第一話 アマゾンで楽しい昆虫採集……のはずが、なぜか異世界に転生していた⑨
ハニーに運ばれ、上空を移動し始めてから十分ほど。オレたちはコンロンの大樹海に入っていた。
異様な姿をした植物ばかりになり、ときどき、数メートルもある巨大な羽蟲も飛んでいる。オレはそれを見て、とても興奮していた。
「――アンリは呑気ね。あの蟲だって、本当なら人族をエサにしか思っていない、凶暴な種族なのよ」
ハニーはそう説明する。
「そうなの? でも、オレは襲われてないよ」
「そりゃそうよ。アンリには主さまの加護があるから」
――加護?
「気づいてなかったの? 呆れた。主さまはアンリを保護するように、崑蟲族全体へ命令したのよ。だから、崑蟲族はアンリを絶対に襲わない。主さまが人族に対して、そんな命令を出したのなんて初めてよ。アナタ、とっても気に入られたみたいね」
へえ。まさか、そんなだったとは――
「そろそろ着くから、身を屈めて」
ハニーに言われて、オレは手足を引っ込める。
人がやっと通れるような穴をくぐる。すると、昨日、『おじいさん』と出会った地下の空間に到着した。やはり、ココは別世界だ。
「主さまぁ! 到着しましたぁ!」
オレと話している時と違って、舌足らずのカワイイ声を出しながら、ハニーはおじいさんに抱き着いた。いつの間にか、擬人化に戻っている。
『ハニー、ありがとう。ヘンなお願いをしてすまないな』
「ううん。主さまの頼みなら、ハニー、なんでもするよ」
人懐っこそうな笑顔をおじいさんのカラダに押し付けていた。ふーん、ハニーはおじいさんが大スキなんだな。
そのあと、おじいさんから昨日の話の続きをしてもらった。
崑蟲族が浄化した大地に、再び人型の種族が現れる。最初は魔族だった。
魔族は荒廃した冷涼な土地を好む種族。大陸にまだそういった場所の多かった時代、魔族は強力な魔力によって、自分たちの住みやすいように世界を作り替えた。
しかし、魔族同士の激しい争いが起き、衰退していく。時を同じくして、大陸の気候が変化する。温暖になり、巨大な植物が大陸全体を覆った。すると、妖精族が増え、魔族は北部の限られた地域へ追いやられてしまう。
新たな大陸の支配者となった妖精族だが、その栄華は短かった。
地殻変動により、大陸中央に崑崙山脈が現れると、大陸の北側は氷で覆われ、南側は雨量の少ない乾燥した土地となる。植物は大きく成長することができなくなり、草原が広がった。今の王国から帝国領土あたりの地域である。
その環境に順応した人族は、狩りや農作などを営んで、ひっそりと生活する。やがて、徐々に人族の勢力圏は広がり、魔族や妖精族と接触するようになる。すると、人族は魔族や妖精族が使う魔法を覚えることとなった。
魔法を覚えた人族は、瞬く間に自分たちの勢力圏を広げた。大地を人族に適した環境に変え、魔族や妖精族を追いやったのだ。
「ふーん……そうなんだ」
『魔族は、北方の限られた地域に今は住んでいる。妖精族は住処をほぼ奪われ、わずかしか生き残っていない』
しかし、おじいさんの話に少し違和感がある。
「――だけど、魔族は王国へ攻めてきたよ」
そうだ。魔族が王国へ攻めてきた。一年前のことだ。だから、父ちゃんたち騎士団がそれを迎え撃つために遠征したんだ。
『うむ。実のところ魔族は何度も崑崙山脈を越え、人族の領域へと攻めてきている。再び大陸の支配者となることが魔族の悲願らしいからの』
しかし、そのたびに魔族は敗れている。人族より魔力量が多く、強靭なカラダを有しているにもかかわらず――である。
というのも、魔族があと一歩で人族を制圧する――というところまでくると、天界の介入があるからのようだ。
『信仰の対価として、天界は人族へ味方している――からのう』
しばらく自国の統治を優先していた魔族だったが、二年前、新たな魔王が誕生した。すると、三百年ぶりに、人族の領域へ侵攻してきたのである。
『そこには強力な魔獣使いの存在が関わっている――という話を耳にしたが、詳しいことはわからん』
おじいさんは自分で動けないので、代わりに崑蟲族が大陸全土に飛び回って、そういった情報を集めてくるみたいだ。
それにしても、『魔獣使い』かぁ……オレの父ちゃんも魔獣使いだったが、これって単なる偶然なのだろうか――
今日も、いろいろ話を聞いているうちに眠くなってきた。残念ながら生命活動は六歳児レベルなので、ムリはできない。
おじいさんに別れを告げ、帰りもハニーに送ってもらった。
ジュラの森に到着後、ハニーから――
「ね、ねえ――ちょっと、イイ?」
「うん。何?」
「あのさ、私とおともだちになってもらえない?」
はにかんだ表情で、ハニーはそんなことを言う。
「うん! もちろんだよ! これからもヨロシク! ハニー!」
「う、うん! よろしくね! アンリさまぁ!」
その日一番の笑顔をハニーは見せていた。
よくわからんが、コイツ、チョロいぞ。




