第三話 クズ勇者にボコボコにされた……はずが、なぜかボコボコにしていた①
十年前――
オレ、アンリ・ファーブルは五歳の時、ウィルハース王国の王都、ハースで暮らしていた。
「うわっ! ノコだぁ!」
王都で一番賑やかな中央市場の中にある甲虫売りの屋台で、オレは五歳児らしく、無邪気に喜んでみせた。
ノコギリクワガタ――通称、『ノコ』――その特徴的でカッコイイあごは、この世界の子供にも人気があるらしい。
「おう、ボウズは虫が好きだなぁ」
屋台のオッちゃんがそう声をかけてきた。毎週のように顔を出していたので、さすがに覚えられてしまう。
「ボウズ、こっちはどうだ? 南国にしかいない珍しいカブトムシだぞ」
そう言って、オッちゃんは別の虫かごを見せた。
「おおっ! マルガリータだぁ! カッコイイ!」
マルガリータヒナカブト。通称『マルガリータ』。頭から二つのツノが飛び出した大型のカブトムシだ。アマゾンでこれを見つけた時には興奮したなぁ――この世界にもいるとは、ウレシイかぎりだ。
「なんだ、知っていたのか? 地元の住民から仕入れたときに名前も聞いたのだけど、聞き取れなくてな。マルガリータか――うん、これからはその名前で売ろう」
あれ? なんか、この世界での名付け親になってしまった。まあ、いいか。
「騎士団だぁ! 王国騎士団が帰ってきたぞ!」
市場にそんな声が響く。
王国全土から選び抜かれた剣士や魔導士が所属する武装集団。それが王国騎士団。国民は彼らを誇りにしている。
騎士団は王国軍とともに、フーベル地方へ遠征に出ていた。先月、突然侵攻してきた魔族軍によって奪われたフーベル地方を取り戻すためである。その騎士団が帰ってきたのだ!
オレは、「やったぁ!」と叫んで、城門へ向かおうとした。
「なんだボウズ? 虫だけじゃなくて、騎士団のファンでもあるのか?」
「ううん、騎士団のファンじゃなくて、父ちゃんのファンなんだ!」
そう、オレの父親、ユーリ・ファーブルは騎士団の団員だった。魔獣テイマーという特殊なジョブのおかげで、村人出身ながら騎士団に入団できたのである。
城門に到着すると、すでにかなりの人だかりとなっていた。
オレは、その輪のいちばん外にいた女性に声をかける。
「母ちゃん!」
母親のエラ・ファーブルだった。息子のオレが言うのもなんだけど、かなりの美人だ。父親のユーリもイケメンなので、その遺伝子を引き継いだオレも、それなりに期待できそうだ――なんて考えていた。
「アンリ、また市場に行っていたの? 黙って出かけたらダメって言ったでしょ?」
言葉だけだと怒っているように聞こえるが、甘ったるい、ホンワカした喋り方。おまけに笑顔なのでちっとも怖くない。
「市場に行くって言ったよ。母ちゃんは外にいたけど」と、オレはしらばっくれて応えた。
「ほんとうにもう……言い訳ばかり、父さんに似るんだから――」と、まんざらでもないという顔でそう言う。
「それはともかく、父ちゃんは見える?」
オレのカラダはまだ五歳の幼児。だから、この人混みでは遠くがまったく見えない。
「ううん。母さんからも見えないわ」
「それじゃ、もっと前に行こう!」とオレは母ちゃんの手を掴んで、人混みを押しのけながら前へ進む。
「ちょ、ちょっと、アンリ?」
こういう無作法は子供の特権だ。オレはグイグイと割って入る。しかし、なにかおかしい。
騎士団が帰ってきたのである。大歓声で迎えるのが通例なのに、今はなぜかざわついた雰囲気だ。人々の表情も不安そうにしている。
どうも、イヤな気がする。そのまま最前列まで出ると、その理由がわかった。
「――えっ? これって……」
そう、母親のエラが声にする。両手を口に当てて、ショックを受けている感じだ。オレも目の前の惨状を見て、声が出ない。
騎士団のメンバーがボロボロの服で現れたのだ。それだけでない。何人も大きなケガをしている。中には腕や脚を失って、仲間に担がれていた。治癒魔法によって、なんとか命をつないでいる――そんな感じだ。
これじゃ、まるで……
「敗残兵じゃないか――?」




