ミッション1『過去の傷跡、それでも君は』
『天才』。この世界においてそれは、“天から賦えられた超人的な才能を持つ者”のことである。100年前、とある有名な科学者の実験により誕生したその“異質な存在”は、現在において社会の中核をなしている。…謂わば、現代は『天才主義社会』へと変化したのだ。
深夜1時、多くの人が寝静まった夜更けに、影に生きる存在は動き出す。全身を覆うほどの黒いローブを身に纏ったその人間は、多くの『天才』が通う名門の『河城小学校』の校門に現れ、閉ざされた門を無理矢理開けようとする。しかし、その“世界に反する”手を掴む者がいた。
「なぁ〜にしてんの。学校の開校時間はとっくに過ぎてるけど?」
黒髪で吊り目の、黒のロングコートを身に纏う青年が、黒ローブに対してそう煽る。すると、黒ローブは青年を睨み、憎々しげに言う。
『…お前、『ノッズスレイヤー』の人間か…!!』
…『ノッズスレイヤー』。それは、今の『天才主義社会』を守る組織のこと。黒のロングコートの青年、『躱須ショウ(かわすしょう)』もその組織に所属しており、各地から集められた『天才』達と共に、『天才』や『天才主義社会』を憎む“反天才主義組織『ナウノッズ』”と戦っている。
「…そうだと言ったら?」
ショウがそう返すと、黒ローブは更に激昂する。
「お前らのような『天才』が存在するせいでッ…!!!『天才』じゃない人間は『無能』だと、蔑んだ目で見られるんだッ…!!!…『無能』が努力しても嘲笑われるだけだし、努力した所で、『天才』には敵わないッ…!!!…だからッ!この世界を変えるんだッ…!!!」
そう言って、黒ローブは拳銃を取り出す。同型の物を何度も見たことある為、恐らく『ナウノッズ』からの支給品だろう。銃口をこちらに向けると、スライドし、トリガーに指をかける。ショウはすかさず特注イヤモニに手を添える。
《話し合いで解決は無理そうだ。すまん。》
このイヤモニは、前頭葉と特殊システムでリンクしており、手を添えることで、思考を相手に伝えることができる。ショウが繋いだ先は、ショウ達の戦いをサポートしてくれる『オペレーター』であり、ショウ含めて実働員5人が存在する『チームF』の『オペレーター』である『情城ミオ(じょうぎみお)』は、ため息を吐いた後、呆れた声で言う。
《あの会話の仕方では、会話による解決はまず無理です。…状況把握及び録画用ドローンの配備完了、視界も良好です。音声もクリア、いつでも戦闘を開始できます。》
『オペレーター』のその言葉を聞いた後、ショウはハンドサインで戦闘開始の合図を送る。そして、戦闘態勢を取ると、黒ローブはすかさずトリガーを引く。ショウは、その弾丸を目で追いながら、スレスレで“避ける”。黒ローブは驚愕の表情を浮かべるが、すぐさま苦々しい表情をして言う。
『…流石『天才』様だなッ…!!努力なんてせずともそんな異常な力を手に入れられてッ…!!…本当に気味が悪いッ…!!…お前らはッ…人間じゃねぇんだよッ…!!』
そう忌々しく吐き捨てながら、次々に弾丸を放っていく。その弾丸を全て視界に入れて、避けていく中で、ショウは再びイヤモニに手を添えようとする。すると、その前にミオから通信が入る。
《そこから1.5m後ろ、電柱の影下に“使える物”がありますよ。》
ショウは、ニヤつきながら手を添えると、
《流石ミオ姉!ありがたく利用させてもらうわ!》
