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第三話

俺は落伍者だった。眠り知らずの街(リビングデッドシティ)で生まれた極めて平均的な持たざる者だ。秀でた才能も、頼れる家族も、自信も、金も、職も、何もない。その場しのぎでなんとか生きるだけの人生で、このままじゃヤバイと思うような未来を考える感性も、それらを何とかしようとする覚悟すらも無い人生を送ってきた。


路地裏に打ち棄てられた残飯に野犬が群がっている光景は浮かぶだろうか。そんな感じで、俺はどうしようもない仕事を貰ってただ生きているだけのような暮らしを続けてきた。なぜなら周りの人間も当たり前のようにそうやって暮らしていたし、特に疑問に思うきっかけも無かったからだ。主体性なんてものも無かったし、初めて人を殺したときはショックというよりは「あーあ、いよいよ落ちるところまで落ちたな」という他人事みたいな感想しか持てなかった。このままズルズルと流れに身を任せて坂を下っていくような人生しか予見できず、それでも俺がどうしたいかなんて俺自身にも分からなかった。

そういう経緯もあり、この企業の面接を受けようと思ったのも明確な理由なんてものはなくて、ただ目先の利益というか、まあ受かったらカッコいいよなとか美味い飯が食えそうだなとか、曖昧なものしかなかったはずだ。


そんな俺だから言ってもいいだろう。何かを始めるきっかけなんて何でもいい。生まれも、育ちも、ルールも関係ない。ただ、無我夢中でやったことだけがお前自身を形作るんだ。


気付けば夢中になっていた。やる気なんてものはやってるうちに湧いて出てくるものだ。寝る間も惜しんで、人生のすべての熱量を注いでいた。今や俺は到達者だ。数十万人の志望者の屍第九次面接を通過するために丸2年も掛かってしまったが、それでも俺の心は今までの人生では経験したことのないような喜びで満たされていた。


「いやあ、ドキドキしてきたな」


最終面接会場には俺を含めて五人が揃っていた。俺・ロバ耳を着けた民族衣装女・陰気な猫背男・長身黒ずくめ・メガネの真面目そうな女。皆一様に俺と同じ到達者なのだから、見かけでは分からない相当な実力の持ち主なのだろう。五人の間には特に会話もなく、まもなく始まる次の面接を前に手持無沙汰な様子だった。点石有限公司(テンセキ)の最上階、王座を前にした待機スペースは豪奢なインテリアがこれでもかと飾られており、床一面に信じられないくらいフカフカな紅布が敷かれている。


将国三結社、つまり点石有限公司(テンセキ)雲蛇PLC(ユンシー)極極HD(ジージー)を頂点としたコミュニティは将国という広大な地に、想像もつかないほど長い腕を伸ばしている。石を投げればヤツらに当たる。路地裏のヤカラはだいたい関係者。

そうは言っても、三結社の末席に名を連ねることは決して容易ではない。連結子会社はいくらでもあるが、本社直属となるには、苛烈な課題をクリアしなければならない。最初のうちこそ、よくあるSTARメソッドによるアピールが求められたり、フェルミ推定のヴァリアントのような問題を出される程度だった。だが、選考が進むにつれて個人の枠組みだけでは到底達成できない課題が与えられるようになった。


どうも人によって試験内容は異なるらしいが、俺の九次面接で与えられた課題は「百人規模以上の股份有限公司の買収」つまりハコ企業を乗っ取れ、というものだった。この課題では最初のとっかかりを掴むだけで半年ほど苦しめられることになった。また手段は選ぶなと暗に示しているかのように、これら一連の試験に対しては、たった一つ制約が提示されているだけだった。


真情実感(zqsg)


己の思うままに、偽りなき意志を持って参加すること。要するに、己の意志だけで参加しろということだ。会社に命じられて産業スパイとして潜り込んだり、金を積んだインチキで命脈の法を手に入れたような者は、視界から消えろという話だ。

噂によれば、テンセキ本社勤務者の生涯命脈習得率は9割を超えるらしい。通常、タフでハードな人生を経て、ようやくひとつ命脈を会得できれば運がいいほうだ。二つ以上の命脈を得るなどという半端なことをすれば、塵となって消えるのだと言われている。

