ふたりで。
アユミが耳元で言った言葉に、私はとにかく動揺した。
「っ!?」
彼女はこう言ったのだ。
『キスしてみたい』
通学路の、いつも通りの、アユミと一緒に通学路を歩いていた時のこと。
いつもなら、そんなふとした会話をしているだけで学校に着いていたはずだったのに。
何かの聞き間違いかもしれない、ならば取り乱すのも恥ずかしい。
私は平静を装って聞き返した。
「ええと……アユミ?」
「ミコトちゃんとぼけちゃってー、私が寝ている時にキスしたでしょー」
「っ! そ、そうだけど!」
確かにキスはしたけれど、というかあの時の私はつい雰囲気に流されて。
いやそうじゃない、そんなことない!
愛しいと思ったからキスしたわけであって、ああ、その、ええと。
「眠り姫は王子様のキスで目覚めたんだよ?」
唇に指を当てて、瞳には強い意志を持って、小悪魔のように妖艶に微笑むアユミに私はゾクっとした。
けれど、彼女にある種の拒絶してしまったのか、あまりにも魅力的だったからゾクっとしたのかが分からない。
それでも、心臓の鼓動が早い。
顔が熱くなっている、きっと私の顔は真っ赤なのかもしれない。
「なんてねー」
アユミはいつも明るい笑顔に戻る、さっきの小悪魔アユミが嘘だったかのようで。
「か、勝手にしてゴメンなさい」
「謝らないで! ……ミコトちゃんのキスで目を覚ませたことが嬉しかったんだから」
アユミの顔もまた紅潮している。
通学路で二人頬を赤くして見つめ合うなんて、私たち変だ。
そろそろまた歩きはじめようか、と言いかけたところだった。
「そして、今度は私から」
「ア、アユミから!?」
さっきの話は続いていた。
そうして、また――
「今度は唇と唇で」
今度は私の唇に、アユミは指をあててきた。
そしてまた小悪魔のような表情で。
その顔は、その顔に私は弱くて――
「じゃあ、行こっか!」
「そ、そうね」
一瞬のうちに元へと戻るアユミ、調子が狂わせられる。
通学路を歩きはじめた、またふとした会話をしていた気がするけれど、常時ぼーっとしていたので覚えていない。
「…………」
朝の通学路での出来事のせいで、授業中も頭に何も入らなかった。
私、どうしちゃったのかしら。
そういえばアユミに告白される直前に、キスの味はどんなだろうと想像したのを思い出す。
その頃から私は”キス”というものに興味があった。
今思えば告白後にアユミに舐めまわされたのよね……あれ、こっちの方が過激じゃないかしら?
そうして私はアユミの風邪のお見舞いに行ったときに、頬とはいえ彼女にキスをした。
あれからも一緒にお風呂に入ったり、それより前には……む、胸を揉まれた時もあったわね。
アユミに告白されて、私が告白するまでも。
それからも色々なことがあった。
「(そうだ)」
そうだ、今までとあまり変わらないから意識もしていなかったけれど。
私とアユミは付き合っているんだ。
女性同士は分からないけれど、よくドラマで見る付き合っている男女は。
「っ―――!」
キ、キスってあんなにえっちなことなの!?
見た時は流していたけれど、いざ私たちがするかもしれないと思うと――
「(は、恥ずかしすぎる……)」
そもそもどうすればいいのかしら!? アユミに顔を近づけて、唇を近づけて、それからそれから――
「ダメっ」
小さく小声で、私は自分の頬を両手で挟み込むようにそっとはたく。
「(こんなんじゃダメよ!)」
ずっと悶々として、ずっと悩み続けて、ずっと考え続けて。
キリがない、そうだいっそ決めてしまおう。
私はどうしたいのか、私はどうしてほしいのか。
授業がやっと頭に入り始めた一方で、私はノートあることを書き記した。
『私自身が思うこと』
ノートの余白に小さく書かれたそれを、じっくり見ながら再度書きはじめる。
『私はアユミとキスをしたい?』
YES・NOと下に選択肢を記して、私はYESと丸で囲んだ。
キスは憧れの一つだった。
私だってもう大人に近づいてるし、そういうことにも興味が沸くお年頃なわけで。
なんで言い訳みたいなこと思っているんだろう。
でも誰でもいいわけではなかった。
どうにも私を好きになってくれる男子こそ、今までにそれなりにいたけれど。
これじゃない。
こうじゃない、そうじゃない、何かが違う。
だから今までも断り続けていたし、憧れも次第に記憶の隅に追いやられていった。
でも、そうだ。
アユミに友情以上の、親友以上の感情を抱いてしまった。
彼女とならキスをしてみたい、というよりしたい。
それを今日のアユミの言葉で、その希望が憧れが息を吹き返してしまった。
いざ意識してみると唇を意識してしまう、自分のも彼女のも。
私も、
してみたい。
声に出さずに口をその言葉に動かした。
結局昼休みを迎えるまで、キスと言う言葉が脳内をぐるぐるとまわり続けていた。
昼休み、いつもの授業と授業の間よりも長い時間が設けられている。
それは昼食の時間も兼ねているからで、実はそれほど余裕があるわけじゃなかったり。
「ミコトちゃんお昼にしよー」
可愛らしいハート模様の描かれた巾着袋に入った弁当箱を持って、私の机の前へとやってきた。
「え、ええ」
そういえば休み時間の間はいつも、僅かな時間でも話をしたり、一緒に復習などをしていたのだけれど。
『ミコトちゃんお話しよー』
『ッ!』
最初の休み時間はそれはもう、意識してしまって仕方なかった。
ついアユミの唇に視線が吸い込まれて――はっとして目を背ける。
『? どうしたの』
『な、なんでもないわ。それでどんな話をしようかしら?』
『そうそう! 実はね――』
どうにも不意を突かれるのが私は弱いようで、それは前から変わっていない。
かっこわるいなあ、私。
流石に休み時間の二回目はしっかりと構えていたから大丈夫だったけれど。
アユミに変に思われていないかしら……?
