第9話/フェス地蔵
ソロ活動開始後、BLJのメンバーたちは全国各地で個別ライブや小規模イベントを展開し、八人のファンはそれぞれの地で熱心に追いかけた。山口舞は大学の夏休みを利用して、朝倉祐真のソロライブが行われる東京のライブハウスへ向かった。入場すると、会場は思った以上にコンパクトで、ステージとの距離が近く、音の振動が体の芯まで伝わってくる。舞は歓声と音楽に包まれながら、思わず拳を握りしめた。ライブ中、舞の目の前に座る小林悠と目が合い、互いに微笑む。まだ言葉は交わさなかったが、先日のオフ会で芽生えた信頼と共感が、自然と目線で通じ合った瞬間だった。
一方、小林悠はギターを手にしたまま、山口舞と同じ東京の会場で、朝倉の演奏を観察していた。曲のフレーズや演出の工夫をひとつひとつ吸収し、次回の自分の演奏に活かそうと心に刻む。隣に座る三浦亮太が「ここは昔と違って客席が近くなったな」と小声で話しかけ、悠は頷きながら、世代を超えた共通の音楽体験を実感していた。
三浦亮太は地方出張の合間を縫い、神谷竜二のソロライブが行われる名古屋の会場に駆けつけた。会場入りすると、既に熱心なファンたちが集まり、歓声や拍手が渦巻いていた。亮太はライブ映像や写真でしか知り得なかった表情や仕草、ステージングの工夫を目の当たりにして、胸の奥に懐かしい興奮とともに新鮮な刺激を受けた。遠藤真希も同じ会場におり、カメラを構えつつ、ファンとメンバーの一体感を捉えようとシャッターを切った。二人はオフ会以来の再会に微笑みを交わし、互いに今日のライブの感動を共有した。
佐野健太は、藤原直樹とともに、白石慎吾のドラムソロライブが行われる福岡へ赴いた。ラジオ番組で紹介するため、録音・録画機材を駆使してライブの臨場感を収めつつ、自らも観客として楽しんだ。直樹は仕事の疲れを忘れ、久々に心から笑い、拍手を送る。ステージと客席の距離が近いため、メンバーの表情や演奏の細部が手に取るように伝わり、二人はあらためて音楽の力を肌で感じた。
加藤京子は、自宅から遠く離れた札幌で玲奈のソロピアノコンサートに参加した。静かで上品な演奏に包まれながら、京子は心を浄化されるような感覚に浸った。コンサート後には若いファンたちと自然に会話し、世代を超えた交流の楽しさを再確認する。田村秀雄も、加藤京子と同じ札幌の会場に足を運び、若手ファンたちの熱意に触れることで、自らの初期ファン時代の記憶と重ね合わせ、深い感慨に浸った。
八人は、各地で別々のライブを楽しみながらも、オフ会で築いたつながりを意識して互いの状況をSNSで報告し合った。「今、名古屋で神谷のソロ観てるよ!」、「札幌の玲奈の演奏は感動的だった!」といった短いメッセージのやり取りが、距離を超えて絆を保つ糸となった。
そして、ある週末、偶然にも全員が同じ東京のソロツアー最終日、朝倉祐真のワンマンライブに集まることになった。会場に到着した八人は互いに顔を見合わせ、自然と笑顔が広がる。オフ会以来の再会であり、ソロ活動の成果をそれぞれの目で確かめることができる特別な瞬間だった。ステージが始まると、メンバーの表情、演奏、声、音の余韻すべてが一体となり、八人の心を揺さぶった。観客席で肩を並べ、歓声を上げる八人は、年齢も世代も異なるが、音楽を通じてひとつになれる喜びを共有した。
ライブ終了後、八人は自然に控室前のロビーで再会し、メンバーの姿を遠目に見ながら今日の感動を語り合った。「やっぱり生で聴くと全然違うね!」、「みんなの情熱がステージに伝わってきた」――言葉少なに頷く者もいれば、興奮を抑えきれず笑顔が弾ける者もいる。その場に漂う空気は、ただのファン同士の集まりではなく、音楽の魔法で結ばれた特別な共同体のようだった。
その夜、八人は再びそれぞれの帰路についたが、心の中には一つの共通認識が芽生えていた。BLJのソロ活動は、それぞれの音楽人生を新たに切り拓くと同時に、世代を超えたファンの絆をより深める舞台でもあるということだ。再び集まる日を約束しつつ、八人のファンたちはそれぞれの場所で、今日という特別な一日を胸に刻み、音楽と友情の未来を静かに見つめるのだった。
夏の盛り、朝倉祐真のソロ参加が決まった大型野外フェスの会場は、青空の下で熱気に包まれていた。ステージ前方には観客が詰めかけ、芝生や砂地の場所取りが行われていたが、ここにはフェス独自のルールが存在していた。前方の観覧エリアは、出演アーティストごとにファンが入れ替わることが求められ、長時間の場所取りは禁止されていた。これは公平性と安全性を保つための暗黙の決まりであり、多くの来場者に知られ、守られてきたルールだった。
しかし、BLJのファンは事情を十分に理解していなかったわけではなかった。むしろ、長年の熱意と朝倉への愛情から、前方最前列を確保しようと夜明け前から並び、陣取り合戦を繰り広げてしまった。芝生にシートを広げ、手作りの横断幕を掲げ、簡易チェアや日よけまで設置したその光景は、他の来場者やフェススタッフの目には明らかに過剰で異質なものであった。
