何でお前は俺たちを助ける必要がある? しかも帰る方法が分かってるなら自分だけ帰ることもできるだろ。何でわざわざ他人に教えようとする?」
「いやあ僕って困っている人を見捨てられないからー」
「嘘つけ」
「本当なのになあ……」
「それで」
リュウとタクの言い合いに、不機嫌そうにテツが口を挟んだ。
「信じる信じないはどうでもいいが、帰る方法があるなら早く言え」
ふむ、とタクはテツを見て少し考える素振りをすると、「まあいいか」と呟いた。
「この世界から出るには『鍵』が必要なんだけどね」
「鍵、ですか?」
セイが聞き返す。
「そう。──君たちが無意識に隠した、現実に帰るための『鍵』がこの世界のどこかにある。君たちはそれを自分で取り戻さなければいけない」
「……私たちは巻き込まれたんじゃなかったの?」
「どちらかというと、巻き込まれたからこそ『鍵』を隠すことになったというのが正しいかな」
ユリの疑問にタクは答え。
「巻き込まれた原因があり、それぞれ理由があって現実に帰りたくない。帰れない。だから『鍵』を手放した」
そして全員の顔を見た。
「たぶん記憶も『鍵』と共にある。でも手放したいほどの現実を取り戻す覚悟が、君たちにはある?」
誰もが無言になった。
「まあ、いきなり言われても困るだろうし、話の続きは明日にして、今日はひとまずゆっくりするといいよ。焦った所で何かが変わる訳でもないしねー。」
話を終わらせるためか、両手をパン、と合わせてタクは言った。
「部屋は二階にあるから案内するね。あと……」
何故かタクはそこで言葉を切った。
「……あと何だよ。もったいぶらないでさっさと言えよ」
そう言うリュウの顔を見つめると、
「じゃあ言うけど」
と一拍置いて。
「『殺人鬼』が出るから、あまり一人で外出するのはオススメしないかな」
と告げた。
「……冗談だろ?」
「だと思うなら、今からでも外に出て散歩してくるといいよ。ただ、たとえ殺人鬼と会わなくても、この森には危険な生き物がたくさんいるからね。アリスちゃんも襲われたし」
その言葉にアリスはこくこくと頷いた。
凄惨な姿を思い出したのであろう、他のメンバーが顔を引きつらせる。
「生きていたければ、僕の忠告を素直に聞くことだね。……どうするかは君たち次第だけど」
そう言うタクの顔は真面目な状態から一転してニヤニヤとしたものに変わり、本当か嘘か判断がつかなかった。