もっとも、どれほどの資産や人脈があればそんな贅沢な死に方ができるのか、想像すらつかないが。


実際のところこのルールは、産業スパイを発見した際に、好きなタイミングで排除するための機能として設定されているのだろう。とはいえ自己申告しない者を、どのようにふるいにかけているのかは今なお不明なままだ。もしかすると試験官の中に、そういった素養を特定できる命脈を持つ者がいたのかもしれない。

仮に素直に言葉通り受け取るならば、俺のようにルール無用で野蛮に生きてきた者にとって理想的なレギュレーションだと言えよう。


「さて、そろそろ時間だから最終面接を始めようか」

突然、ロバ耳女が宣言した。その声には不穏な響きがある。受験生のひとりだと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。古めかしい紅服を身にまとったその女は、長い黒髪を優雅にたなびかせていた。立ち振る舞い、その髪の毛の一束の流れに至るまで、すべてが完成されている。強烈なまでに全方位絶対的美少女だ。今までなぜ気にならなかったのか。意識しはじめて、今になってじっくり見ると、ロバ耳女の周りだけが異常なほど歪んで見える。視線を向けても周囲の空間が不自然に歪み、遠近感が狂う。目の焦点が合わずにぼやけてしまう。

会場は重圧に包まれ、俺を含む四人は緊張感のあまりロバ耳女を囲むように自然と陣形を組んでいた。


「気を楽にしてほしい。この面接では諸君らがルール違反を犯していないか確認するだけだ。テンセキは諸君らの誠実性を信じているし、諸君らも我々のことを人生を懸けて信用してほしいと思っている」

「フフンなるほどですね。紅服のロバ耳、あなたが噂の三結社首魁というわけか」

陰気そうな男がつぶやくと、女はフッと鼻を鳴らした。別の人格を持ったかのようにロバの耳はピコピコとせわしなく動いている。

「いかにも。私のことは世界少女(ミダス・ウルティナ)と呼んでくれ。他に聞きたいことはあるか? 私の給与以外のことなら何でも答えよう」

メガネ女がおずおずと手を挙げて発言する。

「あの、福利厚生はありますか……?」

「不定休だが、まあ地上では決して満たされることのない次元で全ての望みを叶えよう」

ゴクリと誰かが唾をのむ。ウルティナはそのまま続けた。

「あとはそうだな、ロバの耳も貸与しようか。以上、他にあるかね?」

ウルティナが手をかざすとメガネ女の頭にはいつのまにかロバの耳が発生していた。フフンやはり、噂のロバの耳の命脈……と陰気男がつぶやく。


ここで俺はワクワクが堪え切れずに言った。

「それで、最終面接は何をしたらいいんだ?」

ウルティナがこちらを一瞥し、まるで「せっかちだな」とでも言いたげに肩をすくめる。それから大げさに天に向かって腕を上げ、俺もつられて天井を見上げるが、何もない。ただ虚空が広がるだけだ。視線を戻すと、彼女はもうそこにはいない。

挿絵(By みてみん)

突如耳元で囁かれ俺はぎょっとした。微塵も気配がない状態でゼロ距離まで近づかれ、胸中に手のひらを添えられる。瞬間、俺の中にエネルギーの塊とでもいうべき巨大な力の脈動を感じて、そのまま意識が天にぶち上げられるーー。


ーー


「やれやれ。これだけコストをかけても、採用はたったの一人か。まったく、将国の質も落ちたものだな」

ウルティナの声だけが虚しく響く。

フロアには鼻を刺すような奇妙な匂いの霧が立ち込めている。二人分の人生は霧となって分解された。一人は床に伏しており、どうやら霧にならず生き残ったようだ。問題はもう一人の長身の黒ずくめ。

どうしたものかと考えているうちに、倒れていた若者が意識を取り戻す。

「おめでとう。正直者は君だけだったようだ。我々は君の天命を歓迎しよう」

路地裏に一山いくらで転がっているチンピラのような風体だが、彼の身体には確かな命脈が宿っている。

出来はどうだろう。それ次第では、今後の試験項目を修正する必要があるかもしれない。良質な命脈は、人生の荒謬やら悖幻、逆虚に依存するという仮説は間違ってはいないと思うのだが。

