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第1話 アカシアという名の少女

森を出たところに1つの村があった。

そして、その村の近傍に住む2人の姉弟が居た。

姉弟は今日も森の中に狩りへ出ていた。


「シアンー遅いよー!早く来ないと置いてくぞー!」


そう言って急かした少女、名をアカネと言う。


「待ってよ〜お姉ちゃん」


そう言いため息をつきながら少年は姉の元へ駆け寄る。名をシアンと言う。


お互いボサッとした、しかし綺麗な赤髪をしていて、性格は見るからに真反対だが、微笑ましい姉弟のように見える。


しかし、姉弟には角が生えていた。アカネは額の左側、シアンは右側に、それぞれ角が生えていた。



「…今日は少ないね」


アカネが愚痴を溢す。獣のことだ。


普段なら森に入ればすぐに見つかるはずなのに、今日は全く見かけない。


いつもの森のはずなのに冬場、あるいは何処か違う場所に迷い込んだのかと感じる程に見かけなかった。


「ねぇお姉ち」


アカネは何か言おうとしていたであろうシアンの口を抑える。


「静かに。何か、居る」


遠くを見つめてながらアカネはそう言った。


シアンはアカネの視線をなぞり、木々の間を目を凝らしてよく観るが、何も見当たらない。



しかしアカネには見えている。



だが、その姿形を明確に認識するには、少々時間が経ちすぎた。



(………角…?)



