衝撃。
アユミの芸術的とも言える、曲線美の作りだす体を割れ物を扱うかのようにそっと触れるようにして拭く。
時間が経つだけその柔らかで、湿タオルと汗でほんの少し濡れた感触が手に染みついてくる。いつまでもそれから手を離したくなくなる。
さっきのアユミの告白で、更に頭はかき混ぜられて――感情を押し殺して、私はアユミの体を拭き終わり、パジャマを羽織らせてボタンを締めた。
「これで良かったかしら?」
「うん……ありがとね、ミコトちゃん」
熱を帯びながらも、彼女は笑顔を忘れない。いつもよりも色っぽい表情も私に向けてくる。
「あとは、ぐっすり眠って治すのよ」
「わかった……よ、おやすみ……ミコ……トちゃん」
言葉が途切れ、アユミはベッドの布団の中ですやすやと寝息をたて始める。
「……おやすみ、アユミ」
私は部屋を出る直前で振り返り、今までとは違う目で彼女の寝顔を見つめながらそう呟いた。
「看病ありがとね、ミコトちゃん」
いえいえと手を振る。
「お礼とは言えるものじゃないけど、ヤクルト買ってきたの。貰ってくれる?」
ええ、はい。と私は、アユミのお母さんが強情なのを知って、あっさりと答えてヤクルトを受け取った。
「アユミはすぐ元気になるから、安心して!」
強い自信を持ってそう言った。きっとお母さんが言うのだから確かなのだろう。
明日学校に来てくれることを楽しみにします――そう伝えて、私は傘立てから傘を取って玄関を出る。
「ありがとねー」
玄関から手を振るアユミのお母さんに少し振り向いて手を振り、そこから少し歩いたところで立ち止まった。
「…………はぁはぁはぁ」
我慢していた。アユミにもアユミのお母さんにも見せたくない、見られたくないから。
精一杯に冷静な自分を形作った。それでも、もしかしたら変に見えたかもしれない。
私の心臓は今までのどんなこととも比べ物にならないほどの鼓動を響かせていた。
そんな胸を抑えて、傘が手を離れることも分かりつつもフラつくようにしてコンクリート塀にもたれるように体を預けて。
「……もう……どうしちゃったのよ」
嬉しかった。
幼いころ、本当に小さな頃にはしていたキスを今でも受け入れてくれたことと、私だから裸をみせてもいい、と言う言葉に。
それから私はおかしくなってしまった。彼女を直視出来ないのに、彼女の体から手を離すことはできなかった。
これじゃ、少女マンガでよくみる――恋する乙女じゃない。
だって、女同士よ? それなのに、私は――なんで?
* *
私は同性愛というのがよくわからなかった。
全ての始まりがアダムとイブのように、人が結ばれるべきなのは男性と女性。
イブとイブが繋がっても、子孫を残すことは出来ない。
だから間違っているのだと、同じ性別が愛し合うことが私は間違いだと思っていた。
例えイブとイブが知り合っても、それは友達で。親友で止まってしまう。
分かっている。それまでも分かっていた。
そしてずっとずっと親友でいれるものだと、も思っていた。
しかし、少し前に私は告白をされた――それも親友で、同じ女性で同姓のアユミに。
親友以上になろう。付き合おうと彼女は言ってきた。
でも私にはそれが分からなくて、それにアユミと私との関係が変わってしまう事が恐ろしかった。
だから、これからも友達でいよう。そう私は答えたのだ。
それで終わり。それでいつもどおりに戻れる……はずだったのに。
私はそれから意識してしまった。彼女を親友以上の何かとして、今までのありふれた行動に恥ずかしさを覚えてしまうほどに。
最後は彼女が風邪をひいて、学校にアユミはいないという事実。
それは退屈で、寂しくて。アユミがいなければ私はなにも出来ないのだと思い知った。
ついお見舞いに訪れて、彼女の生まれたままの姿をみて、言葉をくれて――
もう私のアユミの見方は、大きく変わったしまったことに気付いてしまった。
それからアユミを見る度に胸が高鳴ってしまう私は、自然と話す機会を失って行った。
こんな姿を私はみせたくなかった。断ってしまった私が見せるべきでないのと、そう思ってしまった。
いつもよりもどこか寂しそうな彼女の表情を見る度に、胸を縛られたかのように締めつけられるけれど……心の中でごめんごめんと繰り返しながらも。
そんな日々は続いていって。
そんな時に私はみてしまった。
* *
「(アユミと話したいのに……話せない)」
プライドなのか、罪悪感なのか。そんなものが私の邪魔をする。
もやもやそした気持ちはずっとずっと続いていて、晴れることはなくて。
そんな時に、見知らぬ男子がアユミに声をかけて教室から連れ出した。
「(あの男子はなんでアユミを……?)」
その時に私の足は勝手に動き出していて、後を追ってしまった。
そして二人が辿りついたのは、地下といっても普通の階層の半分ほどしかない倉庫へと続く階段の先のちょっとした空間。
薄暗い空間の中で、二人が話していて。そして、あることが聞こえてしまった。
「お、俺……アユミちゃんのことが……好きなんだ!」
廊下まで聞こえるほどの大声で、それは響き渡る。廊下を歩く他の生徒はざわざわと「また告白か?」などと節々に呟いている。
それで私といえば――崩れるように廊下に座り込んでしまった。
「(そ、そんな……アユミが告白された?)」
その衝撃に、そのショックに私は胸を刺されたかのような痛みが襲う。
「(そんな――)」
アユミはその告白に困惑する様子をみせていたのを最後に私はその場を後にした。
そのアユミの答えなど聞けずに。
もうわけがわからなくなって、私は逃げ出した。