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第0話 魔王の娘

___勇者がいた。




勇者は、驚異的な身体能力、唯一無二の炎魔法を持ち、一万もの軍隊を率いて、魔王城を火の海にした。



勇者が魔王城に足を踏み入れ、炎魔法を放つ。その炎は黄金に輝き、岩をも燃やす。



3分と経たず城内は混沌と化した。



黒煙が立ち込め、視界すら危うい城内で、黄金の炎が魔族達の体を焦がしていく。



「屈め!煙を吸うな!」「風魔法はまだか!」「魔王様はどうなった!?」



様々な声が聞こえる。絶望、協力、祈り。


皆、この状況をなんとかしようと必死だった。



あるトロールは炎の中、燃え続ける自分の肉体をその驚異的な再生能力で治癒しながら城の分厚い壁を何度も何度も必死に叩いて脱出を図った。



拳は歪な形に曲がり、手の甲には再生する際に結合してしまったと思われる石の破片がところどころに埋まっていた。


あるダークエルフは得意の風魔法を使い、周囲の炎と黒煙を窓の方へ吹き飛ばした。


何度吹き飛ばしても湧いてくる炎、じわじわと尽きていく自分の魔力に苦悶の表情を浮かべながら、それでも休むことなく炎を飛ばし続けた。



皆、様々な方法で自らの命を守ろうとした。 



だが、抗うすべを持たぬ者は次々と迫りくる炎に焼かれるのを待つしかできなかった。




「火に耐性のある者は私の元へ!」



大きなしゃがれ声が城内で一際響く。


ボロボロで薄汚れたローブを全身に纏ったアンデッド、その者の名はラドバ・カルメイズ、魔王七人衆と呼ばれる魔王軍直属の幹部の1人だ。



幹部とは思えない程貧相な格好だが、ローブの隙間から微かに見えるキズだらけの骨が、どこか只者ではない雰囲気を感じさせる。



「ラドバ様!」



炎に耐性のあるリザードマンが少数ながらも少しづつ集まってくる。



「3、4、5…これだけ居れば充分か…」



ラドバはすぅっと息を飲み、さっきより一際大きなしゃがれで言った



「今から姫様の救出に向かう!これは、魔王様から私達へ託された、最後の命令である!」



"最後の命令"という言葉にリザードマン達の目の色が変わる。



「ではゆくぞ、ついて来い!」



ラドバは炎と煙と瓦礫で埋め尽くされた廊下を迷いなく進み、リザードマン達もそれについて行く。


炎の中から人影が見える、王国兵だ。5人くらいだろうか。


キラッとした兜に重厚感のある鎧、中央にいけ好かない獅子の紋章が堂々と刻まれている。


不自然な程にキズも汚れも無いその甲冑からは、この戦いがどれほど容易だったかを想像させる。


王国兵の1人が叫んだ。


「右側廊下奥から人影が、恐らく魔族です!」


他の兵も魔族に気づき、指揮官らしき者が声を荒げる



「迎え撃てぇ!」



兵達が武器を構えようとするが、ラドバはその隙さえ与えない。



「〈雷撃〉」



ラドバの魔法によって放たれた雷の矢は、瞬きする間もなく5人の兵士の胸を貫いた。



「ラドバ様、何故炎で溢れ返ってる中王国兵が?」


「岩も鉄も燃やすが、味方だけは燃やさぬようにできとるのだろう、流石勇者、なんと都合の良い炎だろうか」


悔しさと、どうしようもない理不尽に対する怒りが混じった声でラドバは答えた。




崩れ落ちた階段を駆け上がる。


一層激しくなる炎、落石を掻い潜り、道中に居た王国兵を何人か居抜く。


そして長い廊下を一心不乱に走り続けた先、そこにあったのは…



ただの壁……のはずだった。



リザードマンの1人が口を開く



「ラドバ様、これって…」



「うむ、まずいな…」


「隠し扉が突破されておる…」



苦悶の表情を浮かべるラドバ、しかし焦っている時間すら今は悔やましい。


「急ぐぞ!」


ラドバとリザードマン達は隠し扉の中へ突入すると、少し走った先に扉が見えた。



「姫様!」



ラドバが勢いよく扉を開けると、そこには何十体もの兵士の死体が転がっていた。


白銀に輝く長髪を美しく煌めかせるその少女は、死体の奥に立っていた。



「…ら、ラド爺……」


ラドバに気がついた少女は、歯を食いしばる。


ギッシギッシと死体を踏みつけながらラドバに駆け寄り、思い切り抱きついた。


「ラド爺…会いたかった…」


ラドバはそっと頭を撫で、安堵した様子で言った。


「私もです。姫様が無事なようで、何よりだ」


「父上は、父上はどこに…」




燃える城内で静かに呈された少女の疑問に、ラドバは答えられなくなってしまった。



「姫様、それはですね…」



魔王は既に勇者によって殺されていた。

ラドバの言葉が詰まる。



その時、扉の向こう側からなにやら話し声が聞こえた。



「おい、なんだこの不自然に割れた壁は…まさか隠し扉?」

「なんだと?まだ隠れた魔族が残っているかもしれん、捜索するぞ」


自分達がやってきた扉の奥から微かに兵士の声が聞こえる…隠し扉が見つかったのだ



隠し扉から隠し部屋に通ずるまでの通路はそこまで長くない。兵士達がここまで来るのにそう時間は掛からない。



ラドバはすぐさま少女を肩から引き離し、戦闘態勢に入る。




「姫様すみません、説明は後です」




ジジ




一時の間静寂に包まれたその密室で、何か少し、異様な音がした。




ジジジ




粒状の金属をすり鉢ですり潰したかのような、不愉快な音が微かに響く。





ジジジジ





音はだんだん大きく、よりはっきりと聞こえるようになる




ジジジジジジジジ




「それよりなんか、ラドバさん、さっきから変な音が…」



リザードマンの1体が違和感に気づき、辺りを見渡したその瞬間




ゴワアアアアァ




静寂に包まれた密室を黄金の炎が瞬きする間に覆い尽くした。



ノーレンの一室は防火魔法はもちろん、ありとあらゆる災害や外敵を想定した、一種のシェルターと言ってもいい。



石造りの部屋に、無象の魔導士達が完全なる防御を築いた城内屈指の強度を誇るシェルター、だがそれが内から燃やされるなど、だれが想定しただろう。



炎は、魔法をも燃やし尽くしていた。



一時の緊張感によって生まれた静寂は一瞬で壊される、リザードマン達がパニックになった。



「どうしてここにまで火の手が!」



「なんでこの部屋にまで炎が…防火魔法が備わっているはずでは!」



「皆お、落ち着けエェい!焦るな、焦るなァ!」



密室にリザードマン達の怒号が鳴り響く。



そんな中ギシギシと兵士達の鎧が音を立てて近づいてくる、とてつもない重厚感だ。20人くらいは居るだろうか。



「しっ誰か居るぞ」「気をつけろ」



あちらもリザードマン達に気づき戦闘態勢に入る、警戒しながらも着実に近づいてくる。もう時間がない。



ラドバは考える。



考える。



考えるが、思いつかない。



魔法陣が殆ど焼き切れて使い物にならなくなる炎に囲まれたこの状況で、およそ20もの兵士を倒しつつ、部屋が燃え尽きる前に姫を脱出させる方法が、ラドバには思いつかない。