アカネは人影の頭部にある角を確認したのち、すぐさまシアンに呼びかけ、手を取る。


角だと明確に認識した訳ではない。


もしかしたら奇抜な帽子を被る旅人か、少しばかり寝癖が跳ねてるだけのただの人間かもしれない。


だがもし本当に角だとしたら、その僅かな可能性だけでも、すぐに逃げる必要がある。


これは姉として、人間として、彼女に備わっている一般の防衛知識であった。


また一般論とは別に、角とは見えているだけで畏怖され、嫌悪されるものであり、何より恐怖の象徴であると、それは角を持つ彼女ら自身が最も理解していた。



「逃げるよ!!」


「ちょっ…」



何か言いたげなシアンを無理矢理連れて、アカネは森を駆ける。

枯れ葉や枝が頬を掠める。


「なぁ姉ちゃん、なんで逃げるんだよ!」


シアンには人影が見えていた。しかしまだ角までは見えていない。

山賊か、あるいは異国の賞金首でも居るのかと、シアンは、自分達が何に逃げているのかを知りたかった。


アカネは少し言葉を詰まらせる。シアンに角が生えていた、魔族を見つけたと正直に伝えればどうなるか、少し考えればわかることだった。


しかし、今のアカネに少しの間考えている余裕なんてものは無かった。


「…額に角があった……魔族だ」


シアンのアカネを握る手が、少し強くなる。


「それだけなの?角が生えてるだけだよ!僕らと一緒じゃないか!」


「そういう問題じゃ…」



理解しているはずだった。



シアンもまた角を持つ者。シアンが村でどれほどの差別を受けて、どういう目で見られてきたか。


身を持って角とはどういう存在なのかを理解していると、アカネはそう思っていた。


しかし違った。


シアンは「だからこそ」と思った。

シアンとアカネ、2人の性格は真反対である。


普段は無口なシアンがここまで口答えを返してくる。


こうなったシアンは手強い。


アカネが何か答えようとした瞬間、枝がアカネの頬を掠める。

一瞬言葉が止まり、その僅かな隙をシアンは見逃さずに、アカネの手を振りほどいた。



「きっと、そいつも寂しいんだよ!俺達が逃げてどうするんだ!!」



シアンの大声が情けなく森中に響く。



アカネは困惑し、今の状況を整理するために、天秤に賭けた。

シアンの意思を尊重するのか、少しでも危険をシアンから遠ざけるのか。


ここは殴ってでも無理矢理連れて帰るべきだ。

これは姉として、人間としての一般的な結論であり、当たり前の思考である。


それをすべきなのは明白だと、アカネの"人間の部分"はそう言っていた。


だが彼女の"角の部分"は、シアンの言葉に揺れていた。


一緒なのだとしたら、シアンと同じような、1人の小さな男の子だとしたら…


過るべきでは無かったはずの思考が、アカネの頭をかき乱す。



__________



一時。森の静寂が感じられる程の僅かな一時であった。


しかし、その僅かな時間は、"それ"が追いつくのには充分すぎた。



ぐしゃっ、と枯れ葉と枝が折れ混ざった音が聞こえる。


まさに光速であった。走って追いついたのか、飛んで追いついたのか、はたまた転移でもしてきたのかは分からない。


だから「まさに光速」と、そう表現することしかできない。


目を離した隙にそれは立っていた。


そして、その尋常ならざる速度で追いついておきながら、それは紛れもなく静の動作である。


純白の髪と、古汚いローブに身を包んだ角を持つ者、それは間違いなく少女の形をしていた。


また、少しばかりの静寂が訪れる。


真っ先に口を開いたのは、アカシアだった。


アカシアには相手の力量を見量るだけの技術を持たない。


魔力か、筋肉か、刃物か、そのようなものは見当たらない。


しかし、この言葉が遺言になるかもしれない。


そう感じさせる程の恐怖が、その少女には確かにあった。


唇を震わせながら問いかける。


「……あなたは、誰?」


少女は、その言葉が自分に向けられていることに気づき、困惑した。自分が何者なのか分からないからである。


初めて自分と同じような生命体に出会い、初めて言葉を投げかけられた。



少女は、会話を望んだ。



「わからない」



だが今、それが少女が伝えられるだけの、精一杯の回答であった。


アカシアは出会い頭に首が飛ばなかったことへの安堵と、質問に対するあまりにも曖昧な返答で、頭が混乱していた。


思考を2、3回らせる隙に、シアンが口を開く。



「ぼくの名前はシアン。君と同じ、魔族さ」



アカネはシアンを睨み、叱ろうとしたが、もはやその域ではない。



角を明確に恐怖の対象として理解しているのは、この場でアカネただ1人、村では絶対に起こり経ない状況。


もはやアカネには、祈ることしかできなかった。



「…シアン……私の名前…シアン」


「いやいや、僕がシアンだよ君じゃない。…いやもしかして、君と僕がおんなじ名前ってこと?」


「そう。同じだから。私の名前もシアン」



2人は唖然とした。



恐らく、シアンが名を名乗る際に「君と同じ」と言ったことが影響しているのだろう。


さらにトンチンカンな方向へ話が広がっていくのに、アカネは必死に考えを巡らせる。


だかこの返答を経て、アカネが少女に対して感じた理解不能の恐怖は、どこが少しだけ和らいだ気がした。



「森で迷ってたんだよね。それじゃあさ、僕たちの住んでる村に来なよ」



もはや勝手に話を進めてることにアカネは怒る余地も無い。


角を持つ者を村へ招き入れるということがどういうことか、アカネはよく理解しているはずであった。



あの時、シアンが何か言い出さなければ2人とも殺されていたかもしれない。


そんな思考がアカネに過る。


結果的にではあるが、2人の命を救っているかもしれないシアンの能天気っぷりに、アカネは静かに感謝をした。




_______。





村へ着くまでの道中、軽い雑談である。


少女の方は顔色変えずに聞いていたが、もう一方はやたらと楽しそうに話していた。



それはもう、妹かのように。



それを見たアカネの目には、かつての光景が映っていた。


もっと元気にハキハキと喋っていた、昔の頃のシアンを。



普段は弱気でいつも後ろを歩いていたシアンが、今日はアカネの一歩先を歩いていた。


「ねぇシアン」


シアンが振り向き、少女も遅れて振り向いた。