と伝える。そして、避けながら電柱まで下がると、小動作で電柱の背後にある“小石”を蹴る。すると、前方中位部分に意識と視界を持っていた黒ローブは、小石に気付かず、前方に躓く。すかさず、ショウは倒れるのを防ぐために出すであろう別の片足の位置を予測し、そこに常々携帯している“バナナの皮”を置く。黒ローブは危険回避の行動を止めることはできず、片足を滑らせ、股を大きく広げて地面に尻をつく。彼は柔軟性は無いようで、その態勢に悲鳴を上げる。ショウは悶絶している黒ローブの両手首を素早く掴み、縄で拘束すると、黒ローブの身体を押すことで倒し、その背中に座る。ショウがドローンに合図を送ると、ミオから通信が入る。
《戦闘終了承認。本部に輸送部隊の出動要請を行います。輸送部隊への引き渡しを確認した後、ドローンと共に帰還して下さい。》
ショウはその言葉に対し、
《了解!お腹空いたからご飯用意しといてくれ!唐揚げ食べたい!》
と返すと、悲鳴をあげ続ける黒ローブの背中に座りながら、輸送部隊を待つ。
(…努力しても意味が無い、かぁ。)
『天才主義社会』が生んだ世界の歪み。徹底した天才至上の風潮は、『天才』では無い存在を『無能』という蔑称で一括りにして、嘲るようになった。一見、それは『無能』と呼ばれる者達に対して酷い仕打ちに見えるが、一方で、『天才』という言葉が免罪符になっている面も否めない。“『天才』になんて勝てっこない”、“生まれながら勝ち組の存在に対して何をしても無駄”というように、『諦め』を簡単にしてしまっているのだ。
(…少なくとも、オレはそうは思わない。)
ショウは、『天才』ばかりが所属する『ノッズスレイヤー』においては珍しく、『無能』だ。だが、彼は諦めなかった。居場所がそこしかなかったのもあるが、“『天才』に勝てないから努力しても無駄”という理屈が理解できなかったのだ。実際に、血反吐を吐くような努力の末に、行動や事象を回避できる力を身につけることができた。勿論、それでも『天才』と肩を並べられる程の実力は持っていない。何故なら、『天才』も努力をしているからだ。『天才』は『天才』故の『ルール』が存在し、努力し続けなければ『天才』ではあれないのだ。
(…やっぱり、人間って自分の都合の良いようなふうにしか、物事を見られないんだな。)
『天才』という存在が普遍的になった現代だからこそ、『天才』である故の弱点も流布されている。だが、そこには目を向けず、『天才』=“何の努力もしなくても特別な才能を持つ存在”という認識を持つ者はとても多い。
(…まぁ、オレには関係ないけど!)
ショウは良くも悪くも素直な思考をする。それは、小さい頃に虐待を受けて捨てられた為、十分な教養が存在しないことも関係していたりするが、大元は、性質によるものが大きい。彼は、“仲間達は『努力』しているからこそ強い”ということを見て、知っている。自分の目で見たことを大切にしている彼だからこそ、『天才』に対する認識は、それで十分なのだ。
その後、ショウは輸送部隊へ黒ローブを引き渡した後、ドローンと共に『チームF』のアジトへと帰還する。玄関の扉を開けて、小さく「ただいま〜。」と告げると、明かりのついているリビングに入る。すると、扉を開けた目の前に、仁王立ちのミオがいた。茶髪の長い髪を纏め、うさぎのヘアバンドをしている。ショウは驚いて声が出そうになるのを両手で抑えながら、ミオの表情を伺う。ショウからすれば、ミオの表情は怒りのもののように見える。ショウの身体が無意識に強張る。ミオは、それを見ると、慌てて表情を崩す。
「ごめん!怖がらせるつもりじゃなかったの…。ショウに怒ってるわけでもないよ。だけどね、…焦らなくて全然いいんだけど、それでも前に進もうとするあなたに、言わせて欲しいの。…もっと大きな声で『ただいま』って、言っていいんだよ?驚いたときも、そんな風に無理矢理手で声を抑えようとしなくていいの。」
そう言って、ミオはゆっくりと、だけど、しっかりと、ショウに抱きつく。すると、ショウの震えが少し治まる。
