廊下。
あの授業に遅れて、女性の体育教師にこっぴどく叱られたのだけど。
私といえばどこか子供の頃に手を組んでした悪戯のように二人揃って怒られる様を少し楽しんでもいた。
隣にいるアユミもきっと――
* *
体育という授業はよいものだと私は思う。
さっきと言っていることが違うじゃないと言われてしまうのは当たり前なのだけど。
理由は二つある。
まず一つに器械運動だとマット使用や飛び箱の数の都合上休める時間が多いこと。
そうしてもう一つは、体育座りをしながら私は必然的にアユミの前転姿を見れることにある。
その時に覗くこれでもかと言わんばかりの白い肌と適度に締まったお腹や優美に反る背中がチラリと見える。
本当にそれらは綺麗で見惚れてしまい、いつまでも見ていたくなってしまう。
……変な意味は含んでいないわ! それは断言できるもの、そう。とにかく綺麗なんだから。
体育と言う授業はわるいものだと私は思う。
数分前の言動にも責任が持てないのかと言われてしまうのは当たり前なのだけど。
理由は二つある。
まずは一つに器械運動だと言う程体の柔らかくない私はどうにも上手く転がることが出来ないこと。
体は軽いのと平衡感覚はそれなりにあるので倒立は容易なのだけど、どうにも真っすぐ転がるのが難しい。
もう一つは跳び箱のことで――それは以前に話したように走るのが得意でなく、ぶつかったら痛そうなので嫌い。
アユミの姿を眺めていたり、体育座りで待っている時間こそ良いのだけど。
いざ順番が来ると鬱になってくる。あー、やりたくないなあと思ってしまう。
それでも私は体育館の隅で一部談笑する女子グループのようにサボタージュするつもりはない。
自分は変なところ堅物だから、アユミにも「ミコトちゃんは真面目だよねっ!」
と全く悪意のない笑顔でそう言ってくれた。真面目で、いいのかな……これは。
ちなみに私が真面目なら、アユミはとっても優しい。それは譲れないわ。例えば、以前こんなことが――
* *
今日は昼食を持ってきていないので購買で買うパンで済ませる。
そう思って紙袋にパンを入れた教室までの帰り道なのだけど。
「――さん」
私の名字をどこか声のトーンの低く弱弱しい声で呼んだ。
聞き覚えは有り、確か世界史の女性教師でお世辞にも聞きとりやすいとはいえない声で私たちのクラスで授業をしているその人だ。
「はい、――先生なんでしょう?」
私は右手にパンを持ったままでそう受け答えをする。
「次の授業で使うプリントを持ってきたいので手伝ってほしいのだけど……お昼はまだよね」
遠まわしに教師はやってほしいと思っているらしい。言う程私は断れる性格でもないので。
「えーと……とりあえずこれを置いて来ていいですか?」
「え、よろしいの?」
「はい、五分ほどで……職員室でいいですよね?」
「ええ、よろしくお願いするわ。私の机は――」
ということで引き受けてしまった。
「ミコトちゃんおっかえりー」
なんとも可愛らしく活発な笑顔で出迎えてくれるアユミに少し癒されるけども。
残念なことに今買ってきたばかりのお昼を置いて身を翻さないといけない。
「ああ、アユミ悪いのだけど――」
既に机を二つ背中合わせにしてお昼スペースを確保していて、アユミは今日はお弁当。
私はお昼ご飯を買ってくるからと待たせた上に、これでは昼休みが終わるほどにもなってしまうので。
アユミと食べるランチタイムが非常に惜しいのだけど……引き受けてしまった以上仕方ない。
「ちょっと頼まれごとをされたから、さきに食べててくれる?」
「え、ミコトちゃん何か頼まれたの?」
「ええ、世界史の――先生に次の授業で使うプリントを持っていくのを手伝って、って」
「先生じゃ持ちきれないほどのプリント……多そうだね」
あの世界史教師は板書よりも予め授業の内容が印刷されたプリントで授業をする。授業がプリントに追いつく頃にそうしてまた配る。
大体はクラスの男子に頼んだり、先生一人で持って来れる量なのだけど……今回は勝手が違うのかもしれない。
「よし、ミコトちゃん! 私も行くっ」
「え」
思わぬ提案に声を漏らした。
「でも、これは私に頼んだことで」
「ううん、ミコトちゃんだけに運ばせられないよ」
「でも……アユミはお昼――」
「ミコトちゃんも食べれてないでしょ? さっさとやっちゃおう! ね?」
「え、ええ……」
半ば押し切るような形でアユミが手伝ってくれることになった。
「多かったね」
「……そうね」
職員室で待ち構えていたのは大量のプリント。クラス全員に配るとしても十数枚はくだらない量だった。
残った量も膨大だったのだけども「昼休み使わせてしまったごめんなさいね。他はあとで持って行くから」と女性教師は言ってそのほぼ半分を私たちに持たせた。
「アユミは本当に良かったの?」
「なにが?」
「このままじゃお昼食べそこなうわよ? いいの?」
私はそう聞いた。私が購買だった為に待たせて、更に今は手伝って貰う上にこのままでは授業が始まる。
「いいの」
きっぱりとそう言い放ったアユミは続けて。
「ミコトちゃんとお昼じゃないと、やだ」
「やだって……」
「それに、これならミコトちゃんと話せるからね」
と言って微かな笑みを向けてくれた。
そんな彼女の優しさが私は嬉しくて仕方なかった。プリントを持っていなければ抱き締めていたかもしれない。
……抱擁グセはないのだけど、それは仕方ないことよね。
「アユミは優しいのね」
「そんなことないよ。でも私は真面目なミコトちゃんのそんなところ――好きだよ?」
そうして隣であははとアユミは笑う。
私は照れで顔を少し俯かせながらも、他愛のない会話をしながら教室へと戻っていった。
これはまだアユミから私が告白を受ける少し前のこと。