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やわらかな風が吹く丘の上で待つ君に、この言葉を音にして届けられたら  作者: 雨後乃筍


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風が吹く丘で

完璧なアプリが伝え損ねたのは、たった一つの「好き」だった。


音のない世界を生きる美咲と、光のない世界を生きる作。そして二人を繋ぐ親友の絵里。

聴覚に障害を持つ美咲は、音声を文字化し「誰が話したか」を識別する画期的なアプリの開発に挑んでいた。そんな彼女たちの前に現れたのは、過去の事故で光を失い、深い絶望を抱えた青年・作だった。


真っ直ぐな絵里は作に惹きつけられ、作はかつて暗闇にいた自分を救ってくれた「言葉」の主である美咲に強く惹かれていく。

しかし、親友の幸せを心から願う美咲の「優しすぎる嘘」が、三人の運命の歯車を少しずつ狂わせていく。


相手を想うからこそ本音を隠し、すれ違う心。

言葉を正確に伝えるためのアプリが完成したその時、皮肉にも一番大切な「LOVE(好き)」の記録だけがシステムの狭間で消え去り、取り返しのつかない悲劇へと繋がっていく――。


結末を知るほどに涙が溢れる。

これは愛する人を失う未来から始まる、切なくも美しい「ビターエンド」の純愛物語。

どうか、不器用なほどに優しい三人の青春と、丘の上に吹くやわらかな風を見届けてください。

 穏やかな風が吹き抜ける、雲ひとつない抜けるような青空。手賀沼を見渡す丘の上にある墓地にその女性は訪れていた。モデルのような体型、アイドルのような顔立ち。街を歩けば10人中10人が振り向くであろうその女性が墓地の前で手を合わせていた。長い長い間。


 やがて女性は顔を上げて、何かを語りかけるように口を動かしていた。


 声は無い。


 ただバッグからスマホぐらいの大きさの端末を取り出して、空を仰ぐように上を向いた。


 すると、端末から音声が流れた。穏やかで優しい声が風に乗って墓地に漂う。まるでその女性自身が喋っているような穏やかで優しい声。


(さく)、聞こえる?ついに製品化したんだ」


「これは特別に作ってくれた私の声だって。すごいよね。年齢とか骨格からシミュレーションして作った私の声。実験では被験者とほぼ同じ声になっていたから、多分私が声を出せたら、同じような声になっていると思うよ」


「あなたに私のことを見せることができなかった。だからせめて声だけでもって思ってたの。願いが一つ叶ったよ」


「でもね、本当はあなた自身に、この声を聞かせたかった。この声で私の心を聞いて欲しかった」


 女性は涙を堪えるように目をぎゅっと閉じ、端末を強く握りしめた。もう声は流れていなかった。


(作、絵里(えり)から手紙がきたんだ。作と絵里が私の前から消えてから1年。私、この手紙を読むまで絵里の事もあなたの事も知らなかった。知らない事だらけだった)


(ありがとう、あなたはあの夜の公園で私に好きって告白してくれていたんだね。あなたの気持ちがわからなくて、ごめんなさい。あなたの声に気づかなくてごめんなさい。あの時は自分の気持ちがわからなかったけど、今ならはっきりわかる)


(私ね、あなたのことが好きだったみたい。ううん、本当に好きだった。それに気づいたのはあなたがいなくなってから。あなたと絵里がいなくなってからだった。本当にばかだよね。私って。失うまで、こんなに近くにあった大切なものに気づかないなんて)


(ごめんね。私、あなたの辛さがわかってなかったの。今まで普通にあったものを失うって、こんなにも辛いんだって。今まで普通にいた人に会えなくなるのが、こんなにも苦しい

 ことなんだって)


(だからね、あなたの事を忘れない。心に持って生きていく。ずっと忘れない。きっと、あなたがそうしたように)


(いつか絵里が日本に帰って来た時。絵里はまだあなたが亡くなっている事を知らないけど。帰って来たらきっと驚くと思う。そして私と同じように悲しむと思う。その時は絵里と一緒に泣くつもり。だからそれまで泣かないね)


(私ね、本当は弱い人間なんだ。あなたと絵里がいなくなってから、それに気づいたの。いつもは強いふりをしていただけ。そうしないと耐えられなかったから)


(誰かに守ってもらわないとダメな存在だった。でも誰にも心を開けていなかった)


(本当にバカ。もっと早くそれに気づいていれば、こんなことにならなかったのかもしれないのに。あなたも絵里も失わずに済んだかもなのに)


(悔やんでも悔やみきれないよ)


(作、会いたい)


(あなたの声を聞かせて)


(また私の腕につかまって一緒に歩いて)


(絵里、戻ってきて)


 柔らかな風が丘の上を走り、女性の髪を優しく撫でる。

 まるで大切なものを愛しむような優しい風だった。


 ◇◇◇


 地面が揺れる。頭痛がする。最悪だ。


「二日酔いでー、休みなんてー、花のアラサー、あるまじきー」

 わたしは自分でもよくわからない歌をつぶやきながらオフィスのエレベーターを待っていた。


 昨日寝たの何時だっけ?朝起きてシャワー浴びて出社する私えらくない?


