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やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら  作者: 雨後乃筍


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特定機能と糾弾

 役員会に私は新谷さんと参加していた。

 美咲が企画した『ポケモジ』の音声機能を追加したことによる開発遅延の承認のためだった。


「今日は東條さんではないのだね?」

 議長の一言と共に滑川のニヤニヤした顔が目に入った。このクソ親父!


 私は怒りを抑えながら滑川を睨みつけた。叫びだしそうな私を新谷さんが目で制して、静かに役員全員に言った


「はい、東條さんは体調不良で休んでいますので、今日は私新谷と西原さんで説明します」


「『ポケモジ』が開発遅延だそうだが?」役員の1人が口を開いた。滑川の腰巾着だ。


 新谷がじろりとその役員を見た。


「正確には機能追加のための開発期間延長の承認依頼です、これは担当の東條のプレゼンですが、東條に代わって西原が説明します」


 私は美咲の用意していた資料をプロジェクターに投影した。これは美咲の努力の結晶。美咲が全てを犠牲にした。


「今回の機能追加は、誰にでも心を通じ合えるをコンセプトに機能追加しました。今までの『ポケモジ』は、話し手の言葉を文字にして聴覚障害者に伝えるものでしたが、実際には聴覚障害者だけではありません。視覚障害者の方もいらっしゃいます。目も見えない方に取っては『ポケモジ』で表示される言葉を読むことができず、音にして伝える必要があります」


「最大の難関はハードウェアでした。『ポケモジ』はすでに高性能のマイクを6機搭載しており、ここにスピーカーをつけるのはハードウェア的に無理があります」


「そのため、音声出力用のスピーカーは外部にすることにしました。こうすることによりポータブルスピーカーであれば聞き手のそばに置くこともできますし、イヤホンで聞くこともできる」


「そして何より重要なのは、視覚障害者の人の言葉を文字に変換して聴覚障害者に伝えることができる。そして聴覚障害者の方の文字を音声にして視覚障害者の方へ伝えることができる。誰1人介在者を置くことなく。今までは通訳の方を挟むことでコミュニケーションが可能でしたが、それは通訳の人の言葉であって本人の言葉ではありませんでした。これを使えば本人の気持ちを伝えることができます」


 私は美咲ならこう言うだろうという言葉を発した。美咲の通訳では無い。心の代弁者として。


 滑川がニヤニヤ顔を変えずに言ってきた。

「しかしねぇ、それで再度の開発遅延とはお粗末な話じゃないか。原因を作った本人に謝罪させるべきじゃないですか?ねえ皆さん?」

 滑川が誰に言うでもなく役員全員をぐるりと見渡して言った。


「東條本人はいませんが、ここにメッセージがあります。議長、承認依頼とは別ですが、重要な事項ですのでプロジェクターに投影させてください」


 そういうと新谷さんは、『ポケモジ』プロトタイプ3をテーブルの上に置いた。美咲が使っていたものだ。そして、そこからエクスポートした記録を投影した。


 画面上には見るのも悍ましい言葉が並んでいた。


「…ただどうしてもというなら考えなくもない。私から営業部を説得してみてもいい」

「…ただというわけにはいかないがね」

「こないだの役員会の時も色仕掛けをしてきたのはそっちだろう?」

「大人しくしていれば、お前の希望も叶えてやると言っているんだ」

「この体でどれだけ男を釣ってきたんだ?このすけべが」


 会議室がざわつき出した。


 新谷は滑川を睨みつけた。

「滑川さん、これは一体どういうことですか?説明してください」


 だが、滑川は涼しい顔をしていた。

「なぜ私が説明しなければならない?侮辱するのもいい加減にしろ!」


 滑川の勝ち誇ったような顔で、私たちを見ていた。たしかにこれだけでは滑川の言葉とはわからない。だが..


「滑川さん、これは美咲さんが持っていた『ポケモジ』の履歴です。ご存知かと思いますが、『ポケモジ』は所持者専用の設定が施されています。つまりこの『ポケモジ』は世界でただ一つ東條さんの持ち物です」


「そして」


 新谷が『ポケモジ』の画面を役員全員に見えるように向けた。


「『ポケモジ』には高度な話者識別機能があることはご存知ですね?」


『ポケモジ』の画面上には先程滑川が発した言葉が表示されていた。


『なぜ私が説明しなければならない?侮辱するのもいい加減にしろ!』


 新谷さんは続けた。


「『ポケモジ』では、話者の声の特徴を捉えて、過去の会話と紐付けすることができます。その特徴とは様々な感情、怒りや笑いなどで更に精度があがります。今の滑川さんの声は話者1として認識されました。これを滑川さんの名前に変更します」


 そう言うと新谷さんは、『ポケモジ』上で話者登録機能を起動し話者1を滑川に変更した。


「では、改めてプロジェクターをご覧ください」


 プロジェクター上では先程の会話が滑川として表示されていた。


「滑川さん、これであの音声はあなたが発したものだと証明されました」


 会議室が静まり返った。ただ1人滑川だけが青ざめた顔をしていた。


「こんな、こんなバカな。罠だ。これはあの女の!そうだ、AIだ!AIで合成した偽物だ!」


 新谷さんと私は滑川を睨みつけ、そして議長に視線を移した。


「滑川くん!説明したまえ!」


 議長の怒号が会議室に響き渡った。新谷さんは無言で。狼狽える滑川を睨みつけていた。

 私は勝利を確信していたが、心の重さは晴れなかった。美咲の傷ついた心はこんなことでは治せない。


 そうだ、美咲の心を治せる唯一の方法。それを私は知っている。


<つづく>


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