朝倉自身はステージ裏でこの状況を耳にし、複雑な胸中であった。彼はファンの情熱を嬉しく思いつつも、ルール違反による他の観客への影響や、フェス全体の秩序への悪影響を懸念した。「このままだと、楽しみに来ている人たちに迷惑がかかる…」そう心でつぶやき、スタッフに現場の状況を確認させた。
会場スタッフは問題のファンのグループに注意を促すため、巡回を開始した。「申し訳ありませんが、前方エリアは入れ替わり制です。長時間の場所取りは禁止されています」と丁寧に告げるも、BLJのファンは「今日のために朝早くから来ている」「朝倉さんを間近で見たい」と応じ、なかなか退かない。スタッフとファンの間で軽い応酬が続き、周囲の他の観客も目を向け、やや緊張した空気が広がる。
その時、田村秀雄や加藤京子、山口舞、三浦亮太たちは、SNSでこの問題を知り、急いで現場に駆けつけた。彼らは自分たちのファン仲間を説得する役目を自ら買って出た。田村は「みんな、ルールを守らないと、せっかくのフェスが台無しになるよ」と声をかけ、京子も「朝倉さんが心配してるって」と補足する。山口舞は若いファンに向けて、「熱意は大事だけど、ほかの人の楽しみも考えよう」と優しく語りかける。
徐々に理解が広がり、ファンたちは手際よく前方エリアを整理し、決められた観覧スペースに移動した。その様子を、朝倉はステージ裏で見守っていた。熱意の高さはそのままに、秩序とマナーを守る行動に変わることで、ファン自身も互いに連帯感を深め、フェス全体の雰囲気は和らいだ。
ステージに立った朝倉は、間近に整列したファンの姿を目にし、胸に込み上げるものを感じた。「熱意があればこそだが、思いやりと節度も大事なんだ」—ステージ上から彼は微笑み、初夏の風を受けながら演奏を始めた。音楽が広がると、前方に集まったBLJファンだけでなく、周囲の観客も自然と拍手を合わせ、歓声が一体となった。
フェス後、SNSやラジオでは今回の騒動が話題となったが、田村や京子、舞たちは「これもファンとしての学びだった」と冷静に振り返った。情熱を持つことと、他者への配慮は両立できる——その経験は、今後の彼らのファン活動における新たな指針となったのである。
朝倉祐真のソロフェスでの出来事は、会場内だけの小さな騒動に留まらず、瞬く間にSNS上で拡散されていった。写真や動画が投稿され、「最前列に固まって長時間居座るBLJファン」の様子は、フェス全体の映像とともに共有され、「#BLJファンのフェス地蔵」というハッシュタグが瞬く間にトレンド入りした。コメント欄には、同情する声もあれば、批判的な意見もあり、「熱心なのは分かるけどマナーを守れ」という趣旨の投稿が数多く見受けられた。
田村秀雄や加藤京子、山口舞、三浦亮太たちは、オフ会で交わした絆と今回の騒動の間に複雑な思いを抱えていた。田村はグラスを手に取り、ため息をつきながら言った。「まさか、SNSでこんな言われ方をするとはな…でも、彼らも熱意のあらわれなんだろう」。京子はその横で、「これを機にファン全体でルールを考え直すきっかけになればいいのに」と話す。山口舞はスマートフォンを見つめながら、「私たちも若い世代として、どうフォローできるか考えないと」と冷静に分析する。
SNSの拡散は、良くも悪くも、BLJファンの結束と社会的認知を強める結果となった。ファンたちが自らの行動を見直す議論がオンラインで活発化し、「熱意は大切だけど、マナーも守る」という共通認識が生まれ始める。小林悠も、「最初は冗談めいたハッシュタグだと思ってたけど、実際の自分たちの行動を見つめ直すきっかけになるかも」とつぶやいた。
一方で、朝倉本人はSNSの話題には触れず、ステージでのパフォーマンスに集中する姿勢を崩さなかった。しかし、楽屋裏でスタッフやファンから報告を受けた時には、表情に微かな苦笑を浮かべた。「まあ、これもファンの熱意の証拠だ。だけど次はもう少し秩序を意識してほしいな」と、遠慮がちながらも温かい言葉を投げかける。
SNSでの「フェス地蔵」騒動は、その後も数日間拡散を続け、国内外のフェス参加者や音楽ファンの間で話題になった。しかし、その一方で、BLJファンコミュニティ内部では、若手と古参が意見交換を行い、今後のフェス参加マナーや行動指針について議論を深める契機となった。田村や京子、舞たちは、その中心で「熱意を失わずに、他者を尊重するファン文化」を広める役割を自然に担うことになる。
こうして「#BLJファンのフェス地蔵」という不名誉なタグは、ファンたちにとって反省の象徴であると同時に、熱意と責任感を両立させる新たな文化の芽生えとして、静かに記憶されていくのだった。




