この言葉を音にして
美咲は思わずライトの光に目を細めた。
軽やかな音楽がスタジオに流れ、強いライトが美咲の顔を照らし、何台もの巨大なテレビカメラが目まぐるしく動いている。
カメラの横のスタッフが、指で合図をする、三、二、一、
アナウンサーが美咲に視線を送って、滑らかに口を動かし始めた。
「TVをご覧の皆様、こんにちは。今日も『いいものハイテク発見』の時間がやってまいりました。この番組は、日本で開発された最先端の技術や便利グッズを紹介するコーナーです。今日はアトラス・テクノロジーさんから絶賛発売中の『ポケモジトーク』をご紹介します」
アナウンサーが最新型のポケモジトークを手に持った。
「この『ポケモジトーク』は、皆さんの会話を文字起こしして表示し、入力した文字をまるで人が喋っているように再生してくれる機械です」
「ちょっと人の声が聞き取りにくくなったなってことありませんか?そんな時に、この『ポケモジトーク』を使うと、聞き間違いや聞き漏らしがなくなるのです」
「今日はこの機器の企画をされた東條美咲さんにお越しいただいております。東條さんは先天性の聴覚障害者で、生まれつき耳も聞こえなければ声も出せないのですが、今日はこの『ポケモジトーク』を使って東條さんにインタビューしたいと思います」
アナウンサーが、美咲の方へ顔を向けた。
「東條さん、よろしくお願いします」
美咲が微笑みながらポケモジトークを操作する。
『東條美咲です。よろしくお願いします』
「……皆さん、聞きましたか?非常に自然な声で、まるでご本人が喋っているようですよね。これは東條さんの声なんですか?」
『違います。これはAIで作られた音声なんです。私は生まれつき耳が聞こえないので、発声自体ができず、今どんな声で話しているのかもわからない状態です』
「そうなんですね。すごい素敵な声ですよ」
『ありがとうございます。ちょっと複雑ですね。これは合成音声なので』
「ハハハ、失礼しました。最初この製品は発話機能がなかったそうですね」
『はい、最初は、声を聞き取りにくい人や、聴覚障害者向けの製品だったので、音声を文字化する機能だけだったのです』
「そこから発話機能を追加するのに、相当ご苦労されたとか」
『そうですね。開発チームにはずいぶん無理を言いました。でも私の友人で視覚障害の方がいて、この端末の文字を読むのが難しかったのです。私は自分が耳が聞こえないので、音声を文字化することしか考えていなかったのですが、目の悪い人とのコミュニケーションや、メニューなどを読み取る機能も必要だと気付かされました』
「すると、そのご友人と一緒に作ったようなものですね」
『はい、実はこの製品には私の大切な友人二人のアイデアが詰まっています。三人で作ったものですね』
「そのご友人は、同じ会社の方ですか?」
……
『はい……一人は同じ会社だったのですが、退職して今は海外で活躍しています……きっと』
『……もう一人は……同じ障害者だったのですが……やっぱり遠くに行ってしまいました』
「そうですか、その二人に何かメッセージを送るとしたら?」
『……そうですね。これは三人で作ったものなので、いつか三人で使いたいと思います』
「今日はありがとうございました。それでは最後に、視聴者へ向けてのメッセージをどうぞ」
美咲はアナウンサーに促されて、ポケモジトークを操作した。
『皆さん、『ポケモジトーク』は皆さんのコミュニケーションを助けてくれるツールです。コミュニケーションは人と人の絆を作ります。気持ちは、文字に、声に出して、初めて伝わることがあります』
美咲の指が目まぐるしく動いていた。
『私は聴覚障害者です。人の声が聞こえませんし、声を出すこともできません。それを理由にはしたくありませんが、伝えたいことが、伝えたいタイミングで伝えることができなかったことがあります。そしてそれを今でも後悔しています』
ポケモジトークから美咲をイメージした音声が流れ続ける。
『その時に伝えたいこと、それはその時でしか伝わりません。自分の気持ち、自分の心を伝える事が……』
一瞬美咲の手が止まった。何かを思い出しているように。
『……だから、声に出すこと、文字に書くことを怖がらないでください』
操作を終えた美咲は、ポケモジトークを両手で握り、ゆっくりと顔を上げる。
自然とスタジオ内から拍手が沸いた。美咲には聞こえない。だがスタジオの人全員が美咲に向かって笑顔を向けているのが見えた。自然と美咲も笑顔を向けていた。少し寂しげな笑顔を。
「ありがとうございました。東條美咲さんでした」
軽やかな音楽と共に、『ポケモジトーク』の短いCMが流れ始めた。
◇◇◇◇◇
「美咲へ、
元気ですか?
私はドバイにある会社で働いています。
あの後、幾つかの国を回った後、旅先で知り合った人の紹介で。
作は元気ですか?
もしかしたら結婚して、子供がいたりしてね。
二人ともお似合いだと思います。
許されることじゃないと思うけど、ごめんなさい。
突然二人の前から姿を消しちゃったし、作を焚きつけるような真似をして。ちょっとおせっかいだよね。
でもね、作が美咲に「好き」って言っているのを聞いて、私吹っ切れたんだ。
私ね、美咲が作のこと好きだったの知ってたの。美咲は弟みたいって言っていたけど、それは違う。美咲はいつも「心が」って言ってたけど、自分の心がわかっていないのは美咲だからね?
そして作も美咲に惹かれているの、わかってた。最初っから。あのランチの時から。もうさっさとくっついてくれればよかったのに!
二人は美男美女。本当にお似合いのカップルだと思います。だから幸せにね。
私もこっちで、イケメンの金持ちを捕まえて日本に帰るつもり。
その時、また私に会ってもいいと思ったら、
そうしたら、一緒にお酒でも飲んでください。今度は酔いつぶれないから。
絵里」
丘の上の墓地に柔らかな風が吹き抜けていった。
美咲は、絵里からの手紙を手に持ち、作のお墓の前で、涙を堪えていた。
この涙は絵里が帰ってくるまで取っておく。そして……。
あの時、伝えられなかった言葉。
作、大好きだよ、いままで生きてきた中で一番。ううん、きっと一生。
雲ひとつない透き通るような青空。丘の上の墓地にはやわらかな風が吹いていた。そしてその風がそっと美咲の髪を撫でている。
<やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら 完>