名前を呼ばれて、というよりかは少年に反応したかのように見える。


「あのさ、どっちもシアンだと不便だよ。呼び辛い」


「それもそっか」


シアンはキョトンとする。まさか、という顔だった。


「だからさ、私の名前もあげるよ。アカネとシアンでアカシア。これなら間違えないでしょ?」



普段のアカネなら絶対にしない行動だ。



少女は角の生えた、警戒すべき魔族であり、恐怖の対象である、その考えを改めるわけにはいかない。



自分のためにも、シアンのためにも。



しかしそれは、角でも、同情でもない、アカネ自身の童心であった。


名前を付けたのはただ、ふとして見上げたシアンの、弟の表情があまりにも柔らかかったからに過ぎない。


幼い頃の、まだ一緒にシアンと笑い合っていた頃の、あの笑顔に似ていた。



アカネ自身が曇らせてしまった、あの笑顔に__



___私がしっかりしていれば、もっとたくさんあの笑顔を見れていたのかな___。



そう思いアカネは、シアンとアカシアの元へ一歩踏み出した。


一歩先でも、一歩後ろでも無い、並行へ。


それはほんの何気ない、アカネの心情の変化による一歩である。


しかしそれは、アカシアが居なければ実現することの無かった一歩でもあった。




___アカネはもう一度、静かに感謝した。






_____________。






しばらく歩いて、3人は離れの納屋に辿り着いた。奥の方には賑やかな村が見える。


「ごめんねこんなとこで。ほら、私たち村へはあまり入れてもらえないから」


細々と呟くアカネを横目に、アカシアはじっと納屋を見つめた。


ここ数日の就床を森の中で過ごしてきたアカシアにとって、この納屋は充分豪華に映った。


「じゃあ僕、何か食べ物とってくるよ!」


「ちょっと!もう外暗くなるよ!」


「大丈夫、直ぐ戻るから!」


アカネの制止を振り切り森の中へと駆け足で向かうシアンを、アカネはただただ呆れ顔で見つめていた。



「もう外暗くなるってのに……よっぽどご馳走したいのかなあ」



そう言ってアカネはアカシアに納屋を案内した。


案内するほどたいそうな設備も無いが、最低限人が生活できるだけの居住スペースは確保できているように思える。


「ごめんね。ボロボロでしょ」


作った笑いでアカネはそう微笑んだ。



「ここ、ミネルバおばちゃんに借りてるの。前まではほとんど森で寝てたから」


「同情か罪悪感からかは分からないけど、村の中にも良い人は居るんだなって、思った」



作り笑いから悲壮が溢れ出て、やがて笑顔が濁り出す。


月が動き、光が落ちていくのが目に見えて分かるくらいの静寂が経った。



「ごめんね。冷えるでしょ」



アカネがそう言いうと、キラキラとした粒のようなものがアカネの手のひらに集まっていき、やがてそれは円を形成した。


そしてそれらは唐突に炎を噴き出した。

炎はアカネの手中に収まっている。



「魔法だよ。見たことない?」



アカシアは首を横に振り、興味深そうにその炎を見つめる。


「好きなんだ、炎の魔法。こんな夜でも暖かくなれるから…」



少女の手中の灯火が屋内を明るく照らし出す。



ほっと一息をついて、アカネは「少し、昔のこと話してもいい?」と言うと、アカシアはそれに小さく頷いた。




「……私たち魔族だからさ、生まれてきてから今まで、ずっと蔑まれて暮らしてきたの。ずっと辛い思いをしてきた。住む場所も食べる物も満足に手に入らなくて。それでも、昔のシアンはよく笑ってたんだ」


「でも私が、辛いのも苦しいのも、全部シアンにぶつけてばっかだから、笑わなくなっちゃって……」



言葉を続けるたびに、アカネの顔が曇ってゆく。

声は震え、瞳が潤んでいる。



「……馬鹿だよね。辛いのも苦しいのも、シアンだって同じなのに」



アカネは精一杯繕った笑顔をアカシアに向け、微笑んだ。


「…だから……ありがとう、アカシア。最後にシアンの笑顔を見せてくれて」








________________。








月明かりが照らす村道は、昼間の賑やかさを忘れさすほどの静寂に包まれていた。


村の、ある1つの家中から明かりが漏れ出ていた。



「ドゥグラス殿、何故諸君らの村が、国の庇護下にありながら税を納めず豊かな暮らしができているか分かるかね?」


ところどころ窪みの見える丸型の机と、それを囲む2つのこじんまりとした椅子には、それぞれ男が座っていた。



白髪に長い髭を持った老人が問いかけ、ドゥグラスと呼ばれた黒髪の筋肉質な男性はそれに答える。



「それは、かつての勇者がこの地に封印した魔物の封印を、決して解かれないようにしているためです」



「そうだ。勇者の封印とて絶対ではない。年を重ねるごとに弱まるその封印を、3年に一度の人の血肉、すなわち生け贄によって守り続けるのがお前たちの仕事じゃ」



老人は、まるで男には興味が無いかのように、高価なローブをはらりと揺らし、その縁にある模様が光の当たり方によって煌めき方を変えるのを観察していた。



老人はそっぽを向いたまま言及する。



「ところで、次の生け贄に出すはずの2人の魔族、あいつらが仲間を連れてきたと村の中で噂になっておったぞ」



その静かな一言が空気を変えた。どよめきが伝わったのか、ろうそくの炎がぐんと揺れる。



ドゥグラスの額に焦りの汗が流れていく。



「元はと言えば、お主があの魔族らの処分を先送りにし続けたのが問題じゃろうて」



老人がそう言い放ち、ドゥグラスは唾を飲み込む。

ごくり、という音が夜の村に響き渡った、そんな気がした。



やがて老人は視線をゆっくりとローブから男の瞳に移し、しっかりと見つめて言った。




「………明日で丁度3年じゃ。いいか、これ以上の引き伸ばしは許されん」



その一言の意を、ドゥグラスは理解していた。


そして、その言葉に対してこう答えるしか道が無いのもまた、ドゥグラスは理解していた。



ふぅとため息をつき、男は覚悟を決めた表情で答える。




「………分かっています……明日、アカネとシアンを殺します」








第1話 アカシアという名の少女

♥とコメント貰うと僕は嬉しいです。

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