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やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら  作者: 雨後乃筍


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7/12

高鳴る気持ち

「お邪魔しまーす」


 私は作の施術室にきていた。作の施術は30分単位で、会議室と同じように会社の予約システムで取ることができるが、本当に予約いっぱいだった。朝から晩まで毎日。


 不正防止の為、予約者名を表示しなければならないのだが、なんとなく女性が多いような感じ。これはもしかしたらライバルが多いのかも。


「絵里さん、いらっしゃい」


「作、よろしくね」


「じゃあ、早速問診させてもらいますね。どこか辛い場所ってありますか?」


 そう聞かれて、戸惑ってしまった。私の目的はマッサージではなくて、作に会いに来たんだけど…まさかそうも言えないし…


「辛い?いや、どこかな…全体的に?」


「多分仕事で目とか使うでしょうから、首とか肩とかですかね?そういう人は多いですよ」


「そう、そうだね、そう、目と首!辛いかも!」


「じゃあ、この椅子に顔をつけて座ってください」


 そこには変な形のいすがあった。背もたれの部分がドーナツみたいになっていて座りにくそう。


「これって椅子?」


「背もたれの部分に丸い穴がありますので、そこに顔を押し当ててください」


 私は言われたとおりに緑のドーナツに顔を押し当てた。不思議と安定して座れる。


「では始めますね。痛かったり弱かったら言ってください」


 作の手が私の後頭部当たりをグイグイ押してくる。同時に顔がドーナツ型のクッションに押し付けられる。なるほど、これで押されていても呼吸が楽にできるってことね。

 でもこの強さ。力強さは感じるが、不思議と痛くはない。むしろ…


「どうですか?強さ大丈夫ですか?」


「うん…ちょ…ちょうど…いい…です…」


 作に押されるたびに、心地よさが走り血が巡るのを感じる。


 何これ?マッサージってこんなに気持ちいいの?


「…ねえ…作?」


「はい」


「こない…ださ…なん…で途中で…帰っちゃった…の?お…腹痛か…った?」


「…」


 作の手が徐々に後頭部から首に下がり、首を両方から挟むように柔らかくリズミカルに揉みほぐされている。


 なんて心地良いリズム。小さい頃お母さんにトントンされてた頃を思い出す。


 次第に意識が遠くなっていった…


 …


「…絵里さん、絵里さん」


 作の自分を呼ぶ声に、ハッと目を覚ました。


 やだ、寝ちゃってた?


「あ、ごめんなさい。私寝ちゃったみたい」


 作はニコッとして


「そういう人は多いですよ。どうですか?首は」


 言われてぐるりと首を回す。まるで重さを感じられないくらい軽くなっていた。


「作、すごい軽い!まるで何もないみたい」


「何もなくなったら困りますけど、だいぶ凝ってましたからね」


「自分でも知らないうちに凝りって出るんだね」


「そうですね。慣れちゃってそれが普通になってしまいますからね。定期的にストレッチか運動をするといいですよ。後は水を飲むこと」


「水?」


「水分が少なくなると血流が悪くなりますから、おすすめは白湯ですけど」


「私いつもコーヒーだ」


「コーヒーでもいいんですけど、カフェインが入っているので、やはり水か白湯がおすすめですね」


「そっか、ありがとう!あ、そうだ。今夜とか一緒にご飯行かない?」


「今夜ですか?」


「普段晩御飯はどうしているの?彼女さんが作って待ってる」


「いえ、そんな人いませんよ。いつも1人です。一緒に食べるような人もいないので」


「じゃ決まりね。退勤時間になったらここにくるから、一緒に何か食べに行こう!」


 やった!


 私は席に戻ると、早速美咲に報告した。


(美咲、さっき作の施術受けてきたよ。すっごい気持ちよかった)


(そうなんだ。私も今度受けてみようかな)


(うん、超おすすめ。知らない間に凝ってたってわかった。後さ、今夜作と晩御飯の約束したんだけど、一緒にどう?)


(私?ううん、私は遠慮しとくわ)


(え?なんか予定あった?)


(人の恋路を邪魔するほど野暮天じゃありません)


 私は心の中を見透かされたようで、急に恥ずかしくなった


(頑張ってきなさいよ。あの人なら大丈夫そう!)


(ありがとう美咲。そう言ってもらえると安心する)


 美咲がイタズラっぽい顔をした


(可愛い下着にした?)


(ばか!そんなんじゃないって。それに作には見えないでしょ)


(それもそうか)


 私と美咲は笑いあった。こうやって明け透けな話題も美咲とだったら遠慮なく話せる。


 ◇◇◇


 終業後、作の施術室をのぞいた。


「作ー、もう終わった」


「絵里さん、はい、今片付けているところです」


「じゃ手伝うよ。それで早く行こう」


「すいません、じゃお願いします」


 私は作が持っているシーツやペーパータオルを受け取って戸棚にしまっていく。洗うものはクリーニングバッグに入れておくらしい。


「作、これいつも1人でやっているの?大変じゃない?」


「最初は大変でしたが、もう慣れました。それにクリーニングとかは業者さんがやってくれますし。さあこれで片付け終わりです」


「やった!じゃどこいく?居酒屋?」


「あまり詳しくないので絵里さんにお任せします」


「よっしゃ。じゃあ近くにある居酒屋に行こう。美味しいものが色々あるよ」


 良く行く居酒屋は、時間も早いせいか半分ぐらいの入りだった。


「さって、私はとりあえずビールかな?作はなんにする」


「僕はウーロン茶で」


「飲まないの?」


「普段からあまり飲まないんです。目が見えないので」


 そっか。私もウーロン茶にすればよかった。


「あ、でも絵里さんは気にせず飲んでください。人が飲んでいるのを聞くのは好きなので」


 飲んでいる姿を聞く、か。


「じゃ遠慮なく、すいませーん」


 作の話は面白くて飽きることはなかった。言葉の端々から子供の頃は野球少年だったこと。失明したのはある程度大きくなってからというのはわかったが、ついにその原因を聞くことはできなかった。


 お酒というのは、相手が酔っ払うか、酔い潰れても大丈夫って思う相手の前でしか進まないものだ。


 夜9時にはお開きになり、お店を出た。


「作、1人で帰れる?せめて駅まで」


「大丈夫ですよ、いつも通っている道です。それに女性に送ってもらうなんて」


「わかった、じゃあ気をつけてね」


 店の前で作とは別れて、ちょっと飲み足りない私は、美咲とたまにいくバーによってから帰ることにした。


 バーでストールに腰掛けて、早速美咲にメッセージを送った。


「美咲、終わった。作帰っていった」


「どうだった?」


「うん、すごい楽しかった。作もいい人だし」


「よかったじゃん」


「ねえ、作って子供の頃は目が見えていたみたい。ある程度大きくなってから視力障害になったぽいね」


「そうなの?」


「うん、子供の頃は野球少年だったって言ってたから。でも原因は聞けなかった」


「…本人にとって辛いことかもしれないし…無理に聞かないほうがいいよ…」


「そうだね。私ね、いつものバーにきているの。1杯だけ飲んでから帰る」


「本当に1杯だけにしときなさいよ!私そばにいないんだから」


「はーい、お姉様」


 私は運ばれてきたジントニックを眺めながら、ぼんやりと考えていた。


 作、なんで失明したんだろう。そう言えば学生時代の話とか家族の事とか話さなかったな。


<つづく>


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