簡単な魔法なら焼き切れる前に発動できるが、そんな悠長なことをしていればすぐにでも兵が突入してくる。



20前後の兵、普段なら対して恐れるに足らない敵であるが、炎に囲われた今なら、彼らの存在はそれだけで命を奪うに足る恐怖になり得ると、ラドバは理解していた。




既に王国兵は扉の前まで迫っている。




「ラドバ様、あの兵士達は俺たちが食い止める。」

「ラドバ様は姫様を無事に逃がすことだけに集中してください!」

「それができるのは、ラドバ様しか居ないんです!」



__リザードマン達だ。



リザードマンは、ラドバの方を向いて力強く頷いた。



そしてそれぞれ手に持った武器を強く握りしめ、息を呑んだ。



彼らは震えていた。

手も、足も、声も、震えていた。



ただ、その瞳は真摯で透き通った、覚悟の目をしていた。



すぅぅぅ



「行くぞお前らァァ!!」



1人の勇敢なリザードマンが叫んだ。



リザードマンの中でも一際大きな体をしたその男が、荒々しく勇気のこもった声で、怖気づいていた他のリザードマン達を刺激する。



『うおおおおぉぉ』



その声に感化されたリザードマン達は一斉に敵の居る扉へと突撃する。


王国兵士もそれに気づき警戒、扉の前で武器を構える。



勇敢なリザードマンが扉を突き破り、兵士へと剣を向ける。


扉の前で待ち伏せていた何人かの兵士が勇敢なリザードマンに対して槍を突き刺した。だがそれらを全て振り切り、一瞬で兵の首を切り落とす。



胴を槍が貫き、両腕には既に火が移っていた。



リザードマンは炎に強い。


しかしそれは、尋常の炎の場合である。


その黄金の炎は肉を焦がし、細胞を焦がし、魔力をも焦がす。



その炎の前には、全てが等しく灰となる。



待ち伏せしていた兵を皆殺しにし、勇敢なリザードマンはその燃えた身体を奥へ奥へとねじ込んだ。


他のリザードマンもそれに続く。


激しい乱戦になる。




少女は、ただ見ていることしかできなかった。


ラドバのコートの裾をギュッと掴み、見ていることしかできなかった。



それは少女にとって、初めての感情だった。



人間も魔族も何百と殺してきた。

常に最強だった少女にとって、守られるというのは初めての経験だった。



部下が自分のために命を賭けて戦う姿を見て、少女は、理解が追いついていなかった。




その頃、ラドバはひたすらに魔法陣を練っていた



ジュ



魔法陣の焼き切れる音がする。



「これもダメか」



辺りには燃え尽きた魔力の欠片が煌びやかに宙を舞っていた



少女を避難させる術は、もはや転移魔法しか存在しない。

しかし、転移魔法を発動しようと魔法陣を練れば、その隙に魔力が燃え尽きる。



炎はとうとうラドバ達へ襲いかかる。



もう部屋の魔力は残りわずかになっていた。

もう転移魔法を使えるだけの魔力は残っていないかもしれない。


それでも、ラドバは魔法を練った。



ラドバの黒く薄汚れたコートはただの灰となった。



少女の足が燃える。

皮膚は爛れ、溶ける。

骨が剥き出しになり、やがて灰となる。



壁で支えてないと立っていられない程に、少女の足は、足としての機能を失っていた。



「………ラド爺……熱いよ…」



涙ぐんだ声で訴える。


少女がさっきまで握りしめて心の依り代となっていたコートはもう無い。



今、少女には掴むべきものが無い。

掴む気力が無い。

希望が、無い。





ラドバは少女の苦しみを、ただ黙って聞いているしかできなかった。


ラドバは練った。


何度も練った。




そして、編み出した。




いや、まだだ




そう言ったのだと思う。

何せこの炎の中では、音すら燃え尽きてしまうのだから。



再び魔法陣を貼り直す。

そして、それはすぐに黄金の業火に焼かれて塵となる。




まだだ…




ラドバは、魔法陣を修正し続けた。魔法陣が燃え切るその前に。