「…大丈夫。誰も、誰もショウのことを貶す人も、叩く人も、いないから。気をつけるけど、それでも、もし嫌な気持ちになることがあったら、遠慮なく言ってね。…私達は、『家族』なんだから。」
ミオのそれは、ミオ自身の懇願でもある。“あの時”のミオは『弟』を救えなかったが、今のミオだったら『弟』を救えると、そう思いたいのだ。その懇願は、ショウの心に温かさをくれる。
(…『家族』、かぁ。まだ、よく分からないけど、でも、何となく、)
「温かい、かも。」
その言葉を聞くと、ミオはにっこりと笑う。
「…今は、それで十分!さっ、唐揚げ食べよ!…まぁ、作ったのはレノンさんだけど…。」
そう複雑な表情で言うミオの言葉に、ショウは驚きを隠せない。
「えッ…!!レノ母ちゃんが作ってくれたのッ…!!もしかして、わざわざ起きて…?」
ショウが机を見ると、そこには、お世辞にも唐揚げとは言い難い、黒い物体が皿に乗っかっていた。『チームF』に在籍している『天才』、『魅了』の能力を持つ美魔女の『魅咲レノン(みさきれのん)』は、料理があまり得意ではないのだ。
「ショウが戦ってる映像を、一緒に見てたよ。まぁ、戦闘終了まで見届けて、唐揚げ作ったら寝ちゃったけど。…私が作るって言ったんだけどね?レノンさんは…
『本当はアタシが行ければいいんだけど、『ルール』上できないから。…せめて、『家族』のお願いくらい、叶えてあげたいでしょ?…それ以外の部分は、ミオちゃんに任せるわ。』
って言ってた。でも、夜更かしがそもそもいけないんじゃないかって思って、それも言ってみたんだけどね?そうしたら…
『まぁ、身体的な『美しさ』においてだったら、夜更かしは大敵よ。でも、それが『家族』を思う為の行動故のものだったら、いいと思うの。…だって、それも『美しさ』じゃない?』
って言ってたよ。」
ミオはにこやかに言う。ショウの心は、また温かくなり始める。
「…ねぇ、ショウ。…愛されてるね、私達。」
ショウは、温かい涙を流しながら、頷く。
(…“愛される”って、こんなに、温かいんだぁ。)
そんな事を噛み締めていると、ミオが温かいご飯をよそって、持って来る。ショウは涙を拭うと、手を合わせ、
「いただきます。」
と言った後、唐揚げを食べる。味は不味い。だけど、なぜか、美味しい。
「よく噛んで食べるんだよ?」
ミオは優しくそう言う。ショウはその言葉に力強く頷くと、よく噛んで食べる。
(…私には、ショウの感覚がよく分からない。)
それは突き放すものではなく、ただの事実。本人じゃない限りそれは知り得ない。だけど、理解する事を止めるつもりはない。理想論と言われようが、机上の空論と言われようが、彼女にとってそんなことは今は関係無いのだ。今ここに大切な『家族』がいて、守りたい存在がいる。歩み寄ろうとする理由は、それで十分なのだ。
(…願わくば、彼が受けてきた苦しみが報われるくらいの幸せが、彼に降り注ぎますように。)
『無能』と蔑まれようが、虐待を受けようが、それでも足掻き続けてきた彼の歩みの結末は、幸せであるべきだ。そんなことを考えながら、ミオは、ショウを見る。だが、彼が美味しそうに黒い物体を頬張るのをみて、やっぱり複雑な気持ちになるのだった。
深夜3時、ショウは、戦闘訓練の為に作られた『訓練部屋』で、いつものルーティンである“自主練”を行う。努力の末、高みにいる『天才』と肩を並べるには、自主練こそが命なのだ。
「…とはいっても、攻撃力を高めることはできないからなぁ。」