 昨日はプロジェクトのプレゼンがうまく行ったので、お祝いにプロジェクトメンバーと飲みに行ったのだ。もちろん一緒にプロジェクトをやっている親友の美咲(みさき)も。


 美咲は、容姿端麗、頭も良く、アルコールにも強い。まさに全方位に優れた女性。男性からももちろんだが、女性からも憧れる存在だ。ただ1点をのぞいて。


 私と美咲以外は、終電までに解散したが、私が調子に乗って「もう1軒」と美咲を誘った。


 いつものパターンだ。そして酔い潰れて結局美咲とタクシーで帰るのも、いつものパターン。


 エレベーターが開き、人が雪崩れ込む。始業時間が近いこともあって満員だ。ヤバい、私相当酒臭いよね。マスクをして、その匂いでさらに気分が悪くなる。


 エレベーターの表示が38になり、人を押しのけるようにして降りた私は、思わずエレベータホールにある椅子に座り込んだ。


 こりゃ今日ダメかも。ヤバいなぁ。みっともない。こんな姿会社の人にみられたら。


 花のアラサー、あるまじろー。


 こりゃ、思い切って有給を取ったほうが良かったか。インフルですー、コロナですー、生理痛でー、理由は何でもいい。


 嘘も方便、今日も快便、早弁駅弁東北弁ー、

 意味不明の呪文のような言葉が頭を駆け巡った。


「あの、大丈夫ですか?」


 誰?幻覚?


 ガンガンする頭を抑えながら薄目を開けると男性の靴が目に入った。ヤバい、こんなところ会社の人間にみられたらみっともない。花のアラサー、あるまじき!


「大丈夫です。ちょっと気分が悪くなって」

 私はなんとか普通の声を出すことができた。


「ちょっと待ってください、これ飲んでください」

 そう言ってスポーツドリンクのペットボトルを差し出してきた。


「二日酔いの原因は、脱水と空腹、糖分不足が原因です。これを飲めば少しは楽になります」


 私はありがたくスポーツドリンクを開けて飲んだ。不思議なことに、胃のむかつきや頭の痛みがちょっと楽になった気がする。


「ありがとうございます。あの、なんで私が二日酔いって?そんなにひどい有様でしたか?」


 男性は、少し間を開けて答えた。


「見た目はわからないですが、雰囲気で」


 そういう男性を見あげた私はギョッとした。


 肩幅が広くてスポーツ選手のような体。整った顔立ち。だが何よりも目を引いたのが、目の周りにひきつれたような跡があったこと。


 そして白杖を持っていた。


「あ…」


 私は次の言葉がでなかった。私が戸惑っていると、男の人は顔に手をやって照れたように笑って、


「はは、驚かせてしまいましたね」

 と言い去って行ってしまった。まるで健常者のような足どりで。


 私はもらったペットボトルを握って、ただボーっと見送っていた。


 誰?今の?


 椅子に座ったまま呆然としていると、エレベーターの音が響き、次のカゴの到着を知らせてくれた。扉が開き、ちらほらと降りて来た人の中に、見覚えのある顔があった。


(絵里おはよう。二日酔い?)


(あ、美咲)


 美咲が手話で話しかけてきた。私も手話で応じる。二日酔いのせいか、いつもより手が動かない。


(午前中は適当に過ごしていいけど、午後には戻ってよね)


(わかってます。午後には復活するから)


(あ、ちゃんとスポドリ飲んでるね。よしよし)


(スポドリって?)


(え?二日酔いの時はスポドリが効くんだよ。昨日変える時渡したじゃん。寝る前に飲んでねって)


 まったく覚えていない。


(これは、さっき別の人からもらったの)


(別の人?)


(なんか知らない男の人にもらって)


(何それ?大丈夫なの?)


(多分)


(まあ、変なものじゃなければ、気の利く男だったってことね。このフロア、ジュースの自動販売機なんてないでしょ?わざわざ下のフロアまで買いに行ったか、たまたま持っていたのかもしれないけどね)


 確かに、このフロアにジュースの自販機はない。一階下に行かないと。


 あの人、わざわざ。


(美咲、この会社って視覚障害者の人っている?)


(どうしたの?突然)


(さっきそれっぽい人とすれ違って)


(詳しくはないけど、いても不思議じゃないよね。私だって障害者だし。この会社は毎年障害者枠で最低1名は採用しているって聞くから)


(そうだよね。この会社で視覚障害者でもできる仕事ってどの部署だろう?


(ずいぶんこだわるね。今は色々なサポートツールがあるから、あまり職種は選ばないんじゃないかな?開発部とか)


(開発部?)


(でも私が知っている限り、視覚障害者の人はいないと思ったけど)


(そうか、そうだよね)


 私は、無意識に自分の胸が高鳴っているのを感じていた。


 え?こんなことで?

 こんなスポーツドリンク1本で?100円ぐらいなのに?


 私ってチョロい?


 心の言葉とは裏腹に、心臓の鼓動は高鳴るばかりだった。


<つづく>


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