…まだ……




魔法陣は燃え続けた。けれど燃え尽きはしなかった。

魔法陣は少しづつ、けれど確実に完成へと向かっていっている。



………だ




少女はただ黙ってそれを見ていた。


少女にとって絶望とは、また新しい感情だった。


自分1人じゃ何もできない無力感、自分はこれから死ぬのだと悟った。



少女は、実に醜い姿になっていた。


髪は無くなった。

まぶがは爛れ、外の景色がよく見えない。

唇同士がくっついて、うまく喋ることができない。



足どころか、手も、口も、目も、耳も、少女の人体は機能という機能を全て失いかけていた。




魔法陣は、見たこともない輝きを放った。



透き通る程綺麗な黄金の色。

魔法陣の燃えカスが宙に舞う。

まるで部屋全体が金色のスノードームになったみたいだった。



魔法陣は未だ不完全のまま燃え続けていた。黄金の炎によって長い間燃やされ続けて起こった偶然の産物。



でもそれは、奇跡と呼ぶに相応しい。



無慈悲で残酷なこの惨状を一瞬でも忘れてしまいそうになるほどそれは、なんとも美しく、神秘的な光景だった。



少女は微かにその光を見た。



少女は、まぶたの肉の隙間からうっすらと見えるその黄金の光を見て「綺麗」と今にも消えてしまいそうな程小さな声で呟く。



その声は誰にも届かなかった。

少女自身にも。



だがその光は、少女に僅かな希望を与えた。




ラドバが言った



〈疎外〉



魔法陣の1つが円を結ぶ。

ラドバが言った



〈演算〉



魔法陣の1つが円を結ぶ。

ラドバが言った



〈遠隔魔力〉



魔法陣の1つが円を結ぶ。

ラドバが言った



〈空間移動〉



魔法陣の1つが円を結ぶ。



ラドバが叫んだ。音の乗らない叫びだった。






 四重魔法…


  《 《超時空移動》 》



魔法陣は更に強い光を放ち、ギュオォと異質な音を立て、空間が曲がり始めた。




少女は、次第に意識が遠のいていき、やがて目を閉じた。




そして、少女は死んだ。








____________________








________









_____









___。









少女は森の中に居た。




燃えたはずのラドバのローブは裸だと冷えるだろうと言わんばかりにそっと覆いかぶされていた。



肉体は完全に治っていた。焼け落ちた髪も、焦げた皮膚も全て元通りに治っていた。




しかし、死を超えた代償だろうか。

少女の記憶と感情は炎によって焦がれ、失われていた。






___どれだけ眠っていたのだろう。季節が2、3巡り変わる。

いや、それ以上かもしれない。

とにかく長い間、少女は眠りについていた。




やがて少女は目を覚まし、立ち上がり、歩き出した。




父も母も、ローブを羽織った骨の老人も、記憶からは失われていた。少女には何も残っていない。



何故立ち上がるのか、何のために歩くのか、それも分からない。



全てを失い、失ったことにすら気づかず、少女は歩き出した。



何処かにある、何かを求めて_____









___魔王が死んでから一年が経った。




破滅は終わり、大地には緑が芽生え始めた。

人々に、安寧と平穏の時代が訪れた。




____では、人以外は?




人々にとって魔王とは破滅、絶望、恐怖そのものである。



だが、人ならざる者にとってそうではなかった。



彼らにとって魔王とは、希望であった。

彼らはこの世界を憎んでいる。



誰かが破壊を求めた。

誰かが破滅を求めた。

誰かが魔王を欲した。




___人ではない、誰かが。




__誰かが今、魔王に成らなければいけない。



全てを破壊し、破滅させる。真なる魔王に__








第0話 魔王の娘

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