更衣室。
今日は体育の授業がある日だ。
この学校では男女共同ではなく男女に競技が分かれて体育の授業がある。
例えば陸上競技・器械運動が最近の授業種目だとすると、私たち女子が器械運動を体育館でしていると男子はグラウンドで陸上競技となる。
そして今日は体育館での器械運動で、内心は埃っぽいグラウンドよりは体育館がマシなので良かったと胸をなでおろしている。
更衣は男子は教室、女子は専用の更衣室で着替える為に体育授業前は各手荷物を持って移動することになっている。
――と、まあ説明が済んだところで今の私はというと。
「ミコトちゃんの胸は揉み心地が良くて困るよね……本当に大きくてやわらかくて……なんでかな、どうしてかな」
「や、やめて、アユミってば……ぁ」
無表情になりながらも手だけは動かしてアユミは私の胸を……ああ、だめっ。
* *
「……篠文さんってスタイルいいですよね、羨ましいです」
「姫城さんが言いますか、それを! それにどれぐらいあるんですか、その胸は!」
「いえきっと篠文さんぐらいがきっと――」
「ほほう、これはCと見た」
「な、なんで分かるの愛坂さん!」
「金沢さん、着替えながら本を読むのって器用ね」
「違うわ。本を読みながら着替えているの……あくまでついで」
クラスの半分を占める女子が二クラス分対応出来るであろうこの更衣室は教室の六割ほどの広さを誇っている。
……そうして各それぞれ女の子だけの空間なのもあって女子トークが繰り広げられている。
もちろん私も例外ではなく。
「ねー、ミコトちゃん。器械運動だとどっちが好き?」
「飛び箱とマット運動のこと? そうね……選ぶとしたらマット運動かしら」
私は体育が基本的に好きじゃない……なぜなら汗をかいてしまうから!
汗っかきという訳ではないけども、やっぱり汗をかくのは気持ちが悪い。
運動部に所属する田井中さん(陸上部に入ったボーイッシュな同級生)は汗をかくのは気持ちいいと言っていたけども、私には分からない。
飛び箱は助走の時は走るし、なんか跳ぶのに失敗したらイタそうだし……うーん飛び箱はあまり好きじゃない。
「私は飛び箱かな? だってぴょんと跳ねるのが面白くて」
……アユミの前世って兎だったりするのかしら。いつも隣で可愛らしい笑顔を浮かべて跳ねているイメージがある。
兎って寂しくなると死んでしまうのだっけ……
「……アユミを寂しくさせないようにしなくちゃ」
「ミコトちゃん? なんて言ったのか分からないけど、私はミコトちゃんと一緒なら寂しくないよ」
か、かわいいいいいいいいいいいいいいいいい!
そして嬉しいいいいいいいいいいいいいいいい!
内心はかなりに身悶えてるのだけど表情に出ていないかしら!?
あー、もうなんでこの子は可愛いのかしら! 可愛さ余って可愛さ倍増ね!
いつまでも内心で身悶えていてもしかたないので私は体操服に着替え始める。
白いTシャツに高校のロゴが入っているものが上で、下が紺色の膝上数センチのハーフパンツ。
他の学校と比べたことは無いけれども、母曰く昔はこの学校も股で生地が切れて下着のようだったらしいけど……信じられない。
上下とも化学繊維なのか風通しが良いのは個人的に幸いだった。ちなみに男子も同じ格好で統一されている。
「みーこーとーちゃーん」
「っ! アユミっ、驚かさないでよ」
周りを鬼火に囲まれて、そこだけが異様に暗くなったように錯覚するほどに表情の暗いアユミが私を覗きこんでいた。
「ミコトちゃん」
「な、なに?」
すると私の胸辺りと自分の胸辺りを交互に見始めたかと思えば深いため息をつくアユミ。
少し心配性の自覚もある私は、その挙動が気になってしまう。
「アユミ? もしかして具合わるかったりする? 体調悪かったら保健室に――ひっ」
言いかけたところで気付くと下着姿の私の胸にアユミの手が触れていた。
「……沈んだ」
「え?」
「ミコトちゃんの胸にしーずーんーだー!」
「何が!?」
私は訳が分からない……アユミは可愛いのだけど、時折良く分からない行動をするのよね。
「胸だよ……ミコトちゃんの胸の大きさだよ!」
私の胸の大きさ? それが一体……?