「あ、ごめん。今日水筒忘れてきちゃった。ちょっと飲み物買ってくるね、先に食べてていいよー」
「私も行こうかしら? 自販機よね」
「えー、でもアユミちゃん水筒あるよね?」
「気分の問題よ、行きましょう」
本当は特に飲むつもりはなかったのだけれど……別に寂しいわけじゃないのよ!
だって先に食べたらあーんが――
あーん?
冷静に考えてみれば、いつしか弁当を食べ始めて以来、普通にそれをしていた気がする。
おかずの交換会、間接キス。
キス。
「っ……」
「ミコトちゃん大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」
「大丈夫よ! 大丈夫……」
私はどうかしている、熱にうかされている。
今の私はちょっと変だ。
でも、どうすればもとに戻るのかしら?
教室を出て、一人胸に手を当てるとトクトクと自分の心臓の鼓動を感じる。
朝からドキドキしっぱなしだ。
アユミは通学路に言ったこと意外、いつも通りなのに……。
二人喧噪の中の廊下を歩いて行く。
これから昼食だと食堂への移動や、外で食べようとするグループや、私たちと同じように自販機などの購買に行くもの。
でも、ここで疑問が生まれた。
喧騒から遠ざかりつつあった、明らかに自販機などがある方向からは逸れつつあった。
けれど、前を歩くアユミは「一緒に来て」と笑顔で時々振り返りながら進む。
ふとした拍子に見た教室札は”準備室八”だった。
そう、いつの間にか新部室棟へとさしかかっていた。
どおりで人も少なっているわけで、すれ違う人たちも部室で部員同士で昼食兼ミーティングをする人ぐらいで。
それもしばらくするといなくなった、廊下を私たちの靴の音だけが響いた。
「ア、アユミ! どこへいくの?」
「こっちだよ」
すると、アユミに手を掴まれる。
そのままぐいぐいと引っ張られた、教室と教室の間にある階段への通路への角を曲がり――
「ミコトちゃん――」
まるでダンスのように、アユミはくるりと回って私の対面に。
そして、
「ん……っっ――!?」
私の顔に、彼女の顔が近づいたと思うと、
触れた。
私の唇に、彼女の唇が。
呆気にとられて数秒の間は唇同士が触れ合っていた。
甘い味、とても柔らかいものに口を押し付けているようで、心地よい。
そこではっとなり、アユミの両肩を掴んで引き離した。
「ん……?」
「はぁ……はぁはぁ……アユミ? どう……したの?」
心臓ははち切れそうで、体は茹だつぐらいに熱くて。
おかしいよ、でも嫌じゃないのが怖いの。
「してみたかったの……それだけじゃ、ダメ……かな?」
上目遣いに、すこし不安そうな表情で。
彼女の頬もまたリンゴのように真っ赤にしていて。
アユミも私と同じように、ドキドキしてるのよね。
それが何故か嬉しかった。
突然のことに判断能力が欠如している、本来ならこれは異常なことで、だって女の子同士だし、本当ならこんなことしないわ、ああでも私たち付き合っている時点で異常だった。
自分のいつからかの憧れ、私にとっての夢がかなった。
最愛の相手で、望むべき人と。
それが嬉しかった。
私の僅かに残っていた抵抗も、拒絶もまた、理性も崩れ去っていくのに時間を要しなかった。
してみたい。
私もしてみたい。
私からしてみたい。
「アユミ……大好きよ」
アユミの頬をそっと両手で覆って、二人同じ瞳を閉じる。
それからは、触れ合い続けた。
なんて気持ちいい、なんて心地いいのかしら。
くすぐったくて、体も熱くてしかたないのに、心臓の鼓動の速さもこわいぐらいなのに、好きという感情が体中を駆け抜ける。
すべてが無に帰る、気持ちよさと愛しさですべてが塗り替えられる。
堕ちるしかなかった。
「はぁ……ミコトちゃん……激しい」
「はぁはぁ……アユミが先……でしょう」
