第三話 クズ勇者にボコボコにされた……はずが、なぜかボコボコにしていた②
「おい! どけ!」
そんな声が聞こえ、集まった民衆が少しずつ移動する。その間を通って、近衛兵の軍服を着た男性たちが現れた。
「こ、これは! おい、どういうことだ!?」
一番偉そうな人物が、騎士団に質問する。
「す、すみません。フーベル地方奪還に失敗しました……」
「――えっ?」
団員の一人がそう応え、辺りが騒然とする。
「な、なんだと! 団長は? ビルヌーブ団長はどこにいる?」
近衛兵がたずねても、団員は黙ったままだ。
「どうした? なぜ、答えぬ?」
「――ビルヌーブ団長は、亡くなられました」
――えっ?
騎士団長、ビルヌーブは王国最強の剣士である。その剣豪が亡くなった!?
「われわれが細い渓谷を通過している時、魔族はケルベルスを連れて、奇襲を仕掛けてきたんです」
「ケルベロスだと!?」
ケルベロスは大型の魔獣。顔が三つあり、その牙でいかなる敵も噛み殺す――恐ろしい怪物だ。
「団長は、われわれを逃がすために、ケルベロスに立ち向かって――」
そこまで話したところで、男性団員は泣き崩れてしまった。
「信じられん……まさか、あのビルヌーブが……」
近衛兵は頭を横に振った。それを見ていた民衆も、言葉を失う。それまで、ざわざわとしていたのに、静まりかえってしまった。
そのとき、騎士団のひとりがこう叫ぶ。
「ユーリだ! ユーリ・ファーブルが団長を殺したんだ!」
「――えっ?」
オレは自分の父親の名を呼ばれて、思わず声が出てしまう。父ちゃんが、団長を――?
「仲間を逃がすため、団長、ユーリ、オレの三人が残って、ケルベロスに立ち向かったんだ」
そう声にしたのは、副団長のドナルド・バルボアだった。当時は神経質そうな青年だった。
「そしたら、ユーリは団長をあの怪物の前に押し倒して、逃げ出したんだ!」
そ、そんな――父ちゃんはビルヌーブ団長を尊敬していた。自分を騎士団に引き上げてくれた人だと――「彼のためならなんでもする」、何度もそう言っているのを耳にしたことがある。
「ウソだ! 父ちゃんかそんなことをするわけない!」
オレは思わずそう叫んでいた。全員、オレの顔を見る。
「なんだ? ユーリのガキか? だが、それが真実だ。オマエのオヤジは自分が助かりたいために、団長を囮にしたんだよ!」
そう、ドナルド・バルボア副団長はオレに言う。
「そんなはずはない! アスカならケルベロスにだって負けるわけがない!」
そう! 父ちゃんは最強の魔獣テイマー。その相棒はケルベロスと同等の魔獣、グリフォンのアスカだ。父ちゃんはそれほど強力な魔獣をテイムできたから、騎士団に呼ばれたんだ。
「アスカぁ? ああ、あの鳥モドキか? アイツもケルベロスの前でおびえて、なにもできなかったよ」
ドナルドはそう笑う。
そんな……そんな、はずはない……
「それで、ユーリ・ファーブルはどうした?」
近衛兵がたずねると――
「さあね。あれから鳥モドキと一緒に行方不明だよ。所詮、アイツは村人なのさ。王国のために戦う勇気なんて持っていなかったんだよ」
ドナルドはそんなふうに父ちゃんのことを悪く言う。
「ウソをつくな! 父ちゃんは騎士団であることを誇りに思っていた! 誰よりも勇気があったんだ! オマエとは違う!」
オレはドナルドにそう文句を言った。
「おい、ガキ! このオレをバカにするのは許さないぞ。オレは名門、バルボア家の嫡男だ。オレをけなすということは、バルボア家をけなす、ひいては、この王国をけなしていることと同じだ。それ相応の罰を受けさせてやる」
そう言って、オレに近づいてきた。
「申し訳ございません。この子はまだ五歳です。どうか許してください」
母ちゃんがオレに抱きつき、そう懇願する。
「バルボア副団長、やめなさい。こうして民衆も見ている。さすがに騎士団員が、こんな子供の戯言を本気にして怒った――なんて知られたら、『なんて、はずかしいことを――』と、国王陛下が嘆きますぞ」
近衛兵がそう窘めると、ドナルドは「くそ――」とつぶやき、オレから離れる。
「はっ! 村人のガキは、やはり村人だな! しつけがなっちゃいねえ!」
ドナルドはそんなふうに嫌味な言葉を言い残して、去って行った。
ウソだ。父ちゃんが行方不明なんて――
呆然としているオレの後ろで、すすり泣く声が聞こえた。オレに抱きついていた母ちゃんだった。
オレも母ちゃんに抱きつき、泣いた。ドナルドにあんなことを言われて、悔しいからではない。父ちゃんが返ってこなかったこと――そして、それを母ちゃんが悲しんで泣いているのに、五歳の自分はなにもできなかったからだ。
結局、父ちゃんはあれから姿を見せていない。