「え、と……ええ?」
「……小学校の頃は変わらなかったのに、中学校の二年ぐらいからさ……さらっと超えてさ、それで――」
「それで?」
そう聞いてしまったのがトドメだったらしく、目を光らせて言い放った。
「今は立派なおっぱいだよ!」
「い、いきなり何を言うの!」
アユミが”おっぱい”という発言をいきなり言ったのにも驚いたけども、何をそんなに怒っているのかが分からない。
胸は胸でしょう?
「立派って……そんな変わらないものじゃない」
「カワラナイ?」
私は気付かずに地雷を踏んでいるようで。
「それに私はそれほど大きく――」
「私からみたら十分に大きいよ!」
……そういえば思いだして来た。アユミは時折大きな胸を持つ生徒を見て「……萎めばいいのに」と声を低くしながら暗い表情で物騒な事を呟いていたのを思い出す。
そういえば彼女のコンプレックスの一つだった気がするわ。それならばフォローしないと。
「大きいってのはそれほど良いことじゃないわ……重いし、肩はこるし、変な目で見られたりするのよ?」
「変な目でみられたい!」
「他のデメリットよりもそこに食いつくのはどうかしら!?」
「それに……」
「それ、に?」
「それは持っている人だけが言う台詞だよ!」
彼女は至極まっとうな事を言った。
「……ええ、まあ。それは実経験だもの」
「そうだよね。どうせ私は貧乳だからね……そんな経験しようがないもん」
「だから言っているじゃない、それほど良い物でもないって――」
「ええーい! このおっぱいが言うのかぁー!」
アユミは触れていたままの手を開いて私の胸を思い切り包みこんだ――
「手の平に収まらない……っ!」
「大きくなるだけで下着も合わなくなるし、いいことなんて……ぁ」
私はつい一揉みされただけで声が出てしまう。
「……柔らかいなあ、温かいなあ……羨ましいなあ」
「ちょっとアユミっ……やめ、てって……ぁあ」
……冒頭に戻――ひゃぁっ!?
「うにゅああああああああ」
「やめ、あぁ」
鬼気迫る勢いで私の胸を揉みしだくアユミ……ああ、駄目だってば! 私って鋭敏だから、あぁ!
「でもなんでかな……揉んでいると優しい気分になってくる……」
「優しいなら……揉むのを止め……てぇ」
すると揉みし抱く手を止めて、下着姿の私に寄り掛かった。
「あったかい……きっとミコトちゃんだから、なのかな」
子供のように私の胸に埋もれるアユミがいて。つい私は手がその小さな頭に伸びてしまう。
抱き締めるように、優しく。
「アユミ……」
「ミコトちゃん……ずっとこうしてていい?」
それは魅力的な提案だった。でも――
「だめ。もう皆行っちゃってるから……だめ」
気付くと他の女子はとっくに着替え終わって体育館へと向かっていた。
いくらなんでも一年生の春から授業をサボっては駄目な気がする。
「……そうだよね」
そうして私の胸から離れると寂しそうにしながらも笑顔で言う。
「着替えちゃおっか、ミコトちゃんっ」
「ええ……あっ」
下を履いてTシャツを着ている直後に授業の予鈴のチャイムが鳴る。
「アユミ、急いで!」
「う、うん!」
……授業に間に合う為に走っていると思うとサボっても良かったようにも思えてきた。
アユミを抱いていると優しい気分になれて、少し名残惜しい。
それを言うと今からでもアユミは授業を呆けそうなので言わないでおく。
さっきまでの暗い表情は何処か、抱かれた後のアユミは笑顔がこぼれていた。
私もこの時はきっと微笑めていたのだと思う――たった少しのアユミとの触れあいでも私の心は温かく満たされていた。