二人息を荒くして、上気した頬とうるんだ瞳で見つめ合っていた。
あまりにも気持ち良かったから、夢中になっていて息をするのも忘れていた。
苦しいけれど、やめられなくて、アユミもまたやめることはなくて。
二人同時に疲れて離れ、今は廊下に二人体育座り座り込んでいた。
そして、少しずつ落ち着いた時にアユミが切りだした。
「夢……叶っちゃった」
「それは……キスのこと?」
「うん、そうだね」
アユミはぱっと笑う、それが可愛い、愛しくて仕方なかった。
「私と同じね」
「それって――」
「私もいつかキスしたかったの……もちろん、アユミとね」
「そっか……そうなんだ! ありがとうっ! ミコトちゃん!」
心の底から嬉しそうに笑うアユミを見ていると、私も本当に嬉しくなる。
「ねえ……ミコトちゃんどうだった?」
「どう……って?」
「それは、その……」
真っ赤になっていた、アユミも今冷静になって恥ずかしいのだろうか。
こんなアユミも愛しい。
私もその意味に気付いて、察した。
私も恥ずかしいに決まってる、だから、
「……よかった、わ」
「っ! よかった! 私もすっごくよかったよ!」
二人同じ思い、お揃いなことが分かっていて、とにかく嬉しい。
幸せだ、こんな幸せこれまでの人生ではじめてだった。
キスと言う言葉も、テレビ越しに見るキスも、ここまでドキドキ嬉しくはなかった。
「アユミだから……よかったのかも」
「っっっ! ミコトちゃああああん」
アユミから抱き着かれた、首に手をそっと回してきて、すぐそこにアユミの顔がある。
「あ……」
「……っ」
私からもう一度キス、今度は少しだけの時間でやめた。
「あはは」
「ふふ」
唇を離して、そうしてまた見つめ合い笑いあった。
* *
付き合い始めてどれぐらいが経ったのかしら。
あのキスしてからは、大きな進展はなかった。
でも、あの後から時折キスをするようになった。
朝早くにでて、通学路でそっと触れ合う程度のキス。
私の方が背が高いので、アユミが見上げるように顔を近づけて、私は少し見下ろすようにする不思議な気分で、キス。
朝の静まりかえった新部活棟まで歩いて、最初でキスした場所で、ゆっくりとキス。
放課後の教室で、夕陽を背景にあっさりとキス。
思えばあちこちで、それも何度もキスしている気がする。
バレないのが不思議ぐらいよね。
いや、バレているの? でもいいわ、周りなんてどうでもいい。
この想いに嘘を付きたくない。
そして、帰り道。
少し薄暗い道で、道の端へと、電柱の裏で隠れるように、
「ミコトちゃん……」
「……アユミ」
二人名前を呼び合って、じっくりとキス。
彼女を感じる。
アユミと繋がっている。
それが幸せだった。
「また明日ね……ミコトちゃん」
「ええ、また明日」
それは春先のこと、まだ少し冷えた空気の残る三月二十四日のこと。
終業式を終えて、成績表をもらって、春休みが過ぎると私たちは二年生を迎えようとしていた。
また来年もアユミといっしょにいれますように、彼女との絆、友情、愛情が繋がっていけますように。
私はそう願う、これもアユミとお揃いだといいのだけど。
* *
それからも私たちは進んでいく、きっと辛いこともあるかもしれない。
でも、感情は嘘は付けない。
これから考えて行こう、ふたり幸せに生きていく方法を。
私はアユミの手を握りながら、彼女に微笑んだ。
アユミからまた微笑みが返って来る。
そうして私たちは歩き出す――
※1
当作品は@ クソゲヱリミックス @のスピンオフ作品です。
世界観を共有しています
※2
これで実質的な最終回です、この後の話はこの作品の「オチ」となるものであり、現在の展開などとは異なる最終回となります。
つまり、何を言いたいかと言うと、続きを読むのをおすすめしません「蛇足」です。
この『ふたりで。』で終わりにしておくことを推奨しておきます。