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やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら  作者: 雨後乃筍


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10/13

屈辱と逃走

 *この話には不快な描写が含まれます


 翌日美咲は、出社するなり資料を持って開発部に走っていった。


 私は慌てて美咲を追いかける。


 遅れて開発部に到着すると、開発主任と美咲がやり合っていた。


「そんな無茶ですよ、開発スケジュールが大幅に遅延する」


(遅延してもいい、どうしてもこの機能が必要なんです)


 美咲の資料を見ると「ポケモジ」に取消線が引いてあり、「ポケモジトーク」という新しい名前になっていた


 ポケモジトーク?


 資料を見ると、従来のポケモジは相手の話を文字起こしする機能だったが、打った文字を音声再生する機能が追加されていた。しかも自然な口調で。


「自然な口調の音声データって、どれだけメモリを食うと思っているんですか?」


(音声のタイプは一種類でいいです。その代わり、最初の設定で好みの音声を登録できるようにしてほしい)


「しかし、そうするとスピーカーまで搭載しなければ行けなくなります。ハードウェアの限界ですよ」


(Bluetoothかイヤホンジャックで外部出力すればいい)


「それにしたって、開発期間の延長と追加予算が必要です。承認が降りるわけがない」


(それは新谷さんと相談してなんとかします。とにかく見積もり予測を出して下さい)


 開発部を出た美咲は、そのまま新谷さんの机に、文字通り突撃して行った。


 どうしたのだろう?美咲らしくない。


 美咲は自席に戻ると、新谷の席に資料を持って行った。


(新谷さん、この新機能を今度の役員会で出させて下さい)


「東條さん、良い機能だと思うが、これは通らないよ」


(なんでですか?)


「こないだだってギリギリ通ったようなものだ。販売予定の遅延とコスト増。営業部がうんと言わないよ」


(でも…)


「あの滑川さんが承認すれば、彼の周りも追従するだろうが」


(滑川さんを説得します!)


 そのやりとりを横で聞いていた私は、妙な危機感を覚えた。


(美咲!何を考えているの?あの滑川が簡単に納得するわけないじゃない)


(それでもやる!これは絶対に必要な機能だから)


(音声出力って、聴覚障害者には関係ないでしょ?)


(これは作…。ううん、視覚障害者の為、障害を持った皆の為)


(作?作の為なの)


(違う、特定個人の話じゃない)


(でもあの滑川だよ?何か相当の材料が無いと)


(材料ならある。大丈夫。まかせて)


 ◇◇◇


「で、相談というのはなんだね?」


 美咲は一人で滑川に直談判に訪れていた。絵里には別件があり、散々リスケを言われたが、とにかく時間がない。


 滑川は「ちょっとここでは人の出入りが激しいから」という理由で、備品倉庫で話すことになった。


 美咲は黙って「ポケモジトーク」のプレゼン資料を差し出した。


「これは?『ポケモジ』のプレゼン資料じゃないか?いや『ポケモジトーク』?新機能?3ヶ月の遅延!?ダメだダメだ!これ以上販売予定をずらしたら、いくらの損失になると思っている?」


 美咲は拝むような仕草をする。


「だいたい、この前も機能追加で遅延とコストが上がっているんだ」


 美咲はもう一つの資料を出した。


「なんだね、これは?視覚障害者支援の取り組み?オーディブル?」


 美咲はじっと腕を組んで滑川を見ていた。滑川の視線が美咲の肢体を舐め回すようだった。


「ははぁ、そう言えば、この会社にも確か按摩の若いのがいたな。なんだそいつとできてるのか?」


 滑川はニヤニヤしながら顔を近づけてくる。生ぬるい息が美咲の顔にかかり、嫌悪感から思わず顔をしかめる。


「おまえもなかなかだな…どうしてもというなら考えなくもない。私から営業部や他の役員を説得してみてもいい」


 滑川の言葉に、美咲の顔がぱあっと明るくなる。


「…ただと言う訳には、いかないがね…」


 滑川がニヤついた顔で美咲の手を掴んできた。手に持っていたポケモジトークの試作品がこぼれ落ち、無情にも硬い床に転がっていく。


「あの兄ちゃんにもしている事を俺にもしてくれよ」


 美咲の顔が恐怖で歪んだ。


「こないだの役員会の時も色仕掛けをしてきたのはそっちだろう?」


 美咲は逃げようとするが、倉庫の出口は滑川の後ろにある。


「大人しくしていれば、お前の希望も叶えてやると言っているんだ。ハハ、どうせ声は出ないんだろう?」


 ジリジリと迫って来る滑川を、美咲はどうすることもできず、伸びてくる手を払いのけるのが精一杯だった。しかし、一方的に滑川の体が押し付けられ、手が体を這っている。


 恐怖と嫌悪感で大きな口を開けるが、出るのは乾いた呼吸音だけだった。揺れた棚から物が落ちて、床に散らばっている。


 ◇◇◇


 作は手探りで備品倉庫に向かっていた。


 施術室に使うペーパータオルが切れてしまっていた。誰かに頼むこともできたのだが、この程度でわざわざ人を呼ぶのも気が引ける。

 給湯室を抜けて、その先が備品倉庫のはずだ。作は手探りで備品倉庫のドアの点字表記を探り当てる。ドアノブに手を掛けるが、ドアが開かなかった。古いビルだから色々ボロが出ているというのを聞いたことがある。


 作はドアを何度かガチャガチャと動かした。すると中から聞き覚えのない声がする。


「誰だ?」


「施術室のものです。備品を取りにきまして」


 すると中から鍵を開ける音がして人が出てくる気配がした。ムッとした嫌な空気が流れ出てくる。


「ちっ、按摩か、いいところ邪魔しやがって」

 とその男は小さく呟いて去っていった。


 なんだ?今の男は?


 作は備品倉庫に入って、手探りでペーパータオルを探した。よく使う備品は手前の棚の上の方にある。


 作の足に何かがあたり、ガラガラと大きな音を立てた。なんだ?なにかが落ちている?

 ふと異様な気配に気づいた。かすかな気配…誰かいる?


「すいません、誰かそこにいますか?」

 作の声に反応して空気の揺れる気配がした。やはり誰かいる。


「すいません、施術室の南川です、ちょっと備品を取らせてください」

 返事はなかった。ただ僅かな衣擦れのような音がする。


「すいません、すぐ取ったらでますので」

 もう一度声をかけた。微かに呼吸音のような音が聞こえる。


 この呼吸音、聞き覚えがある?これは..


「美咲さん…ですか?」

 そう声を出した瞬間、その気配は備品室から飛び出して行った。その拍子に、作の足に備品かなにかが転がって当たる。


 かすかな残り香が作の周りに漂っていた。


<つづく>


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