もっとも、実際に生み出された命脈自体にはさほど興味はない。ただビジネスとして喧伝するのであれば、先行者を熱狂させるだけの品質は求められるだろう。馬鹿馬鹿しいが、人を導きたいならば溝をさらうような事をやっていくしかないのだ。


「アレーテイア……」

長身黒ずくめがゆらりと身体を揺らしながらつぶやいた。隙あらば攻撃を加えようとしているのだろう。黒蛇、キミは昔から変わらないな。

「老骸の良くないところだ。情報をアップデートし、名前は正しく使いたまえ。今は世界少女(ミダス・ウルティナ)を名乗っている」

ウルティナは命脈に満ち溢れる若者を振り返り、高らかに宣言する。

「仕事を与えよう。そこの鼠を排除しなさい」

その言葉をきっかけに、若者の中に渦巻くエネルギーが再び臨界を迎える。


==


私は無意識のうちに<概要の命脈(サマライズ)>を発動する。


前回までのあらすじ

わたし、どこにでもいる普通の裏社会の住人・黒蛇。

ひょんなことから敵本拠地に潜入することになったものの、実はわたしを誅殺するための罠で大ピンチ!!

生命の危機を脱するには<無法の命脈(ノールール)>に覚醒した敵尖兵をぶちのめすしかないって、わたしの裏社会生活これから一体どうなっちゃうの~~~!?


脳内に前回までのあらすじが展開される。情報によれば、黒蛇に対峙するのは<無法の命脈(ノールール)>に目覚めた尖兵らしい。まだ戦い方を知らないうちに速攻で決着をつけるのが良いだろう。

愛用のガントレットを流れるように装着し、隙を与える間もなくフラッシュステップで懐に飛び込み、その顔面に痛打を叩き込んだ。右、左、右の三連コンボが見事に決まり、とどめに半回転ミドルキックで若者の腹部を破壊する。相手は勢いを止められず、大の字になってインテリアのソファに突っ込んだ。その時の感触は確実に致命傷を与えたものだった。少なくとも意識は飛ばせただろう。だが、うなだれたままの若者の声が響いてきた。


「まず、俺は人間が頭でモノを考えるとかいう前提をやめた」

まるで何事もなかったかのように若者が立ち上がりさらりと続ける言葉に、面倒なことになったと悟った。遅かった。もう拳だけでは勝負をつけられない。

「次に、肉体的損傷の限界も無しにして、俺は不死身になった。そして、あとはそうだな……」

若者は血にまみれた服をちらりと一瞥し、気分を害したかのように言った。

「時間が一方向にしか流れないという前提も、無かったことにしよう」

瞬間、全身に粟立つような違和感が走った。知覚できないイベントが発生した。

装着したはずのガントレットが、気がつけば元の腰の位置に戻っている。景色も、立ち位置も、すべてが元通りだ。おそらく、十秒ほど前の時間に編集されたのだ。


相手が戦闘のテンポを取り返す前に、もう一度同じ攻撃を仕掛けてみるが、今後は三連コンボが決まる前に元の位置に戻された。相手の精神が摩耗するまで繰り返してもいいが、今回はただの遡行者でも不死身でもない。<無法の命脈(ノールール)>の使い方を理解してしまった相手には、これ以上の繰り返しは無駄だ。

「こうならないように速攻を掛けたわけだが……」

「あんたも只者じゃなさそうだが、<無法>に目覚めた俺のほうが一枚上手だったようだな。すまんが、あんたは夜の街の塵と化してくれ」

幸いにも、ウルティナは特に手出しする気はなさそうだ。無法者はこちらに向かって拳を突き出し、その先端から熱光線を発射した。予備動作から射線を読み取り、半身をずらして最小限の動きで躱す。黒蛇のうしろにあった植木は無残にも焼け尽くされ、外壁が黒く焦げついた。