ショウの弱点。それは、攻撃性能が皆無であることだ。得物を使用した攻撃はもとより、打撃さえも、全く扱うことができない。ひとえにそれは、彼が幼い頃置かれた環境にあった。理不尽な暴力を受け続けてきた彼は、戦う事を諦め、回避に専念し続けてきた。“少しでも痛くないように”、“致命傷にならないように”と考え続けてきたため、“攻撃の為の対象把握及び思考”ができないのだ。
「オレが攻撃する力を1つでも手にできたら、このチームも少し楽になるのになぁ。」
『天才』の力は、負担が大きい。『ルール』があるし、時間制限を持つ者だっている。だからこそ、“罠に嵌める”という工夫を考え、擬似攻撃を生み出し、“単独で足掻ける時間”を増やした。そうすれば、『天才』達の戦闘時間を短縮でき、有利に託すことができるからだ。幸い、彼の戦闘IQは高いため、それ自体を武器にはできる。だが、たらればが簡単に無くなることはない。色々考えて、唸っていると、突如『訓練部屋』の扉が開く音がする。
「今日も頑張ってるな。お疲れさん。」
そうショウに声をかけて来るのは、へんてこなアイマスクをつけた、ジャージ姿でパーマ黒髪の高身長優男、『視原井アキツネ(しはらいあきつね)』であった。彼は『天才』の内の1人で、『視力強化』という能力を持っている。
「アキ父ちゃん!なんで起きてるの!?…もしかして、オレが、起こしちゃった…?」
ショウの声が震える。アキツネは普段、この時間は『視力』の為に目を休めるのが『ルール』だ。だから、アイマスクをつけてはいるものの、おかしい事に変わりはない。すると、彼は扉を閉め、扉近くの椅子に座る。
「別に声で起きたわけじゃないぞ?なんとなく目が覚めただけだ。それでも、瞼は閉じてるし、アイマスクもしてるから、視界に入る情報はほとんど遮断されてる。『ルール』上問題ない。」
ショウはその言葉を聞いて安心する。そして、アキツネに近づこうと歩みを進めるが、突然、足が金縛りに会ったかのように、全く動かなくなる。
(なんでッ…!!アキ父ちゃんは“あの人”とは違うッ…!!暴力を振るう男の人じゃないってッ…分かってるのにッ…!!)
過去に受けた傷は、中々消えない。それは、今のショウの世界をも侵食しようとしてくる。彼の父親は、特に肉体的な虐待を行なってきた。だから、“大人の男性”に対する拒絶感は、それは酷いものなのだ。すると、アキツネは立ち上がり、近づいてくる。…ショウの身体が異常に強張る。総毛立つ。汗も出てくる。
(怖い、違う、違うッ…!!やめろ!!アキ父ちゃんは、怖い、ちがうッ…!!いやッ、いやッ…!!)
アキツネは怯えている彼の前に立つと、頭の上に手を置く。彼の身体は一瞬震えたが、頭を撫でると落ち着き、身体から力が抜けたのか、そのまま気絶するように眠ってしまう。アキツネは、その身体を姫抱きすると、ショウの寝室まで運んでいく。
「…やっぱり、まだまだ時間がかかるね。」
戦闘時の連携は特に問題ない。だからこそ、不安なのだ。言わないように、見えないように、隠し続けて生きてきた彼の10年。
「…嬉しいことも、嫌なことも、感じたこと全部、言えるようになるといいね。」
焦るつもりはない。本人自身が一番焦ってるんだから。それでも、どうにかしてあげたいもどかしさがあるのも事実だ。プライベートでこうやって、積極的に距離を縮めようとしてしまうのも、それがあるんだろう。アキツネは、ショウの寝室に彼を寝かせると、まだ幼い寝顔を見届けて、自室へと戻っていく。
ショウがこの組織に拾われて、そして、『チームF』が結成されて6年が経過した。一般的には“もう”6年と言えるかもしれないが、ショウやその仲間達からしたら“まだ”6年だ。そう簡単に過去の傷跡は消えない。消えることはないのかもしれない。…それでも、ショウは、いや、ショウ達は歩み続ける。
これは、ショウと仲間達の歩みの軌跡を描いた物語だ。