現状のままなら何時間でも踊れるが、攻撃が高度化するとやっかいだ。見た通りの熱光線であればまだマシで、この手の物理法則を捻じ曲げて作り出された存在は、定義次第で触れた時に何が起こるか分からないという一点で怖い。


我関せずといったウルティナだが、この場における真の指し手(プレイヤー)は、他でもない黒蛇とウルティナだ。若者は彼女によって切られたカードの一枚に過ぎない。仕方ない。黒蛇は観念して手札を一枚切ることにした。

「目覚めたばかりにしては悪くない感性(バトルセンス)だったが、お前の敗因はーー」

「おい、待て待て! 勝手に総括するんじゃない! どう見ても俺の<無法>が勝ってるだろ!?」

若者は不機嫌そうに叫ぶ。

「あんたも相当な無法者だな……。知らないだろうが、今この瞬間は、何も無かった俺が、全てを手に入れた最高潮のシーンなんだぞ?」

若者は所詮まだ、人の器を抜け出せていない。抜け穴が無いか不安が脳裏をよぎったのだろう。

「俺は、俺が望んだ効果以外を一切受け付けないし、俺の<無法>は無効化されない! どうだ、これでもまだ何か言えることがあるってのか!?」

そのセリフを聞いてふと自身の持つ<隠匿の命脈(ストレンジャー)>が脳裏をよぎった。熱光線が二股に分かれ、その軌道も変幻自在にのたうち回るようになる。黒蛇はそのすべてをギリギリの距離で回避し、若者に憐みの視線を向けた。


「そういうところだ。<無法の命脈(ノールール)>はずっと昔に私も試したんだが、正直弱くて使うのをやめてしまった。なぜならそれはお前の知る限り、感覚しうる限りの前提を覆すに過ぎないからだ。()()()()相手に言うのも酷な話だが、お前はまだ世界の広さを知らない。不死身だというのに最果て対策もしていないし、遡行者がこの世に一体何人いるかも、時間編集が競合したときの解決順も、楔の打ち方も知らないだろう。何というのか、頑丈な玄関扉の横で窓が全開になっている家を見てどう思う?」

黒蛇の態度に若者の自信が揺らぎ始める。

「な、なに言ってんだ、あんた……適当なこと言って煙に巻こうったって……!」

その強気な言葉とは裏腹に、若者は冷や汗を垂れ流し悲壮なほどに表情を歪めていた。まだ何も起きていない。だが若者の心の奥底には、すでに明確な恐怖が刻まれている。

「<根源の命脈(ルート)>|<群密の命脈(マスエフェクト)>|<薄弱の命脈(エクスシンクト)>。これで、お前はこの文脈から退場ーー」「はい、そこまで」

間に割って入ったウルティナは双方に手のひらを向け、戦いの中断を宣言した。有無を言わせぬ重圧。計算され尽くしたかのような間合い。おそらく、そのまま命脈の法を続けても何らかの方法で妨害されるだろう。若者は重圧にあてられて気絶した。


「黒蛇、せっかく雇用した人材を勝手に退場させないでくれ。キミのところの大将にコストを請求することになるがいいのか?」

「その場にウルティナが来てくれるなら、うちの大将は喜んで支払うだろう」

「降参だ、こちらが悪かったよ。将国の衰退っぷりに悲しくなってついキミにぶつけてしまったが、まあとにかく仕事として振った以上、彼の責任は我々が持つべきだ。キミのことはお土産でも持たせて帰してあげるから、今回はそれでチャラにしようじゃないか」

「落としどころとしては妥当だな。ついでに拠点情報もリークするが構わないな」

「まあ、それもいいさ。キミのところの陣営とは敵対しているが、私とキミとは貴重な同志であることをゆめゆめ忘れてくれるなよ」

別れ際にウルティナは言った。

「黒蛇、まずはこの物語の前提(ルール)を認識するんだ。指し手(プレイヤー)は誰か。キミのお友達の天紅姫が何をしようとしているのか。おかしなところは無いか。言葉で何を言っていても、実際に行動していることだけが真実だ。キミも思うところがあって天紅姫の陣営で何か企んでいるんだろうが、気が済んだら我々のところに合流すると良い。我々は少し先で待っている」

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